044件目 毒霧の魔道具師
三人の記者魔法師にかけた魅了魔法の調整をしてから解放し、門から離れる。レオンハルトさんは仕事に戻るという事で、天秤宮へ戻っていった。
スーザンと、少し離れた距離にいる護衛の人達と、寝室へ戻ろうとしたその時。
コロコロと、紫色で手の平大の何かが転がってきた。何だろう、と近づこうとすると。
「ッ!?」
プシューッと音を立てて薄紫の煙が出てきた。
「アンネ様!! 私の背後、に……」
「スーザン!?」
わたしを守ろうと即座に前に出てくれたスーザンが、一瞬で倒れてしまった。
この煙はまさか毒!? それなら処置を早くしないと……。でも広がるのを防止しないといけないし……。というか、わたしはなぜ平気なんだろう??
やらなければいけない事と疑問がごちゃ混ぜになって動けないでいると、サーッと風が吹いて薄紫の煙が上空へ流れていった。
「グラディア卿及び複数の護衛を直ちに救護室へ」
「レオンハルトさん!! さすがです!」
何もできずにいた所へ、レオンハルトさんが戻ってきてくれた。迅速に指示を出す姿は、頼りがいがある。
指示を受けた、被害に遭っていない人達が被害者を運んでいく。担架で運ばれているスーザンが、動いていないのが気になる。無事でいてほしい。
「アンネ殿の所へ戻る前に、幾人か護衛の息を確認した。問題ない。眠りについているだけだ。念のために王宮内の専属医に見てもらおう」
「そっか……それなら、良かったです。所で、どうして戻ってきたんですか」
「城の者から伝達があった。兄上の姿が見えないと」
「え……王太子様が?」
「アンネ殿には申し訳ないが、兄上を捜すのを手伝ってほしい。ここ最近、兄上の様子がおかしいという報告もあり心配だ」
「わ、わかりました」
二人で移動し始める。
レオンハルトさんの言葉を聞いて安心すると共に、不安で心がざわついた。
今回は睡眠弾みたいだったから良かったけど、もしこれが本当に毒だったら? 何人もの人がわたしのせいで死んでしまっていたかもしれない。
渦中にいたわたしが問題なかったのは、身体強化の一環だと思う。だから、わたしだけなら大丈夫。
+ + +
「ッ! レオンハルトさん、下がってください! ツルッとまるっとコーティング! 回収可能な状態へ!」
城内を歩いていると、何度も睡眠弾が転がってきた。その度にわたしがコーティング魔法をかける。その都度レオンハルトさんが回収して異空間にその睡眠弾をしまった。
コーティング魔法を思いついたから事なきを得ているけど、わたし達が移動する先々で睡眠弾が転がってくる。でも、転がってきた先を調べても誰もいない。
まるで透明人間がいるみたいだ。
「レオンハルトさん。どうして犯人が見つけられないんでしょう。城内で騒ぎが起きているのに」
「……」
「レオンハルトさん? どうしました?」
「あ、いや……」
睡眠弾を転がしてくる犯人を捜しつつ、消えた王太子様も捜す。その道中、レオンハルトさんは何か考えこむように口数が減った。
今だって、一回目は無反応。二回目だって反応はあったけど、またすぐに考えこんでしまっている。
もしかしたら、レオンハルトさんは犯人の目星がついているのかもしれない。少ない情報で犯人を絞り込んでいるなんて、さすがだ。
「王太子様も見つけられませんが……どこにいらっしゃるんでしょうか」
「兄上は……兄上は、絶対部屋にいる。いないといけない」
「??」
レオンハルトさんは、まるで自分に言い聞かせるようにして言う。そうする事で、何かを信じたいと言っているかのような。そんな、緊張に似た感覚がある。
「ひとまず、わたし達の目でもう一度王太子様の部屋を確認してみましょう。何かわかるかもしれません」
「あ、ああ。そうだな」
レオンハルトさんにしては歯切れが悪い。王太子様の事、大好きだもんね。いないってなったら心配で気もそぞろになるか。
足取りが重いように見えるレオンハルトさんと一緒に、王太子様の部屋へ向かった。
王太子様の部屋へ行くのは、王宮内連続盗難事件があった時以来だ。それから、何度もレオンハルトさんの王太子様に向ける気持ちを見てきた。今、レオンハルトさんは不安でたまらないと思う。その不安を払拭するため、主のいない部屋を捜索する。
「……レオンハルトさん。もしかしてここ、奥に行けるんじゃないでしょうか」
わたしの言葉に、レオンハルトさんが反応した。前に何も置かれていない壁を、コンコンと指で叩いている。そして手がかりを見つけたのか、グッと壁の一部を押した。
「おぉ……。これは、秘密通路ですね」
レオンハルトさんがその中へ走って行った。やっぱり、レオンハルトさんらしくない。それだけ王太子様を心配しているのだと思うけど。
秘密通路は相変わらず薄暗くて、レオンハルトさんを見失いそうになる。暗視効果をつける魔法をかける時間も惜しんで、わたしも慌てて追いかける。
すると、レオンハルトさんが青ざめた顔である一点を見つめていた。
「どうしたんで……え?」
レオンハルトさんの視線の先を追って、言葉を失った。
秘密通路の先にあった部屋から明かりが漏れている。そこの壁にあったのは、大きな絵。王族の皆さんが描かれている家族画だ。
赤ん坊姿のロジェナちゃんまで描かれているその絵の中で、レオンハルトさんの顔だけ黒く塗りつぶされていた。さらに、その恨みは本物だと示すかのように、黒い顔に釘が刺さっている。
