049件目 呪いの人形師
レオンハルトさんと顔を合わせるのが気まずい中、王妃様から言われていた大聖堂へ行く日が三日後に決まった。
精神攻撃に対する処置として、水の単一属性の魔法師――ひとまずは廷臣法官のコナー先輩から、ソイルさんの指導の下回復魔法を習う事になった。だから今、部屋に先輩がいる。
「話は聞いているよ。長は超がつくほどの美形だからね、あの顔に迫られたら意識しちゃうかもしれない。でも、それは一時のまやかし。時間が経てば落ち着くよ」
「そ、そうですかね……」
「そうそう。気楽にいこう」
「ありがとうございます先輩。おかげで、ちょっと気持ちが楽になりました」
恋愛事に免疫がないから、あんなに意識してしまうのだと考えていた。でも先輩に断言されると、それも勘違いかもしれないと思える。
さすが、先輩。頼りになる。
+ + +
そして、三日後。
「これから行うのは声通しって言うんだ」
「へ、へぇ……そうなんですね」
大聖堂へ向かうに辺り、かなりの大人数での移動になった。
大聖堂があるのは一番街南地区。燃やされたり敵襲の攻撃が見えなかったりと、馬車で行くと即時対応ができない可能性がある。
そんな判断が下されて、歩いて向かっているのだけれど。
ハプスト村に行った近衛の四人。先輩や、前後左右に兵士が三人ずつ。レオンハルトさんとわたしで、総勢十九名。わたしからは見えないけど、街の人達もこの人数に驚いているんじゃないかな。
レオンハルトさんがわたしと先輩の前にいる。この陣形が、ありがたい。まやかしだと助言をもらったけど、やっぱり気になっちゃうから。レオンハルトさんが何度か振り返る度に、目が合っちゃうし。
陣形を崩さず進み、大聖堂へ到着。高齢の男性という条件の教会関係者がわたし達を待っていた。
「こちらへどうぞ」
案内役の人は若い人みたい。その人に従い、こちら側の十九名と教会側の十五名がぞろぞろと場所を移動する。
幅が広い廊下のような場所の上にはいくつものアーチがあって、これぞファンタジーって感じの建物だ。キョロキョロと周囲を見回していたら、優しい目をした先輩に笑われてしまった。
わたしは観光に来たわけじゃない。わたしを狙う暗殺者の親玉の黒幕を暴くんだ。気を引き締めなきゃ。
そうして通されたのは、長い廊下の先の部屋。大聖堂の規模からするとこぢんまりとしているけど、大人数が入っても圧迫感はない。
当たり前かもしれないけど、前に見た邪教の旗も無かった。
その部屋で、一人一人の声を聞いて確認していく。でも集められた十五名の中にはあの時に聞いた声の主はいなかった。
でも事前に連絡をしていたのに、教皇様とガッドム枢機卿って人が今いないらしい。今日か明日に戻るって話だから、明日また出直す事になった。
十九名で部屋の外へ出る。ばらばらとまた最初の陣形を取ろうとした時。わたしと、女の子がぶつかってしまった。
「ごめんね。怪我はないかな」
「ごめんなさい、お姉さん。あっ……」
女の子視線の先には、ぶつかった衝撃で壊れてしまったのか関節が変な方向に曲がっている人形があった。見た目は小学校の高学年くらいだけど、その年になっても持っているということは思い入れのあるものなんだと思う。
「ごめんね……大切な物だったでしょう?」
「わたしが、ぶつかっちゃっただけなので……」
天然パーマの女の子は、地属性を持っているのかもしれない。茶色い瞳を潤ませて、首から提げている暗褐色の十字架をグッと握っている。
「お金で弁償できるならするんだけど……お父さんかお母さんはいないかな」
「お父さんはいないです。お母さんは、どこかに出かけたまま帰ってきません」
女の子からされた告白に、ギュッと胸を締めつけられる。両親がいないなんてどれだけつらいだろうか。
でも、この子を世話している人がいる。女の子はきちんと食事ができている体型をしていた。
「わたし、アンネと言うの。あなたは?」
「わたしは、ジアナです」
「そう。ジアナちゃん、もし良かったらあなたを世話してくれている人の所まで案内してもらえないかな。その人に、お詫びをしなきゃ」
「でも……」
ジアナちゃんが、わたしの周辺にいる十七名の男性陣に目を向ける。スーザンがいるけど、近衛とわかる格好をしていた。実質、わたし以外は全員男性と思っているかもしれない。
「レオンハルトさん。この子を家まで送っていってはダメですか」
「アンネ殿は駄目だと言ったら一人でも行ってしまいそうだな。今日はあと帰るだけだった。このレディを送っていこう」
「ありがとうございます」
総勢十九名の同行者に、ジアナちゃんが加わった。全員で移動して、ジアナちゃんを家まで送っていく。そこは二階が住居になっている人形店だった。
物凄くリアルな女性の蝋人形を扱っているお店みたい。店主に挨拶をするため入った店内は不気味な感じがして、四方八方から視線を感じた。
店主に挨拶とお詫びをして、人形の修理代は請求してもらえれば払うと伝える。そして。
「アンネさん。髪の毛、背中についていました」
「あ、本当? 髪の毛長いから、よく抜けるんだよね。ありがとう」
ジアナちゃんと軽く話してから店を出る。その時に一人、ジアナちゃんと同じくらいの年の男の子を発見した。何か言いたそうにしていたけど、話しかけてはこない。
不思議に思いつつ、最初の陣形でお城まで戻る。その後兵士やグラディア姉弟以外の近衛が解散となった。レオンハルトさんや先輩も、わたしの部屋から出て行く。
それから何事もなく、寝る時間になった。内部に侵入していた兵士のふりをした暗殺者の一件があり、わたしが寝る時はベッド脇に近衛の二人が寝ずの番をする。グラディア姉弟がその役を担ってくれる事が多くて、城内の警備人員も増やされたみたい。
かなり多くの人が働いてくれている。早く解決しなければ。
そう思いながら、寝たはずだった。
+ + +
「ここは――ったぁ……」
目を覚ますとなぜか、わたしは部屋にいなかった。ベッドに入るために脱いだから裸足で、足の裏から血が出ている。
わたしに何があったの? どうして、雨が降る深夜に一人で外にいるの??
