050件目 夢の侵入者
「……アンネ様、顔色が悪いです。今はお仕事もありませんし、しっかりと休んでください」
「うん……ありがとう……」
人形店で救出されてから、三日が経った。わたしは一晩中死体と同じ空間にいたから、トラウマを抱えてしまっている。
側にいる人が二人までなら、まだ耐えられた。でも三人以上になると、あの店で蝋人形にされていた人達の視線を思い出してしまって、恐怖で身がすくむ。
夜は夜で、足下で倒れていた人形店店主の様子を思い出してしまって眠れなかった。目を閉じたら、わたしも死ぬんじゃないかって。
だからわたしは今、部屋から出られなくなってしまっている。特に気にかけてくれているスーザンには、何かお返ししたいと思うのだけど。
そう考えていると、扉がノックされた。部屋には今、スーザンとソイルさんがいる。三人目は無理だと思って、ベッドの中に潜り込む。
「アンネちゃん、どう?」
「まだアンネ様の心の傷が癒えていません。三人いるとアンネ様の怖がらせてしまうので、私が承ります」
「そっか。お見舞いと思って花を持ってきたんだ。花瓶はある? ないかもしれないと思って一応持ってきた」
コナー先輩がお見舞いに来てくれたみたい。顔を出せない事が申し訳ない。
スーザンが先輩から一式を受け取ってくれたみたいで、ベッドサイドテーブルに花瓶が置かれた音がした。
もぞもぞと顔を出す。
「リンガル様がお花を持ってきてくれましたよ」
「……綺麗だね」
わたしが元気になるようにという気持ちが込められている。暖色系の花で纏められたお見舞いの花を見て、思わず口元が緩んだ。
そんなわたしを見たスーザンが衝撃を受けたかのような顔をする。何だろうと思っていたら、それから数日続けて何人もの人からお見舞いの花が連続で届けられるようになった。わたしが笑ったと、スーザンが報告したのかもしれない。
その中にはレオンハルトさんから届いた花もあった。
赤い薔薇が五本。たぶん、王宮にある庭園かどこかで仕入れたものだと思うから、深い意味はないと思う。数がそれほど多くないのも、他の人からももらっているだろうというレオンハルトさんなりの配慮じゃないかな。
でも。
赤い薔薇ってよく物語でもプロポーズで使われているイメージがある。だから、レオンハルトさんを意識してしまっているせいで、そういう意味合いもあるんじゃないかって思っちゃう。レオンハルトさんに怪我をさせたんだから、そんな妄想すらする権利はないとわかっているけど。
……この薔薇が枯れる前に、ずっと保存できるようにならないかな。
気絶するように寝ても一時間ぐらいで起きてしまう。そんな日々を続けていたから、そんな妄想が止まらなかった。
それからさらに三日が経って。
わたしはまだ部屋から出られないでいた。でもそんなわたしへ花を贈る事がお城の中でブームになっちゃったらしくて、今日も誰かから花束が届いた。その花束には、珍しくカードが添えられている。
「カモミール、トケイソウ、ラフマ、ラベンダーを貴女へ贈ります。最上の眠りを貴女へ……?」
カードには「L」と一文字だけ、贈った人と思われる情報があった。
何日もまともな睡眠が取れていなくて、わたしも限界だったのかもしれない。花束の中のラベンダーの香りを嗅いだ瞬間。ベッドに倒れた。
+ + +
……ん? ここは……??
わたしは、「目を覚ました」という感覚があった。でも周囲に、逆さまになった薔薇が浮かんでいる。ここは夢の中なのかな。それなら、わたしは久しぶりに眠れたのかも。
レオンハルトさんからもらった薔薇は結局、ドライフラワーにしようと思ったけど失敗しちゃったんだよね。悲しくなったから、浮いていた薔薇を集める。集めた薔薇から、芳醇な香りがした。夢の中でこんなに香りもわかるなんて初めてだけど、夢だしそんなものだよね。
わたしは夢の中で、どこか知らない場所を歩いていた。林道という感じで、周囲の木々からマイナスイオンを感じる気がする。
誰の目もなくて、久しぶりに解放感を味わえた。こんなに気持ち良いなら、もっと森林浴をしようかな。
そんな風に思っていたら、ポンっと何かが現れた。それは白と紫の二色の身体で、長めの鼻を持った動物――バクだ。でもなぜか逆さまになっている。薔薇も逆さになっていたし、不思議な夢だね。
そう思って、バクをそのまま放置した。
林道を歩いて行くと、開けた場所に出る。地平線まで続いているように見えるラベンダーが、風に吹かれて揺れていた。
わたしが一歩進むと、ラベンダー達が道を譲ってくれる。これは夢だなと笑みをこぼしながら進んでいくと、ポツンと置かれたベンチに誰かがいた。
その後ろ姿は、見覚えがある。つい最近、よく見てしまった人。
大聖堂へ声通しする際もしていたように、レオンハルトさんが振り返る。わたしと目が合った瞬間。ほころぶように満面の笑みを見せてくれた。
「アンネ。こちらへおいで」
さすがわたしが見る夢。レオンハルトさんに持っている罪悪感なんて忘れてしまうほどの優しく柔らかな声音で、わたしを呼んでくれる。
……夢の中でくらい、少しくらい、忘れても良いよね?
