045件目 呪文の審判者
※一部、過激な表現があります。
手元に癒しがあればそれを緩和できるかと。
▲▲▲
「……また、パティアだけいないのか」
「いくらあいつが優れた魔塔主候補生だからと言って、会議を何度も欠席するなんて言語道断です!」
「そうは言っても、強く言えないだろ。あいつに注意したら最後。何をされるかわからない」
「少し前は古代文字に熱を上げていたが、今は何を調べているのか……」
一番街南地区にある、魔塔。そこでは今日も、魔塔主の溜息と共に、不在のパティアを抜きにして会議が始まった。
▲▲▲
星渡人のわたし及び王族であるレオンハルトさんを狙った凶行に出たとして、王太子様が不出管理監獄塔に収容されることになった。
一番街北地区。お城の影によって正午にしか日が当たらない土地。高く聳える塔がある門の前に、わたしとレオンハルトさん、それに近衛の四人がいた。
「……兄上。ここならば生涯、研究だけに力を注げます」
「最高の環境だ。……悪かったな、レオン」
不出管理監獄塔は、その名の通り生涯幽閉される場所。王族や、その他一般枠から除外されるような力のある犯罪者を収容するんだって。
そこへ収容される王太子様は、長年の責務から解放されてどこか晴れやかなような気もする。でも大きな丸眼鏡の下にある茶色と緑の瞳は、罪悪感で揺れている。恐らく、王太子という責務から外れた先の将来を考えているのだと思う。
立太子するまでは確実じゃないけど、次の王太子候補はレオンハルトさんが筆頭だと思うから。
レオンハルトさんを気遣うように弟の腕に触れた王太子様は、不出管理監獄塔に勤める兵士に連れて行かれた。
面会はできるらしい。でも収容されてから一年は、規定上ダメなんだって。
「レオンハルトさん、行きましょうか」
「ああ。一緒に来てもらってすまない」
「いいえ! わたしが一緒にいたかったんです。気にしないでください」
「アンネ殿の心遣いに感謝する」
レオンハルトさんは、まだ元気がない。
王太子様が起こしてしまった事実は事実としてあるから、どう言葉をかければ良いのか。
六人で王宮へ戻りつつ悩んでいると、レオンハルトさんの元に一羽の伝令鳥がやってきた。その伝令鳥は肩に止まる瞬間、翼でレオンハルトさんを叩く。もしかして、アエラスさんの伝令鳥かな。
「アエラスさんは、何て?」
「魔塔主候補生の一人に、教会関係者がいるようだ」
「教会関係者で、魔塔主候補? そもそも魔塔って何ですか」
「魔塔とは、抜きんでた魔法師が所属する場所だ。その場所の教会関係者という事は、教会や王族しか知らない事を知っているのかもしれない」
「その候補生が、どうかしたんですか?」
「知識欲が非常に高いらしい。何でも今は星渡人について研究しているようで、もしかしたら特攻してくるかもしれないという報告だ」
「それなら仲良くなれそうな気がしますけど……わざわざ忠告をするという事は、ヤバイ人って事ですかね」
該当の人物はどんな人か。そんな事を思っていたら、何もない上空に突然魔方陣が現れた。その中央には、鏡文字で『鋼鉄檻』と書かれている。
「危ない!!」
空を陰らしているのは檻。そう認識した瞬間、わたしはレオンハルトさんを突き飛ばしていた。そのお陰で、レオンハルトさんは檻に閉じこめられずにすんだ。近衛の四人も檻の外にいる。
「これは……」
「星渡人! ワタシ話ス!」
どこからか声が聞こえたかと思うと、檻の上に何かが降りてきた。片言の主は檻の天井に足をかけ、逆さになってわたしを見てくる。
突飛な行動に驚く。わたしと目が合った白いもじゃ髪の女の子は、金の瞳をしている。見た目から属性の判断ができない。
「……あなたは、誰?」
「ワタシ、パティア! 星渡人、名前?」
「わたしはアンネ。あなたは何をしに来たの」
「ワタシ、星渡人研究! 星渡人、何デキル?」
「あなたは何を知りたいの」
「ワタシ、ハ……」
話している最中に、パティアの顔が真っ赤になっていた。わたしは慌てて駆け寄り、パティアの身体を支える。
「頭を正常な位置に戻してあげて」
「アンネ、優シイ。ワタシ、感動!」
ぽてっと檻の天井から落ちたパティアが、うつぶせの状態で顔だけ上げる。右の足首をガッと掴まれて、思わずビクつく。
「アンネ、最高! 一緒、研究スル!」
「それならば、この檻を解除を求める」
レオンハルトさんが言うと、近衛の四人も戦闘態勢になる。その瞬間までわたし以外の存在なんて認知していなかったかのように、パティアは驚いたような目をしていた。
でもすぐに我に返ったかのような顔になって、懐から魔方陣が書かれた紙を取り出す。
「アンネ、教エル! 古代文字ゼンブ!」
パティアはレオンハルトさん達をいないものとして扱う。完全な無視だ。きらきらと輝く目は、研究対象以外には興味が無いように思える。
「聞いているのか」
「邪魔。邪魔ハ、排除」
「っ! レオンハルトさん!! 炎の攻撃がいきます!!」
苛ついたらしいパティアが、魔法陣が描かれた紙にささっと『火炎弾』と鏡文字で書いた。
魔法が展開し紙が消える頃、レオンハルトさん達がいる場所に土煙が立った。
「コレデ安心!」
「レオンハルトさんを甘く見ないで」
わたしの発言に首を傾げたパティアの頬に、すっと一筋の傷ができる。レオンハルトさんの攻撃だ。
「理解不能! スグ排除!!」
