057件目 自覚と無自覚
▲▲▲
レオンハルトはアンネに、神々からの契約を話した。しかし赤の契約内容を伝えた時、一瞬アンネの顔が曇ったような気がする。
「アンネ殿? 体調が悪いようだったら……」
「違います! 大丈夫です!」
「そ、そうか。それならば良いが……」
体調が悪そうに見えたが、顔色はこれまでによく見ていた表情をしていた。にこやかに笑い、相手を気遣うような慈愛すら感じる表情。
その表情だけ見れば、アンネの言う通りなのだろう。しかしこれまで数多くの犯罪者と話してきたレオンハルトには、違和感が見えてくる。
(アンネ殿と、これまで見てきた犯罪者と同格に考えるわけではないが……)
左手に隠された右手の動きは見えない。しかしソファに座りつつ足を交差して両足首を固定しているのは、アンネが何か不快や不安を抱えている証拠。
「星渡人の幸福度について考えないといけないですね。わたしの幸せかぁ……何が良いだろう」
「ヴァランタンの全土を上げて、アンネ殿が幸せだと思ってもらえるように努力する」
「はは、規模が大きいですね」
まるで、アンネは自分が幸せになれないと思っているような覇気のなさだ。いつものように、声から元気な様子が受け取れない。
もっと頼ってほしいと思って発言をしてみても、それがまたアンネを悩ませる。レオンハルトから目をそらし、全てを諦めているかのような調子で言った。
(……私が頼りないから、アンネ殿は願い事を言えないのではないだろうか)
アンネの幸福捜しと称して、昼食を一緒に取る事になった。それまでにまだ時間があったから、レオンハルトは天秤宮で書類を片付けておこうとする。
しかし、書類を持った手は一向に動かず、アンネから覚えた違和感の正体を探ってしまう。
「レオンハルト殿下。何か悩み事ですか」
「悩み……私は、悩んでいるのか」
「そんな風に見えますね」
「……ケビン。率直に聞かせてほしい。私は、頼りない男だろうか」
「いいえ? レオンハルト殿下ほど頼れるお方はいらっしゃらないかと」
「ふむ……」
副長官のケビンから聞いた意見を聞きつつ、性別の違いによって頼もしさも違うだろうと考える。
それならばアンネに直接聞けば良いのだろうが、なぜかアンネからは距離を感じてしまう。これ以上は踏み込んでくるなという、警戒心のような壁を感じた。
(アンネ殿を任されているのは私だ。で、あるならば、私がアンネ殿にとって頼れる存在にならなければ。星渡人の願いを叶えるのは、王族の義務だ)
まずは仕事を滞らせる事は止めよう。
そう考えたレオンハルトは、少し前までの停滞時間が幻だったかのように、精力的に仕事を終わらせた。
そして、昼食の時間となりアンネを呼びに行く。何度かノックをした後扉を開けたアンネは、どこか疲れているような気がした。
もしかしたら精神的な攻撃を受けているのかもしれない。そう思い、幸せ捜しよりも体を休めた方が良いと判断した。
しかしアンネは、いつものようににこやかな表情で、レオンハルトからの忠告を受けないように躱す。
応接室についてからも、アンネとの距離を感じた。
「さすがですね。お城で働く人達の事も考えているなんて素晴らしいです」
胸の奥がざわついた。褒められているはずなのに、なぜか素直に喜べない。
覚えた違和感に首を傾げつつ、アンネの動きを追った。椅子を引き、戻してからレオンハルトも席に着く。
食事を取り始めると、アンネからの視線に気がついた。気にせず食べていたが、アンネが一瞬、顔を真っ赤にしたような……。
「アンネ殿? 何かあったのか」
「い、いえっ」
「全く手をつけていないようだが、昼の献立は好みではなかっただろうか」
「い、いえっ。いただきます!」
レオンハルトが指摘してしまった事で、アンネの羞恥心を煽ってしまったのかもしれない。アンネは慌てて食事を始めた。
口の中の物を喉へ通すよりも先に、次の肉を入れる。そんな事を繰り返しているから、まるで頬袋に食糧を詰め込む小動物のように見えた。
喉に肉を詰まらせたアンネの背中をさすったら、緊張しているように身体を強ばらせているとわかる。
だから、言った。
「私がいるとアンネ殿は焦ってしまうようだ。次からは別で食事をする事にしよう」
食事から幸せを捜すのなら、緊張しない方が良いだろう。そう思っての判断だったが、レオンハルトは自分が間違った判断をしたのだと気づく。
アンネは何かつらい事を耐えるかのように、手を握りしめていた。思い悩んでいるのか、顔を下げられて表情が見えない。
「アンネ殿?」
「……部屋に、戻りますね」
アンネが立ち上がり、応接室を出て行く。その背中からは、話しかけるなというような圧を感じた。
それならば、レオンハルトが今できる事はない。アンネが話しかけるなと言うのなら、神々の契約に従うのみ。
そう、思うのに。レオンハルトはすっきりしなかった。
(……もしかして、私と話す事が嫌になってしまったのかもしれない)