わたしは、ふらふらとレオンハルトさんの元へ行く。そしてベンチに座った。
「アンネ」
「レオンハルトさん……」
レオンハルトさんの手が、わたしの頬に添えられる。そして近づく、美顔。
わたしは少し前に暗殺者に狙われたと言うのに、目を閉じてしまっていた。
……あぁ、そうか。わたし、レオンハルトさんの事を。
自分の中の気持ちを自覚した瞬間。状況を理解して緊張してきた。例え夢とはいえこれ以上は恥ずかしい。
そう思って目を開けた瞬間。レオンハルトさんが目から血を流してわたしを睨んでいた。
「っぅ……」
「憎い……憎い……俺はお前を許さない……」
両手で、レオンハルトさんから首を絞められていた。
▲▲▲
緊急の連絡を受け、レオンハルトは天秤宮からアンネの部屋へ急いだ。到着すると、中の惨状に言葉を失う。
目を半開きにしたアンネが、自分の手で自分の首を絞めている。それを解除しようと近づくと、攻撃の意思有りと判断されるのか強い力で弾き飛ばされた。
そんなレオンハルトと同じように尻餅をついていたソイルやコナーに、状況を聞く。
「どうやら、アンネ様の夢の中に何者かが侵入したようです」
「アンネちゃんに回復魔法をかけて正気に戻ってもらおうと思ったけど、全然きかない」
「何か策はないのか」
質問すると、ソイルが少し気まずそうに目をそらした。
詰め寄り、両肩を強く掴む。
「どんな方法だ!?」
「そ、それはですね……」
「アンネ殿は国の威信をかけて守らなければいけない神々からの客人だ。言いよどむ時間も惜しい」
「……ショック療法という方法があります。外部からの刺激によって、アンネ様の意思を夢から現実へ引き寄せる方法です」
「悩んでいる暇はない。すぐに実行に移そう」
ソイルと相談をしている間に、アンネの力がつきたらしい。自分の首から両手を離していた。
「アンネ殿……! 今、助ける!!」
▲▲▲
苦しい。息ができない。
憎しみが籠もった目で、レオンハルトさんがわたしを睨む。
そうか。そうだよね。それぐらい、恨まれても不思議はない。レオンハルトさんからすれば、急に命を狙われたんだ。そして治療を受けた。声通しをしに大聖堂へ行く時、何度も振り返っていたのは恨みを伝えるつもりだったんだ。でも周りに人がいたから、できなかった。
ぐっと、さらに力を込められる。レオンハルトさんに殺されたら、それで贖罪になるかな。
生きる事を諦めようとした、その時。ドンッと胸に衝撃があった。物理的に、何かが落とされた感じ。
……落とされた? わたしは起きているよね。
いや、違う。わたしは今、夢の中にいる。夢の中って事は、現実のわたしは寝ているって事だ。そこに落ちてきたって事は、どういう事??
胸にあった衝撃は、ものすごく力が強い。ぐっ、ぐっ、と押されているみたい。まるで、肋骨が折れてしまいそうなほど。
かと思うと、自分の意思に反して胸……というか、肺が膨らむ感覚がある。これはもしかして、わたしは今、人工呼吸を受けている??
ファンタジー世界だけど、わたしの前に星渡人がいた。その人がどの時代の人かわからないけど、人工呼吸がある時代の人かもしれない。きっとその人が残した、文献みたいなものがあるんだね。
現実のわたしに十分な処置がされたのか、コポリと口から何かがこぼれ落ちた。地面に落ちたそれはずるずると這い動き、いつの間にか現れていた逆さまのバクに吸収された。
バクは一般的に、悪い夢を食べるとされているよね。それの逆って事は……。
考えていたら、夢の中の上空へ急速に引き上げられた。
+ + +
今度こそ本当に目を覚ますと、レオンハルトさんがわたしを覗いていた。一瞬悪夢を思い出して息を呑む。焦ったように頬を掴まれて、呼吸が止まった。
「アンネ殿! 良かった……戻ってきたようだ。水魔法師は総員でアンネ殿の回復を!」
ソイルさんと、先輩と、初めて見る人も何人かいた。その人達がベッドの周りを囲んで、わたしに両手を向ける。
治療を邪魔しないように離れたレオンハルトさんが、人垣の間からわたしを心配そうに見つめていた。死にかけたからか、視線が多くても気にならなくなっている。
治療のために全身がぽかぽかとしてきた時、一つの可能性に気づく。目を開けた時にレオンハルトさんがいた位置と、夢の中で感じた人工呼吸感。
……えっ?? もしかしてっ!?
呼吸が止まっていたせいか、身体はまだ全身が痺れている。そんな中で目は動かせて、レオンハルトさんを見た。
レオンハルトさんは、何か決意をしたような目をしている。その目が、全てを物語っているよね?
人工呼吸をしてくれたのは、レオンハルトさん。
そう思ってしまった瞬間、わたしは顔を背ける。あ、回復魔法のおかげで身体を動かせるようになってきた。このままレオンハルトさんの顔を見ないように背を向けよう。
体勢を変える事に成功したけど、わたしは背中にずっと視線を感じていた。
夢の中で自分の気持ちを自覚してしまったわたし。
表情や仕草から相手の感情がわかるレオンハルトさんに、わたしの心情はバレバレだったかもしれない。でも特に指摘される事はなく、わたしが部屋に引きこもっている間の事を話してくれた。
声通しができなかった、教皇様とガッドム枢機卿。
この二人には怪しい動きがあったため、監視が付けられるはずだった。でも――。
数日後、レオンハルトさんから聞いた報告は、予想外のものだった。
教皇とガッドム枢機卿は忽然と姿を消した、と。完全に、痕跡を残さずに。
監視をかわして消えるなんて、並大抵の事じゃない。
わたしは、ベッドの中で静かに息を呑んだ。
……まだ、終わっていない。黒幕は、ただ息を潜めただけ。より強大な力を持って、再び目の前に現れる日が来るのかもしれない。