怒りで我を忘れたらしいパティアが、『火炎檻』と鏡文字で書いた魔法陣を展開する。
その瞬間、わたしを捕らえていた檻が消えた。
「レオン、ハルトさん!!」
注意を促すよりも先に、レオンハルトさん達が燃え盛る檻の中に閉じこめられてしまった。すぐに駆け寄ろうとするけど、目の前で炎が蛇のようにのたうち回る。近づけなくて、遠くから叫ぶ。
「どこか怪我はしていないですか!!」
「私達は問題ない! アンネ殿はどうか!」
「わたしも大丈夫です!!」
レオンハルトさんと話をしていると、檻の炎が弾ける。バッとパティアを見ると、腕を組んで不機嫌そうにしていた。
「アンネ、ワタシ話ス! 邪魔スルナ!」
見た目はわたしと同じとしか少し上に見えるのに、パティアの言動からは幼稚さが窺える。こういうタイプの人は、機嫌を損ねると何をするかわからない。
わたしはすぐにレオンハルトさん達から離れ、パティアに近づく。
「パティア。わたしは来たよ。レオンハルトさん達を攻撃しないで」
「満足。アンネ、ワタシト研究スル!」
ギュッと抱きしめられる。パティアはわたしよりも頭一つ分以上低くて、好意的に抱きしめられると無下にしにくい。
パッと、パティアが笑顔を浮かべながら顔を上げた。
「アンネ、古代文字読ンダ。他、教エル!」
「教えたら、レオンハルトさん達を解放してくれる?」
質問した瞬間。きらきらとしていたパティアの目が鋭くなった。そしてレオンハルトさん達が閉じ込められている檻に目を向ける。懐から取り出したのは、『死亡』と鏡文字で書かれた五枚の魔方陣。
「っ、ダメ!!」
レオンハルトさん達を守るため、パティアと檻の間に腕を広げて身体を滑り込ませた。
その、瞬間。
「……?」
ゴロゴロと、わたしの両腕が地面に転がっているのが見えた。一瞬何が起きたかわからなくて、自覚した瞬間肩から血が噴き出す。
「アンネ殿!!」
「「「「アンネ様!!」」」」
ガクッと、膝が折れて倒れた。血が流れていく感覚がある。
え、わたし、死ぬの……?
背後では、レオンハルトさん達がどうにか檻から出ようと奮闘している音が聞こえた。同時に、前にいるパティアが不思議そうに首を傾げている。でもその表情は次第に怒りで赤くなり、わたしの両腕を持ってわたしの近くに来た。
「アンネ! ナンデ前出タ!?」
「わたしの……大切な人達を、傷つけ、させない、た、め……」
レオンハルトさん達がいる方向から水蒸気爆発を起こしたような大きな音がした。こちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「アンネ殿!!」
「レオ、ハル、さん……良か、た……無事、で……」
レオンハルトさんの手を汚してしまったな。そんな風に思いながらわたしは目を閉じた。
+ + +
「……え?」
わたしはなぜか身体を起こした。それも、失ったはずの両腕がある。身体が重い感じはするし腕に違和感があるけど、にぎにぎと自分の意思で指を動かせた。
ここは、天国?
そう思っていたら、寝かされていた寝台の隣に見知らぬおじさんがいた。その人はわたしと目が合うと、驚いたように部屋の外へ駆け出していく。そして少ししてから、レオンハルトさんを初めとしてあの場にいた四人が駆けつけてきた。
「アンネ様ぁぁぁぁっ!! 良がっだぁぁ!」
「姉上、アンネ様の前です。みっともない顔を晒さないでください」
「アンネ殿。どこか身体に違和感はないか」
「あ、はい……特には。あの、どうしてわたし、生き延びたんですか」
顔面崩壊するレベルで泣きじゃくるスーザンと、いつものように指摘するソイルさん。ロゴスさんとウィグネスさんも涙を浮かべているように見えた。
レオンハルトさんも冷静に見えたけど、目の下が少し赤いように見える。
「アンネ殿が意識を手放した後、暗殺犯が魔方陣を展開して腕がくっついた。鋭利な刃物で切ったかのような状態だったため、接合が間に合ったようだ。とはいえ意識を回復するまで五日かかっている。今後は失った血が戻るまで活動禁止だ」
「パティアは? あの後、どうなったんですか」
「アンネ殿を殺してしまったと泣き叫んで暴れた暗殺犯は、私達が総動員で捕縛。その後不出管理監獄塔預かりとなった。あの技術は脅威だが、ヴァランタンが発展するためには必要な技術でもあるから」
レオンハルトさんから話を聞くと、見知らぬおじさん――宮廷医が増血剤を渡してくれた。これを毎食後に四ヶ月も飲まないといけないみたい。
宮廷医が部屋から出て行くと、スンスンと鼻をすすっているスーザンと目元が赤いソイルさんが一歩前に出た。
「これから四ヶ月、完全に血が再生されるまでウィグネス姉弟を側に置く。無理はしないように」
「でも、近衛職って王族の方を護衛するんじゃないんですか」
「緊急事態だ。身の回りの世話と体調不良時の対応として、姉弟を置く」
「でも……」
「人員不足だと不安かもしれないが、心配はいらない。姉弟以外にも人員は配置する」
わたしは今、命を狙われている。だからこそ護衛の人数が多い。それはすなわち、それだけ巻き込んでしまう人数も増えるという事。今回はわたしだけが被害にあったけど、今後はそうもいかなくなる。
わたしは星渡人だけど、自分だけで身を守る術はまだない。今は、レオンハルトさんの決定に従うしかないよね。




