048件目 幻惑の魔法師
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城内を巡回中の兵士が、前から現れた同僚を見て驚く。
「お前……さっき、後ろに歩いて行かなかったか?」
「何言ってんだよ。今来た所だ」
「はっ? えっ?? それなら、さっき俺が見たお前は……?」
「何だよ、怖い事言うなよ」
二人の兵士が恐怖で身体を震わせる。
果たして、兵士が見た『同僚』とは、一体誰だったのか。
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洗脳事件から二日が経った。
ようやく黒幕に近づけるかもしれないという希望と、レオンハルトさんに大怪我を負わせてしまった罪悪感が、交互に胸を締めつける。
物理攻撃は防げるようになった。だけど、精神攻撃への対策はまだ何もない。
どうすれば良いのか考えていると、部屋の扉がノックされた。
「レオンハルトさん……?」
入ってきたのは、確かにレオンハルトさんだった。でもいつも撫でつけている髪が下りていて、顔色も優れない。治療の疲れが残っているのかもしれない。そのせいか、どこか別人のようにも見えた。
わたしが駆け寄ろうとした瞬間、レオンハルトさんが優しく微笑みながらわたしの頬に手を伸ばしてくる。その仕草は、まるで愛しい人を見るような柔らかさだった。
「……レオンハルトさん?」
距離が、異様に近い。息がかかるほどの至近距離で、緑の瞳がわたしを捉える。
スーザンが慌てて「二人きりにします!」と言い残してソイルさんを連れて部屋を出て階段を下りていく音がしたけど、それどころじゃない。
一瞬だけそれた意識のおかげで、ほんの少しだけレオンハルトさんと距離を取れた。でも、ニッコリと微笑むレオンハルトさんがまた距離を詰めてくる。
「ど、どうしたんですか……?」
後退ろうとしたけど、壁が背中に当たった。逃げ場がない。
レオンハルトさんが、わたしの頬に手を添える。第二王子という以前に、レオンハルトさんは美形だ。美男子だ。そんな顔が、眼前に迫っている。
「あああああ、あのっ!? レオンハルトさん、正気じゃないですね!? しししし、しっかりして下さい! い、いつもの、レオンハルトさんに戻って下さい!!」
「いつもの……? いつものって、どんな?」
「そそそ、それは、自分に厳しく他人に厳しい感じです!! 少なくても、こんな風に……っは! もしかして、精神的な面を鍛えるって事ですね!? わわわ、わかりました! 受けて立ちます!!」
「ふふっ。可愛い」
「かっ、かわっ!?」
レオンハルトさんの笑顔!? と驚いている間に、頭の両側に手を置かれた。
「あああああのっ、こ、これ以上はダメだと思います!!」
「これ以上、って?」
「そっ、それはッ」
ゆっくりと、レオンハルトさんの美顔が迫ってくる。逃げなくちゃいけないと思うのに、わたしは思わず目を瞑ってしまった。
そんなわたしにレオンハルトさんは、目を閉じていても気配を感じられるような距離にまで顔を近づけてくる。
逃げられないのにどうにもできなくて、泣きたくもないのに涙がにじんでくる。
「本当に、どうしたんですか……。早く、いつものレオンハルトさんに、戻って下さい……」
「ごめんね。泣かせたいわけじゃなかったんだ」
「ごめんね……? あ、あなた、誰ですか! レオンハルトさんじゃむぅ」
レオンハルトさんなら、「すまない」と言う。それを指摘しようとしたら、偽のレオンハルトさんの手で口を塞がれた。鼻すら覆われるような状態で、その拘束から逃れるために手足をばたつかせる。
「彼の命を脅かしたくなければ、こちらの指示に従って」
声はレオンハルトさんと似ているのに、その口調は柔らかい。完全に別人だ。あんな大怪我をした後のレオンハルトさんを監禁するなんて、と思ったけど、ふと思う。
この偽物はどこまでこちらの事情を知っているのかと。
キッと、偽物を睨みつける。
「あたしは星渡人に興味がある。その探究心を満たしてくれたら、あなたも彼も解放するわ。ここまでは良い?」
問われ、頷く。
「もちろん、あたしが逃げるまで大声を上げてもダメ。わかるわね? そうなったら……」
レオンハルトさんの所にいるこの人の仲間が、攻撃のために動く。そう思って、偽者からの問いに高速で頷く。
レオンハルトさんの安全は、わたしの対応にかかっている。
ゴクンと唾をのみ込むと、偽物は手を離してくれた。その隙に、偽物の手が届かない距離まで離れる。
「悲しいわ。そんなに離れたら、あなたを観察できないじゃない」
「あ、あのっ……レオンハルトさんは無事ですか。怪我なんてさせていたら、あなたの事を許しません」
「おぉ、怖い。あなたは彼を愛しているのね」
「ち、違いま……ふ、ふんっ。その手には乗りません。精神的に攻撃しようと思っても、無駄ですから!!」
「ふふっ。可愛いね。まるで全身で警戒しているハリネズミみたい」
「そんな挑発には乗らないですよ」
腕を組み、偽物を睨む。
口調が、全然違う。だから顔と声が似ていても、絶対に別人だとわかる。わかる、のに。
レオンハルトさんの顔と声で言われると心が揺らぐ。
「?」
「――っく」
偽物が髪を撫でつけた。その時に、前髪が一房額に落ちる。うっかり、そううっかりだ。前にタマちゃんと遊んでいたレオンハルトさんを思い出してしまった。
パシン、と頬を叩く。
正気に戻れ、わたし。レオンハルトさんは今、ここにいない。
そんな風に、目の前の人物から意識をそらす。そらしたいのに、偽物はわたしの両頬を掴んで強制的に目を合わせてくる。
「ハリネズミちゃん。あなたのお名前は?」
「ほ、星渡人に興味があるって言っていたくせに、わたしの名前も調べてないんですね」
「あら。そんな生意気な事を言うのはどの口かしら」
偽物は微笑みながら、『レオンハルトさんの顔』を近づけてきた。
くっ……!! 別人だとわかっているのに、レオンハルトさんの顔だからぞんざいに扱えない。
「ほら。ハリネズミちゃんの名前を教えてくれないと……」
「アンネ!! これで良いでしょ!!」
ふー、ふーと、偽物を威嚇するように呼吸を荒くする。その様子を見て笑われた。
っ、だから! 目の前にいるのはレオンハルトさんじゃないんだってば!!
