052件目 密かな想いと抑えきれない視線
わたしが使っているベッドにレオンハルトさんを運んでもらったから、わたしは今夜、寝ずの看病をしようと思う。
「ソイルさん。レオンハルトさんはどれくらいで意識を取り戻しそうですか」
「そうですね……このご様子ですと、一晩経てば回復されるかと」
「それは、寝ているだけでも?」
「はい」
「それなら、ソイルさんは魔力を温存してください。わたしが眠くなってしまった時に看病を代わってもらえると助かります」
「承知しました」
「スーザン。椅子をありがとう」
ソイルさんが控え、スーザンが椅子を持ってきてくれた。その椅子に座り、眉間にシワを寄せているレオンハルトさんを見る。
……自分に厳しいレオンハルトさんは、筋肉質だけど細身に見えるタイプだ。身体を鍛えているレオンハルトさんでも気絶するような、神々との契約。その契約は、確かに早く終わらせたい。
わたしが星渡人としている、今がチャンスだ。
眉間のシワが少しでも薄くなれば良いと思って、左手を擦る。驚くぐらい熱く腫れ上がっていた部分は、平時に戻っていた。その事に、ひとまず安心する。
……でも、神々の契約ってどんな物なんだろう。確か、直系の男子の左手にその印が出るって言っていたよね。レオンハルトさんが気絶したから、彼の意思はなくなったと判断されたんだろうか。
契約の内容を、ある程度予測しないと。これから話してもらえるんだろうけど、なるべくレオンハルトさんの苦しみを和らげたい。何を発言して良くて、何がダメかをよく考えるんだ。
現段階で推測しているのはわたしが「願い」を言って、レオンハルトさんが「拒否」すると契約違反だとされる。これはたぶん、「星渡人の願いを叶えろ」だと思うんだよね。
だとしたら、それは案外簡単なんじゃない? だって、それこそレオンハルトさんとデートがしたいとか、手を繋ぎたいとかそういう事で良いんでしょ?
いや、それはパワハラじゃない? 相手が嫌がっているのに強制したら。……嫌がって、いるかな? そうだとしたら悲しい……。
勝手に想像して勝手に落ち込んで、情緒が不安定だ。そんな姿を見てスーザンが心配そうにわたしを見ている。
うん。気をつけよう。暗殺犯に狙われて散々心配かけちゃっているし、余計な心配はスーザンの体調も悪くさせちゃうし。
やっぱりすぐに心を落ちつかせるオノマトペを考えよう。もしくは、感情が外に出ないように仮面を被る魔法も良いかもしれない。
今はまだ思いついていないから、ひとまず深呼吸をして落ち着かせておく。
何度か繰り返した時、名案を思いついた。
神々との契約の四項目の内、一つはもう聞いている。戦争を起こした罪を償い、民を飢えさせない事だったよね。
そして、予測している内容の一つは、星渡人の願いを叶える事。
それならさ、わたしが契約を終了したいっていったら良いんじゃない?? レオンハルトさん達王族が言うのはダメだけど、わたしが言ったなら。
レオンハルトさんが目を覚ましたら、提案してみよう。意外と、早く解決できちゃうかも。
# # #
カラッとした晴天に恵まれた日。家族五人でピクニックに来ていた。わたしと、レオンハルトさんと、二人に良く似た子供が二人。青の髪をツインテールにしている長女、黒い髪に寝癖がついている長男。二人とも緑の瞳をしている。そして、お腹の中にはまだ性別がわかっていない三人目の子。この子は、青髪で黒い瞳になるのかな。
護衛と侍女と、たくさんの人達に見守られながらの、ピクニック。貴族らしいテーブルセットじゃなくて、芝生にシートを敷いている。
身体が冷えないようにと何枚も重ねられた布の数々。さらにはレオンハルトさんが着ていた上着も肩に掛けられて、お腹周りにはショールもある。
いくら何でも過保護すぎやしないか。そんな風に思うけど、わたしのお腹に触れるレオンハルトさんは優しく笑う。
レオンハルトさんの笑顔は、心臓に悪い。いつまでもわたしの胸を締めつける。きゅう、となったわたしを見たレオンハルトさんが、わたしを抱きしめた。
甘い。甘いよ。そんな極甘な対応なんて……。
長女と鬼ごっこをしていた長男が戻ってきて、顔を熱くしているわたしを見て不思議そうに首を傾げる。
親たる者、子供に心配させてはいけない。わたしはすぐに、心の中で詠唱する。
『サッと顔色戻そうか。天使達にばれないように』
これで、わたしの顔色は元気な時の表情を身に纏ったと思う。
# # #
……っは。寝ちゃってた。
レオンハルトさんの様子を見ている間に、睡魔に身を任せていたみたい。
という事は、さっき見たのはわたしの妄想……!? 子供三人て……。そんなにって思うけど、もし子供を産むなら一人っ子じゃない方が良いよね。一人だと大変そうだし……ってか、待って!! あの妄想夢はわたしがレオンハルトさんと夫婦になる事前提じゃん!! 自分でそれをなかった事にしたのに、図々しすぎる! 妄想だけど!!
