042件目 炎の破壊者
爆発に巻きこまれた唯一の被害者。それが、連続爆破事件を起こしていた犯人だった。
「……わたし、なぜこんなに命を狙われているんでしょうか」
「それはわからない。黒幕の思惑は気になるところだが、今はまだアンネ殿が狙われる危険性が高い。安全だと思えるまで、私がアンネ殿を守ろう」
爆破事件時を思い出す。
レオンハルトさんは、わたしを守ろうとして怪我をした。あの時の怪我はソイルさんの治療魔法によって快復している。でも、怪我をしてしまった。わたしが原因で。
このままじゃ、いけない。護衛をつけてもらわなくても、自分の事は自分で守れるようにならないと。
「……レオンハルトさんに怪我をさせたくありません。わたしの事は守らないでください」
「そういう訳にはいかない。アンネ殿は……うっ」
「どうしました?」
急に顔をしかめて左手を押さえたレオンハルトさんを見る。苦痛に耐えているのか脂汗をかいていた。
「左手が痛むって事は、神々との契約に関わる条項なんじゃないんですか? その契約に違反してまで守ってもらわなくても大丈夫です。わたしには、リズさんに教えてもらった身体強化がありますから」
「しかし……」
「すみません。わたしが頼りないからレオンハルトさんに無理をさせちゃうんですよね」
「長! 緊急事態です!!」
レオンハルトさんと話していると、コナー先輩が廷臣法官長室に駆け込んできた。
「何があった」
「報告します。現在一番街東地区にて、星渡人を出せと魔法師が暴れています。被害は甚大。早急の対応が必要です」
「それならわたしが行かないと!」
「駄目だ。アンネ殿を狙っている輩の前に出すわけにはいかない」
「でもっ! 被害は甚大だって……!」
「それでもだ。アンネ殿は王宮内にいてくれ。ここであれば、街より安全だ」
「わたしが行けば、交渉できるかもしれません!」
「駄目だ! アンネ殿はここで……っく」
レオンハルトさんが、また左手を押さえた。さっきまでの状況を鑑みると、神々との契約の一条項がわかった気がする。
「レオンハルトさんはむしろ、この場から指揮をお願いします。わたしの行動は、止められないですよね?」
「それは……」
「先輩! わたしを現場に連れて行ってください」
先輩はレオンハルトさんとわたしを交互に見る。そしてレオンハルトさんが頭を抱えながら頷くのを見て、それでも尚戸惑うように青い瞳が揺れた。
「できる限り補助する。アンネ殿を頼んだ」
「りょ、了解しました。行こうか、アンネちゃん」
わたしはレオンハルトさんに、「守るな」「この場で指揮を」と伝えた。レオンハルトさんがそれに同意したという事は、神々との契約の一つは、「星渡人の願いを叶えろ」とかじゃないかな。
そんな推測をしながら、先輩と一緒に暴れる魔法師の元へ行った。
現場に向かうと、建物の屋上から火の魔法師がそこら中に火の玉を放っていた。そのせいで東地区は各所で火事が発生していて、魔法によっていくつもの建物が壊されている。
東地区は屋台街で人も多く住んでいるから、被害者も多く出ているみたい。
「先輩は、水の単一属性ですよね? ソイルさんみたいに治療はできますか」
「できなくはないけど、専門じゃない。繊細な魔法操作が必要なんだ」
「でも、できるんですよね? それならば、できる限り被害者が少なくなるようにお願いします」
「そういう訳にはいかないよ。長からも頼まれているし」
「わたしは廷臣法官です。わたしよりも、市民のみなさんをお願いします」
先輩は、何かを言いたそうにする。でもグッと堪え、混乱する現場を鎮める一員として動き始めた。
わたしは、混乱の原因である魔法師の元へ行く。五階建ての建物の屋上へ出た。
「星渡人が来ました! 街への暴挙を止めてください!」
「アァン?」
話しかけると、火の魔法師はまるで前世の物語上で見たヤンキーのように睨みつけながらわたしを見た。
