047件目 魅了の吟遊詩人
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(ルジャンは捕まった、か)
城内の様子を探るため忍ばせていた自分の風魔法で、かつての飲み仲間を失った事に気づく。
琥珀樽亭で顔を合わせれば一緒に飲んでいたが、ギーラにとってはそれだけだった。それどころか、赤い瞳は嘲るような様子だ。
(自分で手を下すから捕まるんだ。馬鹿な奴)
本音を言えば、ギーラも自らの手で星渡人を屠りたかった。かつてミッドーニで働いていたが、星渡人のせいで職場を失ったから。
しかし、それと自分が捕まるのは違う。自分で殺す事が正義なんじゃない。星渡人を消せば良いのだから。
認識疎外を行うような風を自身に纏い、梨型の弦楽器を奏で始めた。
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暗殺者の魔法師に狙われて、内部に侵入者がいるとわかった。今も、鳴子魔法は継続している。少しでも他の人の負担を減らすために。
でも、と思う。
わたしがもっと強ければ。他の人の負担を減らせる。寝ている所を狙われたわけだし。
ようは、わたしの意思が無い時に敵意を持った人が近づけなければ良いんだ。
「ブーンブーンとシールド展開。わたしの意思無く近づくな」
詠唱を終えると、わたしの周囲にうっすらと薄い膜の様な物が現れて空気に馴染んでいく。
「アンネ様、何をされたんですか」
「わたしを守ってくれる人達の負担を減らしたくて、自分の周りに常時展開できる盾をイメージしてみたの」
「それは素晴らしいです。どのような仕組みなのでしょう?」
「んー……そうしたら、スーザン。ちょっと実験に協力してくれる? わたしに武器を持って近づいてみて。あ、ここで遠慮は無しだよ?」
わたしの忠告を受け、スーザンがグッと息を呑んだ。顔を見ちゃうとやりづらいかと思って、スーザンに背中を向ける。
「で、では、実験に協力させていただきます」
「わたしを憎い相手だと思って。全力でやってみて。ソイルさんは証言者としてお願いしますね」
ソイルさんが見守っている。その顔は緊張しているように見えた。許可したとはいえ姉のスーザンがわたしに斬りかかるなんて、見ていて楽しいものじゃないよね。
スーザンに悪影響が出ないようにすると誓いつつ、盾魔法の効果を待つ。
スーザンの息づかいとほぼ同時に背中側の空気が凹んだような気がした、次の瞬間。
「っく……」
「姉上!?」
苦しそうなスーザンの声が聞こえた。わたしの感覚としては、何かを弾き飛ばしたような感じ。
その感覚の通り、スーザンは壁に身体を叩きつけられたみたい。ソイルさんがすぐに駆け寄って治療を施す。
わたしも駆け寄った。
「スーザン、協力ありがとう。大丈夫? 痛くない?」
「はい。ソイルの治療もありますし、何も問題はありません」
「そっか。それなら良かった」
わたしは背中を向けていた。攻撃の許可を出していたけど、いつその攻撃が来るのかわからなかった状態。つまりは、ちゃんと「わたしの意思がない状態では攻撃されない」とわかった。
これで物理攻撃は防げるだろうと思っていたら。
「……?」
どこからか、弦楽器の旋律のようなものが聞こえてくる。治療を終えたソイルさんや立ち上がったスーザンを見た。
「アンネ様、どうされましたか」
「何か……弦楽器の音が聞こえるの。二人には、聞こえない?」
「はい。私達には聞こえません」
スーザンの返答に、ソイルさんも頷く。
どうしてわたしだけが聞こえるのかと疑問に思っていると、歌が聞こえてきた。
〈星は孤独で光らない
夜の風は雲を呼び
大地を潤し愛される〉
聞こえてきた歌詞は、何かを比喩で例えているのかもしれない。
わたしだけが聞こえるって事は、わたしが解読しないといけないんだ。これはもしかしたら、わたしを狙った精神攻撃かもしれない。
解読するため、紙に羽ペンを走らせる。
「アンネ様?」
「見ちゃダメ!! みんなを守るために解いてみせるから!!」
困惑している様子のスーザンと、わたしを窺っているソイルさんに、力強く頷いてみせた。
ひとまず、わたしの決意は二人に伝わったみたい。心配そうに見ているけど、机から離れてくれた。
わたしは全て平仮名で書き出した歌詞を見る。まずは、何が何の比喩を示しているのか推測しないと。
聞こえてくる歌は、何度も同じ歌詞を繰り返す。歌い手が、解けるものならしてみろと、わたしを挑発しているみたい。
やってやろうじゃん!
まずは漢字変換だよね、と全てを漢字交じりの文章にした。でもまだ、比喩の意味はわからない。
〈星はいつでも独裁者
一人で勝手に輝いて
自分を見ろと主張する〉
いつの間にか二番になってた。また繰り返される歌詞を急いで書き出す。
……何て言うか、この歌い手は星に恨みでもあるのかな。一番も星をディスっていたし。
そこまで考えて、はたと気づく。この歌い手がわたしを狙う暗殺者なら、星は星渡人。つまり、わたしを示す。
それなら、風と水は? わたしの周囲で例えるなら……もしかしてレオンハルトさん? 確か王妃様も同じ配色だったけど、暗殺者はわたしを害そうとしている。それなら、風と水はレオンハルトさんを示しているはずだ。
〈だから星は決意する
水と風を亡くそうと
邪魔なアイツを殺そうと〉
比喩表現の内容を確信してしまったから、書き出すよりも先に頭の中で変換してしまう。それと同時に、レオンハルトさんへの殺害衝動が沸いてきた。
耳を塞ぎ、歌を聞かないようにする。でも一度聞いてしまった歌は、耳の中に残って消えてくれない。
「アンネ様……?」
「スーザン! ソイルさん! 今すぐ、わたしを拘束して!!」
「そんな事、できません!」
「なら!! 絶対に、今のわたしにレオンハルトさんを近づけないで!!」
自発的に外の音を遮断していると、忘れたい歌詞が何度も何度も頭の中を巡る。
衝動が、どんどん膨れあがってしまう。
〈宵の時間は独壇場
昼夜の境は曖昧で
勝者はすでに決まってる〉
四番を聞いて、ハッとなって窓から見える外を確認した。スーザン達と過ごしている内に時間が過ぎていたみたい。空が二色になっていて、一番星が輝いていた。
その星を見てしまった瞬間。まるで狼男が満月を見た後のように、わたしの心がいきり立つ。衝動に任せて暴れ回りたい。風と水を、壊したくなった。
視界に、靄がかかる。
〈怒れ! 存在意義のために
爆ぜろ! 自分の役割のために
消えろ! 成した罪を自覚して〉
……わたしは、何のために生きているの? 星渡人としてこの世界を発展させるためだよね? それを邪魔するのは、誰?
