054件目 熱い願いと彷徨う想い
「星渡人に願いを言わない事」
緑の契約について聞かされた時、やっぱりって思った。改めて、レオンハルトさんの決意を痛感する。
神々との契約を終わらせたい。それが願い事だというのは明らかだ。契約違反をし、自分の身体に不利益が出てもその意思を伝えてくれた。
「緑の項目について知ってもらうために、王家と神殿関係者が知る話を伝えておこうと思う」
そんな言葉から始まり、レオンハルトさんは過去に何が起きたかを教えてくれた。
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レオンハルトさんは、静かな声で語り始める。
モルルモア大陸には、九十以上の大小様々な国があった。大陸全土を管轄するのは、太陽神ソゾンと月女神ルーナント。夫婦神とされる二柱は、自分達が管轄する人間達の繁栄を願っていた。
二柱は、二百年から三百年に一度、他の星から人を招く。星渡人は神々から各国へ贈られる使者であり、神の願いを代弁する存在だった。
千百年前。ヴァランタンに初めての星渡人が贈られた事で、悲劇が始まったと文献に残されている。
「ソゾン様とルーナント様より啓示があった。我が国に、星渡人様が来訪される」
「おお、ついに我が国にも……」
古代文字が刻まれている、石造りの広い空間。その中心に、同じく古代文字が描かれた魔方陣が浮かび上がっている。その魔方陣が煌めき、光の柱を作り出した。
「星渡人様! ようこそ、ヴァランタンへ!!」
魔方陣の中から現れた星渡人に、その場にいた王族、大臣、護衛の騎士達までもが歓迎の意を示す。その総声量は地響きを感じさせるほど。
魔方陣から現れたのは、黒髪黒目の青年だと言われている。年は、十七、八ほど。優しい面差しが印象的な星渡人だ。
戸惑う青年に十九代目の王が近づき告げる。ヴァランタン発展のため力を借りたいと。人が良さそうに見える青年は、戸惑いつつも王と握手をした。
ヴァランタンは、国の総力を上げて星渡人を歓待していく。遠慮がちな青年は、多くを望まなかった。後に記録として残されているのは、たった一つの贅沢。
「おにぎりが食べたい」
青年は語る。おにぎりとは何か。米とは何か。
青年が星渡人である事を証明するかのように、その後すぐにヴァランタンには名産が再生産された。元々あったが廃れてしまっていた、まだ四季があった時に各季節に作られた四季米だ。
春米はふわりと花香る、嗅覚を楽しませる米に。夏米はもちっとした水分の多い米に。秋米は玄米で健康に。冬米はもち米で、餅が振る舞われることになった。
米作りはヴァランタンでの一大事業になる。
自分の一言で国規模の事業になってしまった。それが怖くて、青年はそれから願い事を言いづらくなっていく。
神々の使者を喜ばせ、願いを叶える事で異文化が入り国が発展する。願い事を言わなくなった星渡人から願いを聞き出すため、ヴァランタンは暴走し始めた。
様々な人と触れ合ったら、願い事も浮かぶのではと。
第一王女、第二王女、第三王女。さらには公爵家やその縁戚から複数の令嬢が、星渡人のために献上された。中には婚約者がいた令嬢もいたが、王命にてその婚約は破棄されている。
「星渡人様~」
「星渡人様、是非わたくしと」
「星渡人様はオニギリの具材は何がお好きですか」
眉目秀麗な令嬢達が、星渡人から願いを聞くために奮闘した。毎日、代わる代わる美女に迫られる。それは青年にトラウマを植えつけてしまった。一ヶ月を過ぎる頃には、青年は女性を見るだけで姿を隠すようになる。
では男だし身体を動かす事はどうだろうか。
そんな提案を元に、青年は騎士団に所属する事になった。最初は活発に活動していたが、やがて騎士団内騒動の火種となっていく。
出世のために賄賂を渡される。
武術大会で認められて逆玉の輿に乗るため、自分だけ有利な武具をもらえるようにと脅される。
はたまた、かつて一方的に婚約破棄させられた者からの恨みまで。
命の危機すらあった騎士団から離れた青年は、いよいよ人間不信になってしまったと記録に残されている。
「星渡人様。このままでは我が国の名折れです。今一度、我々に機会をいただけないでしょうか」
そんな青年に声をかけたのは、第二王子だ。第一王子が既に立太子しており、第三王子は武勲を上げている。第二王子は第一王子のスペアとして扱われ、実績を上げづらい。
だから、星渡人の自分を歓待する事で実績を積みたいのでは。
そう思ってしまったが、第二王子からは今までに見てきた人達のような悪い印象はない。本当に国の事を考えているかのような第二王子の、誘いに乗った。
「今日はストイへ」
「本日はロテインへ行きましょうか」
「リヴィエリ山に登山はどうでしょう」
第二王子との、ヴァランタン国内での周遊が始まった。回を重ねるごとに第二王子の気さくな一面に触れ、やがて異国の地での親友とまで感じるように。
そんな日々は楽しく、青年がヴァランタンにやって来てから半年が経過していた。
「ちょっと、やってみたい事があるんだけど……」
そんな相談から始まった、各所を繋ぐ転移門の建設。それはヴァランタンにとって画期的な移動方法の提案だった。
ほとんどの国民が好意的に受け入れ、各自利用していく。未来に禍根を残すとは、この時点では想定もされていなかった。
数多くの人達に称賛され、青年は承認欲求が膨れあがっていく。
そんな青年に、十九代目の王が提案する。さらなる国の発展のため、もっと力を貸してくれと。
青年は、二つ返事で了承する。それが、モルルモア大戦争の火種になるとは知らずに。
