058件目 国の覚悟と星渡人の葛藤
食堂には、ロジェナちゃん以外の王族が勢揃いしていた。壁際にメイドや近衛、兵士達がいる。でも壁からテーブルまでの距離は遠くて、こちらで話す内容は聞こえないと思う。
「アンネ殿、こちらへ」
「えっ、ここ……ですか?」
レオンハルトさんに導かれたのは、いわゆるお誕生日席。一番の上座だね。その左右に陛下と王妃様がいて、陛下の隣に大公様がいる。王妃様の隣にはルリアーナ姫がいた。
男女で座る場所が別れているみたいだけど、どうせだったらわたしも姫様の隣が良かったな。この席順、わたしに注目してと言わんばかりの場所だ。
座るのをものすごく躊躇ったけど、レオンハルトさんを立たせたままなのはいけない。居心地の悪さを感じながらも、お誕生日席に着席した。レオンハルトさんは、大公様の隣。わたしの席から、一番遠い。
「星渡人アンネよ、我々はいつでもそなたが幸せになる事を願っている」
「アンネ。そなたは私が認めた人間だ。遠慮なく、自身の幸せについて語ると良い」
「アンネさん。息抜きにはいつでも付き合うからの」
「アンネ! わたくしが以前言った事、覚えているかしら? あなたは、星渡人なのよ」
「アンネ殿。ルリがこんな調子なのだが、何の事を言っているのか検討はついているだろうか」
五人の王族が、それぞれ言葉をかけてくる。その言葉の内容は神々の契約に関わる事なんだけど、まるで圧迫面接のような感覚になっちゃう。
赤髪と茶色い瞳の、陛下と姫様。淡くなっているけど青髪で緑の瞳の大公様。同じ色合いのレオンハルトさんと、髪と瞳の色合いがレオンハルトさんとは逆の王妃様。
複数属性持ちは珍しかったような気がするけど、ここに集まっている王族の五人はみんな複数属性持ち。五人全員が整った顔をしているし、並ぶ姿は壮観だ。
わたしは万が一にもばれないように、仮面魔法を心の中でかけ直しておく。
「姫様。わたしが星渡人だというのは、十分承知していますよ」
「アンネ。そうではなくて」
姫様と前にじっくり話したのは、確かパジャマパーティーの時だっけ。あれからだいぶ時間が経ったような気がする。
あの時話した内容は、何だったけかな。確か、レオンハルトさんといれば上司と部下だという考えを改めるはずだ、だっけ?
姫様の予言通り、わたしは考え方を変えた。というか、追加されている。でもそれは、伝えられない事。
どう言おうかなと思っていたら、食事が運ばれてきた。煮込み料理、焼かれた肉、野菜を巻いて食べるもの。さらにはスープも三種類くらい出されている。
レオンハルトさんから、わたしが食事から幸せを捜すと聞いているんだね。総勢六人がいるとはいえ、結構な量だ。
「さあ、温かい内に食べようかの」
「い、いただきます」
用意された料理の数々と、王族が五人もいるという現場で萎縮しちゃう。でも今日は香辛料が使われている料理があるみたいで、空腹を刺激された。
手を合わせて食べようとしたら、大公様が目を輝かせる。
「アンネさん、今のは?」
「今の? えーと、『いただきます』ですか?」
「そうじゃ! それは、どういう意味か教えてくれないかの」
「えーとですね、これはわたしが以前いた場所での食事の挨拶です。調理した人達に、食材を調達した人達に、全てに感謝をして食べるという意味です。特に、野菜にしてもお肉にしても、食材の命をいただくという意味も込められています」
「なるほど! 文献に以前の星渡人が手を合わせていたとあったが、そういう意味じゃったのか。奥が深いのお」
そう言うと、大公様は早速両手を合わせて食事を始めた。それを見た他の王族四人も、手を合わせてナイフとフォークを取る。
神々は、星渡人を贈る事で国を発展させたがっているよね。こういう、些細な挨拶も異文化交流になるかもしれない。
それならわたしの願いを言わなくても、神々の望みは叶える事になるんじゃないかな。
光明が見えたかもしれない。異文化交流でヴァランタンが発展していけば、わたしの願い事は大事じゃなくなるかも。
明るい気持ちになって、用意された食事を取る。数種類の料理はそれぞれ一人分に分けられていて、食欲もあったから全て食べられた。
「ごちそうさまでした」と手を合わせると、他の五人もわたしの行動を真似る。
さてお腹も膨れた事だし、と改めて集まっている王族を見る。五人とも、わたしの言葉に期待しているみたい。
「えーと、今日いただいたものの中では、煮込み料理が好きかもしれないです」
「それならば、毎日それが出たらアンネ殿は幸せになれるだろうか」
「それはどうでしょう。好きなものでも、毎日食べたら飽きてしまうと思います」
「そうか……では、もういくつか献立を増やした方が良いな」
「すみません。わたしが、食事から幸せを得られるかもしれないと言ったのに」
「気にする事はない。アンネ殿の幸せは、ヴァランタンの幸せに繋がる。むしろ、どんどん要求するべきだ」
レオンハルトさんの発言に、他の四人が頷く。姫様は、さらに深く話を聞きたいと目を輝かせている。
でも言えないし、わたしの気持ちがばれてもいけない。ばれたら最後。外堀を埋めるようにレオンハルトさんの人生を奪ってしまうから。
誕生日席で、レオンハルトさんが遠いのが不安だったのかもしれない。わたしは大公様の隣のレオンハルトさんを見てしまった。
話の先を促すように首を傾げる彼を見て、不覚にもときめいてしまう。それを誤魔化すように、話題を振る。
「わたしの幸せという事ですが……わたしを殺そうとしていた人達がまだ捕まっていません。黒幕の人を捕まえ、完全に安全だとわかれば、もっと幸せについて考えられると思います」
「その事だが、各地へ兵士を派遣している状態だ。しかし何か道具で姿を消しているのか、なかなかその足取りが掴めていない。星渡人は気になるだろうが、こちらに任せるんだ」
「わかりました。お願いします」
陛下と話した後、陛下と王妃様は食堂を出て行った。大公様も出て行き、姫様とレオンハルトさんが残る。
姫様の目が、キラリと光っているのは気のせいかな。
「アンネ! まだ完全に安心できないでしょうけど、今は命を狙われる事もないはずよ! それなら、わたくしの部屋に行くわ。良いわね?」
「えっ……ちょ、姫様!?」
姫様に手を引かれ、食堂から連れ出される。思わず背後を見たら、レオンハルトさんが優しい眼差しで見守っていた。
いや、止めてほしかったんだけども!?