でも、まぁ……妄想くらいは、良いかな? レオンハルトさんは忙しい人だし、次の王太子に選ばれる確率が高い人だし……。そうなったら、わたしよりもふさわしい相手が婚約者として選ばれると思うし。
レオンハルトさんや他の王族の人達が、契約のために苦しんでいる。神々との契約が終われば、王族の婚約者選びに影を落とすものはなくなると思う。レオンハルトさんの隣に立つ女性がわたし以外でも、それは当然の事だ。
わたしが、傷つくような話じゃ――。
「……ん……」
レオンハルトさんが寝返りを打った。それなら、今は気絶じゃなくて眠っているって事かな。それなら、もう大丈夫そう。
寝返りを打つ事で離れてしまったレオンハルトさんの左手。あの手をまた握れるようにはならないと思う。
頭を切りかえよう。
わたしは、夢の中で顔色を装う仮面魔法を思いついていた。あれを使えば、これからは周囲に心配をさせる事もない。
ただ、夢の中の文言はそのまま使えないね。だとすれば――。
「サッと顔色戻したら、表に事情はわからない」かな。これは結構万能じゃない? 妄想をした後も、体調が悪い時も隠せるもんね。
わたしは星渡人。神々との契約を、必ず終わらせる。
+ + +
「……ん?」
いつの間にかまた寝てしまっていたらしい。ベッドにうつ伏せになっていたけど、そのベッドが激しく動く。
何事かと思って顔を上げると、レオンハルトさんがベッドを挟んだ反対側に立っていた。目を覚ましたんだと安心すると同時に、レオンハルトさんの言葉を予測して封じる。
「レオンハルトさん、おはようございます。今後のために神々との契約についてお聞きしたいです」
「そ、れは、アンネ殿にお伝えす」
「あ。それよりも先に朝食ですかね。それぞれの部屋で食べましょうか。レオンハルトさんも着替えたいと思いますし」
「アンネ殿と一晩過ごした事について、きちんと責任」
「真面目ですね、レオンハルトさんは。大丈夫ですよ。スーザンとソイルさんが、わたし達には何もなかったと証言してくれます」
「それはそうだが……」
「レオンハルトさんが真面目なのは十分承知していますけど、何かにつけ責任を取ろうとしなくて良いですよ」
あれ、言いすぎたかな?
レオンハルトさんの言葉を遮るように先んじて話していたけど、最後の言葉を言ったら彼が眉をひそめた。苦虫を噛みつぶしたような顔って、こういう顔を言うのかな?
レオンハルトさん自身を否定したわけじゃないけど、そう捉えられてしまったかもしれない。
「レオンハルトさんの真面目さは、廷臣法官長として必要なものですよね。王族という点で見ても、奔放よりも真面目な方が絶対に良いと思いますし。何より、自分にも厳しい上司だからこそ、部下として頼りがいがあります」
レオンハルトさんを否定した訳じゃないとわかってもらおうとしていたら、スーザンに肩を叩かれた。何事かと思って顔を向けると、静かに首を振られる。
なんぞ? と思っていたら、スーザンが手を向けた。そちらを見たら何と、レオンハルトさんが口元を隠すように鼻の下に手を置いている。心なしか顔が赤いような気がするけど、光の当たり方の問題かな?
「わたしはレオンハルトさんの部下になれて幸せ者だと思います。仕事できるし、イケメンで目の保養になるから精神的にも頑張れるし」
「アンネ様。それ以上は……」
「え?」
再び、スーザンに止められた。またレオンハルトさんを見るように手で示されて、改めて確認する。
あれ。耳まで真っ赤じゃない……?
えっ、もしかしてレオンハルトさん照れてる!? 貴重な照れ顔だ!
レアな表情をよく見て覚えておこうと思ったら、目が合ったレオンハルトさんに背を向けられてしまった。それを前に回り込んでまで確認し直すなんて、そんな野暮な事はしないけど。
……わたしの言葉で、レオンハルトさんが照れてくれた。それが嬉しい。
いや、待てよ? もしかしたらレオンハルトさんは褒められ慣れていないのかもしれない。陛下はよくわからないけど、王妃様は厳しそうな方だ。できて当然みたいな空気があるのかもしれない。じゃなきゃ、一部下でしかないわたしの発言で照れるなんてしないよね。
ちょっと、残念。いや、わたしの言葉でレオンハルトさんを揺さぶるなんて、そんな大それた事はできない。
けど。
もしそうだったなら、やっぱり嬉しいよね。わたしの事を意識してもらえているみたいで。
顔がにやける。わたしの魔法はわたしが解かない限り永続的に続くと思っていたけど、わたしの気持ち次第みたいだ。
わたしは改めて仮面魔法をかけて、「いつものわたし」を装った。
その後。
ひとまずそれぞれの部屋で朝食を取って、レオンハルトさんたっての希望で応接室で話をする事になった。扉は開放され、廊下にも室内にも複数の兵士がいる。スーザンとソイルさんは、睡眠のために一時離脱した。
絶対に間違いを起こさない、起こるような状態にさせないという強い意思を感じる。そこまで強固にならなくても、とちょっと悲しくなった。でも、レオンハルトさんは王族。それぐらいが丁度良いのだと思う。
レオンハルトさんと斜向かいの場所に腰を下ろして、わたしから切り出した。
「レオンハルトさん! わたし、思いつきましたよ。契約を簡単に終わらせる方法を!」
「アンネ殿。申し訳ないが、少し声量を抑えてほしい」
意気揚々と話し始めたけど、すぐに注意されてしまった。神々との契約だもんね。いくらお城で働く兵士といえど、そんな事情を聞かせるわけにはいかないよ。
自省して、前のめりになって話す。
「……星渡人の願いを叶えなければいけないなら、わたしが、契約を終了したいと言ってそれを了承してもらったら良いんじゃないかと」
「それは難しいな」
「なぜですか? わたしの願いですよ?」
「私の左手が反応していない。神々は、その願いを想定していないのだろう」
神様が想定する、「星渡人の願い」って何だろう。そんな哲学的な事を考えないといけないのかな?