ヴァランタンは、各国へ自国に星渡人が来たと伝えた。各国から要請があり次々と青年を派遣しては、星渡人の知識を披露していく。
それからすぐに、各国へ自慢していた星渡人を国に留まらせた。そして、情報量を徴収するようになっていく。金銀財宝、各国の美女、旅行時の資金の全額保証まで。
様々な「欲」が、星渡人の青年を取り囲んでいく。そしてそれは、ヴァランタンと各国との関係性の悪化へ繋がった。
星渡人が国へ贈られてから、一年間は神々と意思疎通ができる。そんな噂が広まってしまった事も、人々を争わせる火種となった。
各国は我先にと、青年に接触しようとする。もみくちゃにされる中、青年はようやく理解する。自分のせいで戦争が始まってしまったと。
そして、神々と繋がっているという事も噂ではなかった。青年の状況を見ていた神々が戦争を鎮めようと啓示を出すが、その言葉ですら聞こえていない。平時であれば神への冒涜だとされる神殿の破壊も、誰も気にしなかった。
戦争は五ヶ月で収束したが、神はヴァランタンに雷を落とす。
大陸全土を揺るがす大戦争を起こした贖罪として、四季を奪った国で再生してみろと。星渡人の身体を借りていた神々は、足下にすがる王を邪険に払う。
「どうか、どうか……神々の慈悲をくださいませんか! 四季を奪われてしまっては、何もできなくなります! 戦争に巻き込んでしまった民のため、どうか、どうか……」
「民を思う気持ちが、贖罪する想いが真のものか、確かめさせてもらう。四季の内、春だけ残す。そして、そなたらには四項目の契約を結んでもらう」
神々は、王家に呪いをかけた。その血が続く限り、契約は引き継がれると。
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「……こうして、王家は代々、神々との契約を履行するため努力を重ねてきた」
「そして、再びわたしが星渡人としてヴァランタンに贈られたと。なるほど、千百年なんて長い年月ですよね」
「アンネ殿が我が国へやって来てくれたこの機会、絶対に逃さない」
レオンハルトさんの決意を聞いて、ちょっと心配した。その言葉は、願いになってしまうんじゃないかって。
でもそれは杞憂で、言い切れば願い事判定にはならないみたい。
神々とした二つ目の項目は、「星渡人に願いを言わない事」。それは今実感したみたいに、言い切れば契約違反にはならない。
でも、レオンハルトさんはわたしの相棒として動いてくれている。だから、他の人よりも契約違反をしてしまう可能性が高い。ましてや、レオンハルトさんは上司。今の所仕事関連で「願い」と判定された事はなかったのが幸いだ。でもこれからは、どうなるかわからない。
一刻も早く、神々との契約を終わらせないと。
「緑の契約について、何か質問はあるだろうか」
「緑の契約というか……神々が考える、星渡人の願いって何なんでしょうか。以前の人はおにぎりを求めて、お米が再生産されたみたいですけど……」
「私が考えるに『星渡人の願い』とは、星渡人の幸福度に関わるものなのではないかと推測している」
「幸福度、ですか?」
「当時の事を書いている文献に、星渡人の最初の気持ちは書かれていない。しかし状況を察するに、郷愁の念があったのではないだろうか」
「確かに。突然転移して、色々あって日本の事を考えても不思議じゃないですよね」
「その後、戦争が勃発してしまった。星渡人は悔やんだと書かれているから、誰かが後世に伝えてくれたのだと思う。契約履行の条件を」
「星渡人の幸福……つまりは、わたしが何を幸せと感じるかですよね」
わたしの願いは……ある、けど。
レオンハルトさんが、期待を込めた目でわたしを見る。ここで言えば、全てを叶えてくれるんだと思う。例えそれが、レオンハルトさんの意思に関係なくても。
それは、嫌だ。
レオンハルトさんを好きになったのはわたしの勝手だけど、神々との契約を履行するのが大事だとわかっているけど。
わたしの願いを口にする事は、レオンハルトさんの人生を強制するって事。その時点で、わたしは幸せじゃない。強制的に夫婦になっても、子供ができても……それは、幸せじゃない。ただ空しくなるだけだ。
わたしは、レオンハルトさんが好き。でもそれは、レオンハルトさんの人生を強制するものじゃない。
気持ちのこもっていない生活を想像して、悲しくなった。すぐに心の中で仮面魔法を唱えて、表情を繕う。
「……わたしの幸せ、かぁ。難題ですね」
「アンネ殿の幸せは、国の幸せに繋がる。全力で支援するため、願い事があればすぐに言うように」
「……はい」
たぶん、「言ってほしい」って言いたかったんだと思う。でもそれだと契約違反になっちゃうから、上司のような口調だった。
それがわかってしまう分、レオンハルトさんからの言葉の重みで苦しくなる。わたしの願いは、レオンハルトさんに知られてはいけないから。
でも、近くにいればいつかばれちゃうと思う。今はまだ、スーザンに片思いだとばれているくらい。スーザンは親しみやすいけど、わたしの気持ちをばらすような事はしないと思う。だからまだ、猶予がある。
……本当に? スーザンにばれているのに、他の人にもばれないなんてあり得なくない?
王妃様とかルリアーナ姫とか、王宮内の噂とか。そういう、外堀から埋めるみたいな図式にならない? そうなったら、義理堅いレオンハルトさんは自分の心を殺してしまうような気がする。
かと言って、仮面魔法だけで隠せるか自信がない。だったらいっその事、レオンハルトさんから離れたら良いんじゃないかな。
ずん、と胸の奥が重くなる。好きだからこそ、言えない願い。
この契約は、わたしの恋心まで縛ろうとしているみたいだ。




