053件目 贖罪の成果と隠された掟
神々が求める、「星渡人」の願い。そんな哲学的な事、どうやったらわかるんだろう。
そんな悩みを持ちつつ、これから神々との契約の話を聞く。
「レオンハルトさん。お茶を飲みませんか」
「そうしよう」
レオンハルトさんが入口の方へ目を向けると、頷いた兵士が一人応接室の外へ行った。かと思うとすぐに、白地に緑の線が入っているティーセットを乗せたワゴンを乗せて戻ってくる。
「朝食時、すぐに飲めるようにと指示を出しておいた」
「さすがです」
すぐに飲めるように、という事だったけど、兵士はワゴンを机の横に置いて持ち場に戻った。うん。兵士がお茶を淹れないのはわかるけど。
なんと、レオンハルトさん自らがティーポットを持った。
「えっ!? わ、わたしが入れますよ!?」
「それには及ばない。アンネ殿は座っていてほしい」
「い、いえ、レオンハルトさんこそ座っていてもらえればっ」
部下が上司にお茶を淹れてもらうなんてと焦っていたら、レオンハルトさんが動きを止めた。
「……アンネ殿の好みがわからず、私が飲みやすいものを用意してしまった」
「お気になさらず! レオンハルトさんが好きなお茶、楽しみです!」
「そうか。それならば良かった」
ぐぅっ……! その笑顔、反則すぎる!!
不安げな顔から、安心したような顔へ。そんなレオンハルトさんの顔を見てしまったら、不覚にも動けなくなる。
結局、上司であり王子のレオンハルトさんの手によってカップにお茶が注がれてしまった。
机に置かれたティーカップには、緑のアクセントが入っている。確か、盗難事件の時のレオンハルトさんの部屋も同じような感じだった。それなら、これはレオンハルトさんが普段使っていると思われる食器。
王族が、日常使いする食器。手を滑らせて割らないようにしないと。
レオンハルトさんに促されて、一口飲む。少し温いような気がするけど、きっと緊張しているからだよね。
ティーカップを置く。レオンハルトさんからの視線を感じる気がする。
「お、美味しかったです!」
「そうか、それは良かった。では喉を潤したから、神々との契約の話に移ろう」
「お願いします」
話し始める前に、レオンハルトさんは左手にしていた白手袋を外す。そして改めて、手の甲を見せてくれた。
神々との契約で、満たされているのは青の項目だけ。
「ヴァランタンは過去に、自国の発展を目的として動き、モルルモア大戦争を引き起こしてしまった。その贖罪のため、神々が決めた契約を履行していかなければいけない」
「民を飢えさせない事、でしたよね」
「そうだ。これはいついかなる時も、国庫からでも捻出し、民の生活を守らないといけない」
「では、他の項目は? 緑、赤、茶色で四つ葉の形で線が描かれていますよね」
質問すると、レオンハルトさんはグッと息を詰める。話すと決めても尚そんな反応って事は、その内容はわたしにとって不利益になるんだろうか。
緊張して話の続きを待っていると、喉が乾いてきた。注いでもらったお茶の残りに口をつける。やっぱり温いような気がするけど、緊張しているからだよね?
飲みやすい温度で、注いでもらった分をゴクゴクと飲み干してしまった。レオンハルトさんのティーカップを見ると、同じように空になっている。
「今度はわたしが入れますね」
「ああ、頼んだ」
ティーポットを持つと、じんわり温かい感じ。でもこの暖かさは温くない?
「アツアツにして湯気戻る。まるで淹れたてのお茶みたい」
詠唱を終えると、ティーポットが熱くなった。これをこぼすと火傷しちゃうだろうから、気をつけて淹れないとね。
レオンハルトさんのティーカップも手前へ寄せようとしたら、まるでそれを引き留めるかのように手を伸ばしていた。
「どうかしましたか」
「あ、いや……」
レオンハルトさんが、伸ばしていた手をグッと握る。何だろう。何かダメな事をしちゃったかな?
疑問に思いつつ、お茶を注ぐ。ふんわりと湯気が出ていて、香りも立っている。うん? さっきまでは、特に香りを感じられなかったような気がするけど……?
レオンハルトさんが淹れてくれたから、緊張していた。そんな風に思いつつ、レオンハルトさんにもお茶を渡す。
あれ……?
レオンハルトさんは、どこか緊張するような様子でお茶を凝視していた。わたしが斜向かいに座った事を気配で察したのか、ハッとなってティーカップを持つ。
「では、頂こう」
「はい、どうぞ……」
なぜだろう。ただレオンハルトさんがお茶を飲むだけなのに、不穏な感じがするのは。
わたしは、ついレオンハルトさんを凝視しちゃう。味は変わらないはずだけど、なぜか緊張する。
レオンハルトさんが、ゆっくりとティーカップを口へ近づけていく。それがやけにスローモーションに見えて、うっかりティーカップに隠れそうな唇を凝視してしまう。
うぅ……。実はわたし、無自覚の変態だったのかもしれない……。
口元から目をそらせない自分という現実から逃避するために、わたしもお茶を飲む。今も若干緊張しているはずだけど、お茶は温くない。そりゃそうだよね、わたしが温めたんだから。
あれ? そうすると、やっぱりさっきは温かったんだよね?? それなら……。
「ッ――!!」
目撃した光景に、うっかり手を滑らせてしまいそうだった。慌てず、騒がず、仮面魔法を心の中で詠唱する。
でもあふれ出る気持ちが抑えられなくて、思わず両手で顔を覆う。
ギャップ!! ギャップが!!