そう思ったけど、姫様はレオンハルトさんの妹。女性同士で話した方が良いかもと判断したのかもしれない。
姫様に手を引かれ、前にパジャマパーティーをした姫様の部屋に連れて行かれる。前と違うのは、ロジェナちゃんがいなくて、格好がパジャマじゃないって事。わたしを護衛する人達は、部屋の外で待機している。
ソファに座らされて、姫様が前のめりになって聞いてきた。
「アンネ。あなた、好きな人がいるわね?」
「えっ!? な、何でですか」
「以前、あなたに保湿クリームをあげた事を覚えているかしら。あの時は、あまりにも見た目について考えていなかったから渡したのだけれど……今は、きちんとしているじゃない」
「そ、それは……」
「わたくし個人としては、レオンお兄様と恋人になる事を推奨するけれど……恋なんて、人それぞれよ。だから強要はしない。ましてや、アンネは星渡人だもの。相手が誰かなんてばれた日には、その人の人生を縛ってしまうと考えてしまうでしょう?」
「……姫様には、お見通しですかね」
「わたくしだって、ゼルヴァン様に恋をしているからわかるの。相手に嫌われたくない。どうすれば良いかって」
真剣な眼差しの姫様を見ていると、二人の関係は順調なのだとわかる。手紙は、どれくらいやり取りを重ねたんだろう。
「ねぇ、アンネ。一つだけ教えてちょうだい。誰かは言わなくて良いわ。好きな人は、いるのよね?」
「は、はい」
「そう。それが良かったかどうかは、これからね」
「どういう事ですか?」
「今はまだ、アンネの片思いかもしれない。でも、相手が望めば両想いになれるわ」
「? それは、そうですけど……」
「片思いの状態で、アンネの気持ちを口にすると相手の人生を縛ってしまう。それなら、その相手にもアンネを好きになってもらえば良いのよ!」
「……姫様。それができたら苦労しないのですよ」
「そうね。でもアンネ。一度想像してごらんなさい? アンネの好きな人が、他の誰かと恋人になっても良いのかどうか」
「良いも何も、わたしは……」
決められている答えを出そうとした。でも、姫様はその先の言葉を許さないかのように、じっと見つめてくる。
……本当は、嫌だ。レオンハルトさんが、他の誰かと一緒になるなんて。
「……それが彼にとって幸せなら、わたしは身を引きます」
「アンネは真面目ね。恋する乙女は、もっと自由になっても良いと思うのよ。自分の幸せのために、他者を貶めるくらい良いじゃない」
「い、いえ、でも……その貶める人が彼の想い人なら、わたしが嫌われちゃうじゃないですか」
「アンネが好きなその人は今、恋人はいるのかしら」
「い、いえ……いないと思います」
「それなら、今のうちに動くべきよ。殿方なんてね、自分が慕われていると思ったらそちらに天秤が傾くものよ!」
パジャマパーティーの時は恋愛初心者だったはずの姫様が、やけに自信たっぷりに断言する。何かあったのかと思って目線を動かすと、ベッドの横に大量の本が積まれていた。可愛らしい装丁が見えるから、あれは恋愛小説なのかもしれない。
わたしの目線に気がついた姫様が、ハッとなって大量の本から数冊持ってくる。
「わたくしの愛読書よ! アンネに貸してあげるわ。これで勉強なさい」
「あ、ありがとうございます」
渡されたのは、『政略結婚のはずが、夫が想像以上に不器用な溺愛系でした』『冷酷と噂の旦那様は、どうやら感情表現が壊滅的なだけでした』等々、全部で五冊。姫様の趣向がわかるタイトルばかりだ。
「早速、部屋に戻って読んでみます」
「そうすると良いわ! 他にも読みたかったら、どんどん言いなさい」
「ふふ。ありがとうございます、姫様」
読み終わったら感想を伝えようかな。そんな風に思えるほど、姫様はわくわくしているように見えた。
姫様の部屋を辞して、寝室へ戻る。それをベッドサイドチェストの上に置いて、さっそくぱらぱらと読み始めた。
物語の二人の恋が始まりそうなぐらいまで読み進めていた時に、ふと思い出す。
廷臣法官補佐に任命されてからレオンハルトさんにもらった分厚い冊子、『廷臣法官の心得』。もらった当初は全く目を通していなかったけど、今なら勉強できるような気がする。
声の調子はまだ調整できないけど、仕草なら? どういう仕草がどんな感情を表すか学べば、魔法を使わずともわたしの気持ちを隠せるかもしれない。
部屋を引っ越してからずっと開いていなかった『廷臣法官の心得』を引っ張り出して、わたしは勉強を始めた。