訳がわからない。とにかくお城へ戻ろうとすると、急に寒気を感じた。まるですぐ後ろから背中を撫でられたような感覚。
バッと振り返るけど、そこには誰もいない。
「……えっ、ちょっ!?」
突然、わたしの意思に反して足が勝手に動き始めた。誰かに掴まれている感覚があって、その手がわたしの足を操作しているみたい。
「ちょ、やだ……止まってよ!!」
進みたくないから身体を仰け反らせるんだけど、倒れないように見えない誰かがわたしの腰を支えているような感覚がある。
何これ、気持ち悪い。
シトシトと雨が降る中、わたしは裸足のままどこかへ進まされる。どこへ向かわされているのかと思っていたら、昼間訪れた人形店だった。ここ!? と思っていたら、ジアナちゃんがお店の扉を開ける。
「ジアナちゃん!? どういう事!?」
「ようこそいらっしゃいました、アンネ様」
昼間顔を合わせた店主が、にっこりと微笑んで待っていた。その手には、わたしに似た人形がある。店主がその人形の足を上げると、わたしの右足も同じように動いた。
「どういうつもりですか!?」
「怒った顔も素晴らしい。まさしく逸材です。頂いた髪も後でコレクションに加えておきましょう。アンネ様は、どんな表情が一番魅力的でしょうか」
うっとりとした表情で、人形を操作する。両手を広げたり、一回転させられたり。その時に身体のあちこちを触れられるような感覚があって、とにかく気持ち悪い。物理攻撃は聞かないはずなのに……これは、精神系の攻撃って事?
また歩かされて、店主のすぐ横まで進まされる。そして、店の入口を見るように半回転。両足を、それぞれ板のような物に拘束された。店主が持っている人形も、同じような状態になっている。それどころか、その人形の足を粘土みたいなグニグニしたやつで覆っていく。現実のわたしの足も、同じように包まれている。
「ジアナちゃん! 止めて!? どうしてこんな事に協力するの!?」
「お姉さん、ごめんなさい。お姉さんに恨みは無いけれど、先導者様がお姉さんを邪魔に思っているんです。わたしは、従うだけ」
わたしの両腕も拘束した後、ジアナちゃんが暗褐色の十字架をギュッと握る。そして、先導者。王太子様が言っていたと思い出す。
「ジアナちゃん! その先導者って誰? 誰にそそのかされたの」
「先導者様を悪く言わないで!!」
キッと、ジアナちゃんに睨まれた。その目は、騙されている感じはない。心底信じているというような目をしている。
わたしの腰元までグニグニで固めた人形師が、わたしを見た。
「美しき人には、絶望の顔が良く似合う。アンネ様、あなたが一人でここに来られた理由をお話しましょう。それはあなたが、周囲の人達を動けないようにしたからですよ」
「そ、それって……わたしが、みんなを殺してしまったって、事?」
「ええ、きっとそうでしょう。でなければ、警備の厳しいお城から出てくるなんてできないでしょうから」
「そん、な……」
「良いですね! 最高ですよ!! その表情がっ……」
悦に浸っていた店主が急に咳き込み、同時に血を吐いた。店内が血で汚れる。
店主が、ゆっくりと背後を確認した。
「クーザ……!! っぐ……」
「ジアナ。ここから逃げるぞ」
クーザ君がジアナちゃんを連れて店を出ていく。
「待って! せめて腕の拘束を……ひっ」
クーザ君達を呼び止めようと思ったら、人形師が最後の力を振り絞って立ち上がり、わたしに縋りついてきた。でもその瞬間、盾魔法がようやく発動する。
人形師が弾かれ、完全に事切れたらしい。最後まで人形を手放さない姿は、狂気だ。
その後。
わたしが解放されたのは翌朝になってから。何でも、治憲院の夜間担当の人が人形店に来てほしいと、クーザ君から聞いていたみたい。
「ぐっすり」のオノマトペで朝まで眠らせていたらしいスーザンがわたしの不在を報告をしたらしく、レオンハルトさん達が迎えに来てくれた。
一晩中死体と同じ空間にいて、わたしの精神はボロボロだよ。眠るだけじゃ、全快復できないかもしれない。