流れ続ける五番をBGMに、わたしは部屋を飛び出した。目指すは、天秤宮。スーザンとソイルさんの声が背後から聞こえたような気がするけど、関係ない。一刻も早く、胸を躍らせる気持ちを晴らしたい。
風と水は、強力な魔法師だ。勝負は一瞬。ためらえば、わたしが殺される。
「アンネ殿? まだ外に出てはいけな」
「ヒュンヒュンヒュンと飛んでいけ。邪魔なアイツを切り刻め!」
鎌鼬魔法を放つ。とっさの事で反応しきれなかったのか、風と水は赤い飛沫を拡散させる。
やった! これで風と水は。
〈怒れ! 存在意義のために
爆ぜろ! 自分の役割のために
消えろ! 成した罪を自覚して〉
五番をまた認識すると、視界が急にクリアになった。
目の前に、大怪我を負いながらもわたしを心配するような顔のレオンハルトさんが倒れている。彼の手が伸び、力なく落ちた。
「いやぁぁぁっ!!」
自分がしてしまった事を自覚した瞬間。その現実から逃れたくて、わたしは意識を失った。
+ + +
「……?」
「目を覚ましたか、アンネよ。大事ないか」
「!?」
王妃様が目の前にいてびっくりした。その横には、玉のような汗を流して治療してくれているソイルさんがいる。
どうして王妃様がいるのかと思ったけど、前に徽章をもらった。騒ぎを心配して来てくれたのだと思う。
わたしは全身ぐるぐる巻きにされている上に、詠唱ができないように布を噛ませられていた。心の中でも詠唱ができるけど、今はそれをしてはいけないよね。
王妃様の専属なのか、見た事が無い近衛も三人いる。広くない部屋の中の圧迫感がすごい。
「……ふむ。どうやら正気に戻ったようだな。ソイル・グラディア。尽力ご苦労だった。下がって良いぞ」
ソイルさんが王妃様に礼をして、ふらついた足取りで部屋を出ていった。スーザンは別室で待機中なのかもしれない。
ここは、かつてわたしが軟禁されていた部屋だ。
「スーザン・グラディアから話を聞いた。そなたにしか聞こえない歌とは、真か」
「は、はい。そうです。二番までは書き出しています。歌は、五番までありました。あ、あの、王妃様! レオンハルトさんは無事ですか!!」
「あれも私と陛下の子。頑丈だ。しばし、休まないといけないがな」
「申し訳ありません!!」
土下座をしたかった。でもがっちがちに拘束されているからそれはできない。
「スーザン・グラディアによれば、そなたは洗脳されているようだと言っていた。恐らく、件の吟遊詩人は自分が思うままに人を操る魅了のスキルを持っているのだろう。厄介な相手だ」
「えっ……わたし、魅了されていたんですか」
「そうだろうな。恐らくここ最近ずっとそなたを狙っている一味の一人だろう」
「物理的な攻撃は防げるような魔法を展開しているのですが……精神的な攻撃を防ぐ事は考えてもみませんでした」
「相手は手を変え品を変え、そなたを狙っている。不覚にも、城内に侵入を許してしまっていた。庇護すべきそなたを守り切れぬ事、深くお詫びする」
「い、いえっ、王妃様が頭を下げる事じゃないです!! わたしがもっと、ちゃんと自分自身を守れていれば良かった話なので!!」
王妃様が気まずそうな顔をする。その事に申し訳なく思い、話を変えた。
「その、犯人は捕まりましたか」
「どうやら、認識疎外の魔法を使っていたらしい。追うのは難しいだろう」
「そこまでする犯人なら、失敗したとわかったら逃げていますよね」
魔法を使っているけど、この前の暗殺者みたいにすぐ近くまで来ない。自らの手を血で汚さない警戒心の強い相手は、捕まえられないのかな。
わたしの命を狙うだけでなく、レオンハルトさんまで怪我を負わせるなんて……。そんな相手を捕まえられないなんて、悔しい。どうにかできないかな。
あ、そうだ。
「王妃様! 暗殺者本人ではないのですが、黒幕に近づけるかもしれません」
「何? それは真か」
「はい。前に、一度誘拐された事があるんです。その時に、わたしを誘拐するように依頼した人の声を聞きました。レオンハルトさんと、その人物は教会関係者じゃないかって話しているんです。声を聞いたら、該当する人物がわかるかもしれません!」
「なるほどな。確かにそれは有効だろう。よし、わかった。そなたがまたいつ狙われるかわからない以上、大本を絶つ。身辺警護や教会への連絡を整える。しばし待て」
「わかりました。お願いします」
これで解決できるぞ。
そう思ってしまったわたしは、まだまだ甘かった。