叫びたい衝動を抑え、指の隙間からレオンハルトさんを見る。
「フー……フー……」
「あの」レオンハルトさんが! お茶を飲む前に息で冷まそうとしている!! そんな……そんな事って、ある!? まさか、レオンハルトさんが猫舌だったなんて……!!
ギャップが! ギャップがありすぎる!!
自分に厳しく、常に律するレオンハルトさん。そんな彼が、猫舌!? 可愛すぎる!
しかも、なかなか好みの温度まで下がらないのか、撫でつけていた前髪が一房落ちた。
「ッ――!」
今、思い出してはいけない事を思い出してしまった。タマちゃんと全力で遊んでいた時の、弾ける笑顔を。
ヤバイ。ナンテコッタ。レオンハルトさんは、ギャップ王だ。
動揺しすぎて心の声ですら片言になってしまった。それぐらい、破壊力がヤバイ。
ようやく好みの温度になったらしい。レオンハルトさんはティーカップを傾け、お茶を飲んでいる。
猫舌のレオンハルトさん。そんな可愛い姿を見てからの、男性らしい喉仏。見た目と、普段のレオンハルトさんとの、ギャップに萌える。
ギュムッと心臓を掴まれているような感覚になってから、ハッとなる。レオンハルトさんは、わたしの二つ上。だからまだ若い。でも廷臣法官長として威厳を保たないといけないと言っていたよね。
さっと、応接室内の様子を窺う。
うん、大丈夫そうだ。入口の方にしか兵士達はいないから、こんな可愛いレオンハルトさんを見たのはわたしだけみたい。
わたしだけ、かぁ……。
それはそれで、何だか特別な気分。いや、ただ単に、座っている位置が良かったってだけなんだけど。
レオンハルトさんも律儀だな。わたしが淹れたから、すぐに飲もうと思ってくれたんだよね。ある程度冷めてから飲めば良いのに。でも、まぁ……そんな所が、また良いんだけど。
平静を装うふりをして、レオンハルトさんがティーカップを置くまで待つ。何度も仮面魔法を唱え直さないといけないほど、じっくり横目で観察してしまった。
きっちり空になるまで飲み干してくれたレオンハルトさんが、ティーカップを置く。だからわたしも仮面魔法を心の中でかけ直して、話を聞く。
「では、残りの三項目について伝えておこうと思う」
「はい。お願いします」
興奮のあまり長い事時間が経ったような気がするけど、実際はほんの少し。ティーカップ一杯分を飲みきるぐらいまで。
だけどそれまでの時間が尊すぎて、いつも通りキリッとした表情を見せるレオンハルトさんと目を合わせて話せない。たびたび、目をギュッと瞑ってしまう。
「アンネ殿? 先程から瞬きが多いような気がするが、もしかして部屋が乾燥しているだろうか」
「あ、いえっ! お気になさらず!」
「乾燥を侮ってはいけない。些細な裂傷から大惨事になる事もある」
「そんな大それた事には……あっ、ちょっと待っててくださいね!」
立ち上がり、駆け足でわたしが使っている部屋へ行く。そこの鏡台の引き出しから、以前ルリアーナ姫にもらった保湿クリームを取り出した。
それを持って、応接室まで戻る。
「それは?」
「以前、姫様から頂いたんです。これを使うので、問題ありません。話の続きを聞かせてください」
「そう、か? ……いや、部屋が乾燥しているのならば、アンネ殿の手だけではなく全体を潤さないといけない」
そう言うと、レオンハルトさんは立ち上がって応接室全体を見る。
「大気を巡る水のマナよ。水属性魔法師レオンハルト・ヴァランタンが命じる。応接室内を適度に湿らせよ」
「あっ! 潤ってきたような気がします。ありがとうございます!」
レオンハルトさんは、実は天然の過保護気質……?
そう思ってしまうのは、妄想夢の中での姿を見てしまったから? え、どうなのかな? 星渡人が神々からの客人とはいえ、わざわざ部屋の湿度を上げてくれるもの?
満足げに頷いたレオンハルトさんの背後にいる、入口付近にいる兵士達を見る。どこか驚いたような、感心しているかのような、そんな表情をしていた。
うん。やっぱりこれほどまでに配慮してもらうのはちょっと異常だよね。
天然の過保護気質かと思ったけど、たぶん違う。レオンハルトさんは律儀だから、もしかしたらこれも神々との契約の一部なんじゃない? 星渡人を喜ばせよ、みたいな。
……そう、か。これほどまでにしてくれるのは、神々との契約のため。つまりは義務。わたし個人を想っての事じゃない。
そんなの、わかっていたじゃん。わかっていたけど……改めてそれを自覚してしまうと、悲しいものだね。
仮面魔法をしたままで良かった。もし今素の表情を見られていたら、心配させちゃったかもしれない。
鬱々とした気分を和らげるため、姫様からもらった保湿クリームを手につけた。ふわりと花の香りがして、心が落ち着く。
「では、話の続きをしよう」
「はい、お願いします」
「昨日の私の反応で、アンネ殿もある程度察しがついているかと思う」
「次の、項目は――?」
「神々から課せられた、二つ目の契約。緑の項は……」