パシンと、また頬を叩く。
「あらあら。可愛い反応をしてくれるじゃない」
そう言いながら、偽物は何かを考えているような顔をする。
確か他人にも自分にも厳しいのよねという呟きは、気にしない。どんな攻撃にだって耐えて、レオンハルトさんを救ってみせる。
偽物からの攻撃に備えていると。少ない情報から何かを得たらしい偽物が、変装の精度を上げた。
目つきは厳しく、眉間に力が入っている。髪も完璧に撫でつけたから、もしも誰かが今、この部屋に入ってきたら。レオンハルトさんがわたしに迫っているという不名誉な噂が立っちゃうかもしれない。
「アンネ。俺の事、どう思っているんだ?」
「っは、そ、その手にはっ……」
「アンネされたあの仕打ち。すごく悲しかった」
「レ、レオンハルトさんはそんな事、言いません! いつでも自分を律して……」
偽物が、『レオンハルトさんの顔』で腕をさする。その瞬間、罪悪感が一気に膨れ上がった。あの場所は二日前、鎌鼬魔法で傷つけてしまった内の一部だ。
偽物が、わたしを見ながら何カ所も身体を触る。その度に、わたしは表情を動かしてしまったのだと思う。偽物は、レオンハルトさんなら絶対にしない下劣な笑みを浮かべる。
「痛かった。あんな攻撃をされたから……アンネを嫌いになった」
「そ、れは……」
言い訳はできない。わたしは罰せられるべき人間だ。
「アンネは無価値だと思っている。星渡人だからといって、特別扱いされる資格はない。俺を傷つけておいて、平気な顔をしている……本当に、悪魔みたいだ」
言葉の一つ一つが、胸に突き刺さる。
別人だと頭では理解しているのに、心が追いつかない。レオンハルトさんの顔で、こんな事を言われたら――。
「もう……止めて……」
声が震える。涙がにじむ。
偽物は満足げに微笑み、わたしの顎を掴んで顔を上げさせた。
「星渡人を無力化した後は、好きにして良いと言われている。さて、これからどうやって遊ぼうか」
わたしは、レオンハルトさんを傷つけた罪人だ。少しでも贖罪ができるなら、何でもする。
そんな絶望を感じた、瞬間。
三人分の足音と一緒に、鉄の扉が開かれた。
「アンネ殿!! 無事か!!」
「レオン、ハルトさん……レオンハルトさん!!」
本物の、レオンハルトさんだ。そう自覚したら、涙が出そうになった。でも、涙は困らせるだけ。ぐっと目元を拭って、深々と頭を下げた。
「怪我をさせてしまい、申し訳ありませんでした!!」
「アンネ殿、頭を上げてくれ。あれはアンネ殿が悪い訳じゃない。洗脳犯が悪いんだ」
「でも……レオンハルトさんの顔を見たのに、衝動が抑えられなくて……」
「アンネ殿に、大切に思われていないと痛感した」
「そんな事はっ……? レ、レオンハルトさん!! このそっくりさん、レオンハルトさんの偽物です!!」
「そのようだな。しかし安心してくれ。この部屋からは誰も逃げられない」
そう。ここはかつて、わたしが軟禁されていた塔。高さがあるから、魔法を使っても窓から出るのは危険だし、唯一の入口はレオンハルトさんとグラディア姉弟がいる。それに、何人もの足音が近づいてきていた。『本物』を見て即座に真似た偽物も、捕まるしかない。
「もう少しでアンネを壊せたのにな?」
偽物が『レオンハルトさんの顔』で笑う。
ド、ドキッとなんてする訳、ないっ。こいつは、偽物なんだから。
不覚たる気持ちが揺れてしまった。でもそれは、本人以外もそうだったみたい。
レオンハルトさん以外、少し呆けてしまっている。本人は、不快感を隠していない。そりゃそうだよね。自分と瓜二つの顔が笑っているんだから。
それから、偽物は駆けつけた兵士とレオンハルトさんと一緒に、牢屋へ連行された。
やけにあっさり捕まるな、と思っていたら。
その日の夜。城内ではドッペルゲンガー現象が相次ぎ、偽物はその混乱に乗じて逃亡したらしい。本当の顔も名前もわからない。でも、次に遭遇したら絶対に捕まえる。それまでに準備を整えておこう。
レオンハルトさんの隣室に戻されたわたしは、ベッドに座り込んで膝を抱えた。
今回変装した暗殺犯が来て、思った事がある。レオンハルトさんを真似ただけの別人の言葉に、簡単に揺らいでしまった。それは本人か別人かの判断ができないほど、レオンハルトさんの事を知らないからだ。
「……次は、絶対に見破る。そのためにも、もっとレオンハルトさんの事を知りたい」
夜中に呟いたわたしの声は、雨音が消してくれると思う。でも、わたしの頭の中にはしっかりと残っている。何を知れば本人だと確信できるのか。まずはそれを見極める事から始めよう。