どの言葉がアンネを傷つけてしまったのかわからない。理由が不明なまま謝罪をするなんて、誠意に欠ける。
失った信頼を取り戻すにはどうすれば良いかと、レオンハルトを悩ませる事が増えた。
▲▲▲
大公様から四つ目の契約について聞いた。それで思ったのは、神々にとってわたしの悩みなんて些末な事なんだろうって。
モルルモア大陸を統べる二柱にとって、星渡人の幸せよりも大陸全体の平和の方が大事なんじゃないかな。
……いや、ネガティブに考えるのは止めよう。レオンハルトさんに告白できないからって、その怒りを神々に向けるのは違うよね。
もしかしたら、神々にとって『愛』というのはそこまで大仰に捉えていないのかもしれない。
三大欲求は、食と睡眠と愛。厳密に言えば言葉は違うけど、神々にとって愛しむ気持ちは当然なのかもしれない。
必ずしも、恋愛の先に幸せがあるとは限らない。だけど政略結婚でも子供が産まれれば気持ちは動くし、動物でも一緒にいれば情が湧く。それを愛とするならば、物を大切にする心も愛。
そう考えると、神々にとって『愛』は身近なものなのだと思う。すぐ傍にあって、愛しむもの。
だから契約の四項目を考える時も、特に注意事項を設けなかったんじゃないかな。
……というか、わたしが告白できない理由を神々のせいにしちゃいけないよね。
契約により、星渡人に願いは言われない。例えば、仮に、レオンハルトさんがわたしの事を好きになってくれたとしても、プロポーズを受けるとしても。わたしの希望を伺うような言い方はできない。
『付き合え』
『結婚しろ』
……希望を伺えないにしても、そんな言い方をされたら嫌だな。レオンハルトさんは好きだけど、その気持ちを強要されるみたいな感じがする。
かといって、わたしが言うのはもっとダメだ。レオンハルトさんの人生を奪っちゃうから。
頭の中がこんがらがる。どうすれば、わたしの願い事を叶えられるんだろう。
疑問に思っていると、廷臣法官長室に仕事の報告に来たコナー先輩と目が合った。
「アンネちゃん! 何か悩み事?」
「えーと……」
「コナー。アンネ殿が困っているだろう。報告を終えたのならすぐに退室しろ」
「了解しましたー」
軽い調子で返す先輩は、部屋を出る前に内緒話をするようにわたしの耳元へ口を寄せた。
「長に言いづらかったら、いつでも相談に乗るからね」
「あ、ありがとうございます……」
「コナー! さっさと退室するんだ」
「了解でーす」
なんか、レオンハルトさんがピリピリしているような気がする?
そう思いつつ、部屋を去って行く先輩の背中を何となく目で追う。するとレオンハルトさんが、すぐ近くまでやってきた。
「アンネ殿。何か悩みがあるのならば、コナーではなく上官の私に言うように」
「……」
「アンネ殿?」
契約違反にならないように、レオンハルトさんは言葉を選ぶ。でも今は、その言葉が嫌だった。義務しか感じられない、その冷たい言葉が。
もちろん、そんな気持ちを外に出さないように仮面魔法の効果はバッチリだ。
「アンネ殿?」
「すみません。やっぱりレオンハルトさんと一緒だと緊張してしまいます。緊張する相手に、相談はできません」
「そ、そうか……」
くっ……。どうしてそこでそんな顔をするかな。
わたしが悩んでいる内容は、レオンハルトさんだけでなく誰にもばれちゃいけない。だから誰にも相談できないけど、ちょっと言い方が冷たかったかもしれない。
レオンハルトさんはいつも姿勢が良い。でも今は、肩を落としているように見える。断った瞬間の、傷ついたかのような表情はわたしの胸を締めつけた。
まるで、わたしに頼られなかった事を悲しんでいるみたい。
いや、案外そうなのかも。レオンハルトさんはわたしの担当の王族で、且つ職場の上司だ。年齢が二つしか離れていないっていっても、レオンハルトさんの性格上、頼りにされたいと思っているんじゃないかな。
んー……でも……。
仕事上で頼ったら、プライベートの方でも頼っちゃいそう。前にレオンハルトさんの前で泣いて困らせちゃったし、極力公私を分けて接するようにしないといけないよね。
わたしの決意をさらに強固にさせたのは、それから三日後の事。
レオンハルトさんは、一人じゃわたしの問題を抱えきれないと思ったのかもしれない。もしくは、王族全体できちんと問題と向かい合った方が良いと考えた可能性がある。
わたしは、食堂に呼ばれた。
単純に食事をするのだと思ったけど、そうじゃない。陛下、王妃様、レオンハルトさん、ルリアーナ姫、そして大公様が勢揃いしていた。
ここにロジェナちゃんがいなかったのは不幸中の幸いだ。たぶん、この布陣はわたしの願い事を叶えるための決起集会のようなもの。そんな場所でロジェナちゃんに聞かれたら、わたしは願い事を言ってしまっていたかもしれない。
レオンハルトさんの人生を縛ってしまう、その気持ちを。