「兄上……なぜ……」
茫然自失といった様子のレオンハルトさんがふらつき、駆け寄って支える。
相当、ショックだと思う。尊敬してやまない王太子様から恨まれていると知ってしまったから。
衝撃的な絵から離れた方が良い。そう思ってレオンハルトさんを連れ出そうとした時。ゴロゴロと睡眠弾が転がってきた。それも、今まで見た中で一番大きい物。秘密通路の四分の一ほどの大きさだ。
わたしはすぐに、特大の睡眠弾に手を向ける。
「ツルッとまるっと……ダメだ!! レオンハルトさん、失礼します!」
詠唱している最中に、煙が出てきた。魔法じゃ防ぎきれないと思って、わたしの両手でレオンハルトさんの口を塞いだ。
でも、何だかおかしい。睡眠弾のはずなのに、ちょっと身体が痺れている気がする。
攻撃の変化に首を傾げていると、レオンハルトさんがわたしの手をどけた。
「大気を巡る水のマナよ、大気を舞う風のマナよ。水風複合魔法師レオンハルト・ヴァランタンが命じる。毒霧を地面に落とせ」
「っ! ぺちゃんとつぶれて膨らむな。その場で動かず指示を待て」
静かに、だけど早口で行われたレオンハルトさんの詠唱によって毒霧が地を這いずる。それを援護するような圧迫魔法をかけた。これで、毒霧は完全に動かない。毒を心配する事もなくなった。
「……兄上。いるのはわかっています。ローブを取って姿を見せてください」
「えっ、王太子様?? どこに……」
「兄上!!」
レオンハルトさんの呼びかけにも応じなかった王太子様。わたしも姿を確認できなかったけど、まるで泣いているかのような悲痛な呼びかけによって、王太子様が忽然と目の前に現れた。
ローブを着ていた王太子様は、虚ろな目をしている。大きな丸眼鏡の下にある茶色と緑色のオッドアイは、生気を失っているように見えた。
「兄上、なぜですか! なぜ、こんな事を……星渡人のアンネ殿を狙うなんて!!」
「お前にはわからないよ。ぼくは星渡人が現れてから、存在価値が薄くなった。国賓以上の相手を任されたのは、ぼくじゃなかった。何もかも完璧にこなすお前だった」
「おれは完璧なんかじゃありません! 兄上のようになりたくてっ……」
「はっ。馬鹿にするのも大概にしろ。ぼくとレオンは何もかも違う。周囲から期待される眼差しも、功績も」
虚ろな目をしていた王太子様が、悲しげな表情を浮かべた。もしかしたら、その悲しみに黒幕がつけこんだのかもしれない。
考え込んでいたら、懐からいくつもの睡眠弾を取り出した王太子様が、わたしの足下へ向けて攻撃してきた。
すぐに詠唱を、と思ったけどレオンハルトさんが全ての睡眠弾を踏みつぶす。思わぬ行動に驚いていると、王太子様が嘆くように言う。
「そういう所だよ。ぼくの力作を、いとも簡単に壊す。どうせ普段から、自分の周囲の空気を清浄にする魔法を常時展開しているんだろ?」
「それは、兄上の研究の援助をしたくて……常時展開魔法がどれだけ保てるのか、報告ししたくて……」
「もう、懲り懲りなんだよ。お前と比べられるのは。重すぎる王太子の責務だけ課せられるのは」
「ッ!? ダメです!!」
王太子様が、懐からまた何かを取り出した。また攻撃の一手かと思ったけど、秘密通路内の部屋の明かりに照らされるそれは、暗褐色。今まで何回も見てきた、毒物だ。
わたしはとっさに、王太子様の手を叩いた。毒物は地面に転がり、王太子様がそれを目で追う。
「ぼくはもう、疲れたんだ。死なせてくれよ」
「心にもない事を言わないでください! 本当に死にたい人は、人に知られないようにします! 王太子様は、レオンハルトさんの気を引きたいだけでしょう!?」
「……気を引く? 違う。ぼくはただ、認められたかっただけ。レオンみたいに完璧じゃなくても、星渡人がいなくても、王太子として必要とされたかった。レオンより認められたかった。だから、先導者の提案に乗ったんだ。ぼくの力を証明するために」
その『先導者』が、王太子様をそそのかしてわたしを狙わせた黒幕なのかもしれない。悲しみを助長させる悪い奴だ。
「王太子様の人生は、本当に重責だけでしたか? レオンハルトさんとの思い出もあるんじゃないですか」
「レオンとの思い出なんて……」
わたしに問われ、すぐに王太子様がハッとなる。そしてキョロキョロと周囲を見回し、少し先にある毒物へ手を伸ばした。すぐに駆け寄りその毒物を蹴り飛ばす。
「頼む……死なせてくれ。ぼくは、レオンになんて事を……」
「その気持ちがあるなら、まだ引き返せます」
「本当に? また子供の頃みたいに、レオンからキラキラとした目で見てもらえるのか」
「当然です。だって、レオンハルトさんは今だって王太子様の事が大好きなんですから」
顔を向けると同時に、首肯したレオンハルトさんが王太子様に駆け寄る。
「おれは、兄上が作る魔道具が好きです。また新しいやつが見たいです」
「ふ……。レオンは本当に、できた弟だな」
「兄上の弟ですから」
これで、今回の件は解決だね。
王太子様を支えるレオンハルトさんの横顔は、いつになく穏やかだった。兄弟の絆が少し取り戻せたみたいでほっとする。
でも、わたしは胸の奥で小さなざわつきを感じていた。
わたしを排除するために手段を選ばなくなっているような、周囲から攻略されているかのような、そんな気がする。
大切な人達をこれ以上巻き込ませないために、『守られるだけ』の状態から脱する決意をした。




