閑話休題⑧ 大公の密かな企み
閑話休題。
今回はおじいちゃん(大公)とルリアーナのお話です。
本文の息抜きにどうぞ。
「タマ。帰るぞい」
今日も古代文字の研究を終えたルクシェルは、愛猫を抱えて研究室を出る。
離宮へ戻ろうと庭園を歩いていると、兵士、メイド、侍女……職場や立場を問わない数多くの使用人達が集まっていた。
「そなたら、何用じゃ」
「大公様!!」
「お……?」
ルクシェルが声をかけると、その場にいた使用人の全員が周囲に群がった。タマが興奮してしまうと思い、先にタマを部屋へ帰す。
そしてリビングにて、二十名近くの使用人達の話を聞く。
「大公様! アンネ様が第二王子殿下に冷たいです!」
「殿下も気まずいようでして……」
「日に日に空気が悪くなる一方です」
「待て待て。一斉に話すでない。聞き取れた情報を整理すると、アンネさんとレオは喧嘩しているという事か?」
「そうです!」
「喧嘩とは、少し違うような……お互いに気まずいという空気を感じます」
「アンネ様がレオンハルト殿下の前で、まるで仮面をつけているような笑い方をします」
「ふむ。それは良くない兆候じゃ」
これだけ多くの人間から慕われているのは、アンネの魅力か。レオンハルトにも人望があるのだろう。
そんな事を思いつつ、使用人達の話を聞いたルクシェルは思案する。二人が喧嘩中ならば、その仲裁をどうすれば良いかと。
離宮に押し寄せていた使用人達を帰し、タマがいる部屋へ行く。
「んなー!!」
「おー、よしよし。こっちにおいで」
頭を擦りつけるように足下へやってきたタマを抱き上げ、ソファに座る。ゴロゴロと喉を鳴らすタマの頭を撫でつつ、アンネとレオンハルトが仲良くなる方法を捜す。
「どうしたら良いか……のお、タマ?」
「んなー?」
「そうか、そうか。お主にはわからんか。そうじゃのお……」
ぴょんっとルクシェルの膝の上から飛び降りたタマが、ソファに空いている穴に潜り込んだ。そして弾力性の高い玩具を銜えて出てくる。
「おお、遊ぶかの。ほれっ」
「んなー!!」
縮めて伸ばすと、ポーンと玩具が飛んでいく。それを元気よく追いかけ、またルクシェルの足下へ持ってきた。もっと遊んでと輝かせる瞳を見て、今度は直接遠くへ放る。床に落ちる前に口で取ったタマは満足したのか、銜えたままソファの穴へ入っていった。
そして、またルクシェルの膝の上に戻る。
喉を鳴らしていたタマはいつの間にか寝てしまっていたが、ルクシェルはソファの穴に注目していた。
「気に入った物を隠す習性……これは、レオは知らんはずじゃ」
物をなくしたから捜してほしいと頼めば、レオンハルトもアンネも協力してくれるだろう。
名案を思いついたルクシェルは、タマが起きるまで撫で続けた。
ルクシェルは、離宮へ押し寄せていた使用人達からレオンハルトやアンネの予定を確認する。
そして、実行の日。
先にレオンハルトをタマがいる部屋へ残し、アンネを誘いに行った。
「これで二人の雰囲気は良くなるじゃろう?」
離宮の大きさにしてはこぢんまりとしたリビングには、二人分のお茶が用意されている。その一つに手を伸ばし、薔薇の香りがするお茶を味わう。
大公の視線の先にはいつも、三十年前に亡くなった妻の姿がある。時間が経っても尚、王太后は大公に微笑んでいた。
かつて、ルクシェルも失敗した事がある。自分の気持ちを口にするなんぞ、軟弱者がする事だと。しかしそんな傲慢さを諌められた。神様でもあるまいに、心を読めるんけがない、と。
それからは、なるべく気持ちを口にするようにした。
「のお、ロゼリア。アンネさんとレオ。お似合いだと思わないか」
開けていた窓から、風に乗って薔薇の花びらが入ってきた。ひらりひらりと舞った後、嵩の減らないローズティに着地する。
「そうじゃな、そなたもそう思うか」
ルクシェルが国を治めていた頃、ヴァランタンは平和そのものだった。戦争もなく、政略的な事を考える必要もなく。
后候補として集められた令嬢達の中から、唯一を選び取った。そして時を重ね、二人の子宝に恵まれている。
三十年前にロゼリアを病気で亡くし、しばらくは心が空っぽになっていた。それを埋めたのが、星渡人及び古代文字の研究だ。
研究を進める内に、以前の星渡人が猫を好んでいたと知る。そして、偶然タマを見つけた。
「タマとは、ロゼリアが引き合わせてくれたのかのお……?」
ルクシェルの視界の中でいつも微笑むロゼリアは、肯定も否定もしない。ただルクシェルの幸せを願うように、柔らかな風が頬を撫でる。
タマとの出会いで元気を取り戻したルクシェルは、その後引退して次男に王位を譲っていた。それからは、研究一筋だ。
愛猫は二代目だが、名前はずっとタマのまま。これ以外の名前は思いつかない。
「お? どうやら見つけたようじゃ」
ティーカップを置き、リビングを出る。タマの部屋へ向かうと、アンネとレオンハルトの様子に目を疑った。
気まずさとは違う、別の何かで二人の間の空気が固い。アンネは心配するようにレオンハルトを窺っている。対してレオンハルトは、思いつめるように眉間にシワを寄せていた。
「大公様! 眼鏡、見つけてきました」
「ああ、ありがとう……」
何か考え事をしているようで、レオンハルトはルクシェルの眼鏡を持ったまま渡そうとしない。
これは、何かあったのだろう。アンネから感じる雰囲気は明るくなっているが、レオンハルトからはピリピリと張り詰めたような雰囲気がある。
「レオ。眼鏡を渡してくれるか」
「あ、はい」
呼びかけると、ハッとなって眼鏡を渡される。しかしルクシェルが想像した通り、レオンハルトは何か思い悩んでいるようだ。渡された眼鏡が、少し歪んでしまっている。
「レオ。アンネさんを送ってあげなさい」
「わかりました」
「大公様、失礼します」
アンネの護衛と、レオンハルトとアンネが離宮を去って行く。その後ろ姿からも、一難去ってまた一難という雰囲気を感じ取れた。
「ふむ……。あの子の事だから、きっと自分の無力さを反省しているのだろうな」
常に自分を律する孫の性格を考えると、レオンハルトが見つけ出せる場所に隠した方が良かったかもしれない。
今回の企画を考えるに当たって、使用人達から様子を聞いていた。曰く、レオンハルトよりも部下でアンネと同僚の男性を頼っているらしい。
「わかるぞ、レオよ。好いてる相手からは頼られたいとな」
廷臣法官長を勤めているが、まだまだ十八。成人してからすぐに役職についてしまったし、いつでも兄を優先してきた。恋愛方面では門外漢だから、自分の気持ちすら気づいていないに違いない。
「ふむ……。何か、レオに自信をつけさせるようなものがあると良いのじゃが」
自信が喪失している時には、成功体験を与えれば良い。それはわかっているものの、そう都合良く課題を与えられないのも現実。
レオンハルトの矜持を傷つけず、且つ自分は頼れる男だと自信を持ってもらう方法。それは何があるだろうかと、ルクシェルは新たな企画を考える。