「黒髪に、同じ色の瞳……確かにあの人が言った通りの姿だな」
「あの人って誰ですか」
「言うわけないだろ。まあ、馬鹿なんだろうな。その見た目であの人の地位を脅かしたんだからッ」
「ッ!? ドードー流れる水の壁、わたしを守る盾になれ!」
無詠唱で飛ばされてきた火の玉を防ぐため、とっさに滝のような盾を想像した。詠唱は間に合ったけど、高音の火と水がぶつかった事により、大量の水蒸気が出てしまう。火の魔法師の位置がわからなくなる。
「俺の攻撃を防げると良いなァ!?」
魔法師がいくつもの火の玉を飛ばしてくる。闇雲に飛ばしているのか攻撃が当たる事はないけど、すぐ横を火の玉が通過していくから下手に動けない。
ようやく水蒸気が晴れたと思ったら、途端に熱くなってくる。ハッとなって周囲を見たら、火に囲まれていた。さらに、魔法師がパチンと指を鳴らした後、わたしに迫るようにその火が近づいてくる。二重三重の火の輪が、チリチリと小さな音を立てて距離を詰めてきた。
「――ッ、キンキンに冷えた氷達、壁になってわたしを守れ!」
雪室を想像して詠唱した。そのおかげで迫る炎の行く手を阻めている。この間に、他の対応策を考えないといけない。
どうしようかと考えている内に、じわじわと氷壁が溶かされていく。打開策が思いつかない内に氷壁が全部溶けちゃった。
火は消えている。でも、足下には大量の水たまりができてしまった。これを早く乾かさねば、と思った瞬間。
「灰になる時間だぜェ!!」
今までで一番大きな火の玉が放たれ、足下にあった水たまりと衝突して、爆発するかのように水蒸気が吹き出した。もろくなっていた足下はその衝撃で崩れる。
「仕上げだ!!」
防御体勢が取れない中、わたしが落下している間にも小さな火の玉が飛ばされてくる。とっさに両腕で顔を守るようにガードするけど、追加で飛ばされた火の玉の餌食となっていくつもの床を突き抜けていく。
「ッ……」
床に叩きつけられ、息が詰まった。リズさんから教えてもらっていた身体強化がなかったら、死んでいたかもしれない。
かろうじて生きているって感じだ。でも、全身が痛くて動けない。視界もぼやける。
そんなわたしの目の前に、火の魔法師が降りてきた。
「っしゃ、死んでんな。あの人に報告だ」
動けないわたしを見てそう判断した火の魔法師が、口笛を吹きながら離れていく。その口笛が途絶え、口論しているような声も聞こえた。わたしを殺したと思って油断した襲撃犯が、捕まったのかもしれない。
無詠唱且つ計算高く戦う襲撃犯でも、多勢に無勢で敵わなかったのかな。そうだと思いたい。
自分の身体に、動けと指示を出す。でも全身がばっきばきに痛んでいるから、指の先だって動かせない。
「ッ……」
どうやらもう一階分の空間が残っていたみたいで、突然床が抜けた。痛む全身に追い打ちをかけるような衝撃を受ける。
身体強化をしていてもわたし自身が弱っているからか、下に落ちた際瓦礫で頬を切ったみたい。ピリッとした痛みがある。
どうせなら痛覚が麻痺するようなオノマトペの方が良かった。
そう、思っていると。
「アンネ殿!?」
ぼんやりしていく意識の中で、レオンハルトさんが出してくれた風の膜を感じた。
+ + +
「ちょっとソイル!! アンネ様はまだ目覚めないの!?」
「姉さん、ちょっと黙って。集中させて」
次に意識が戻ったのは、何やら周囲が騒がしい状態の時だった。グラディア姉弟は今日も仲良しだなと思いながら目を開ける。
目の前に、レオンハルトさんがいた。
「ぁ、の……」
「アンネ殿!? 良かった、目を覚ましたようだな」
「アンネ様!? 良かったですぅぅぅぅ!!」
「姉上、離れてください! アンネ様は絶対安静です!!」
絞り出した声を聞いてくれたレオンハルトさんを筆頭に、ハプスト村に行った近衛の四人や先輩も部屋にいた。それどころか、部屋の先の廊下までたくさんの人の気配がある。
涙を浮かべながらわたしに近づこうとするスーザンを必死に止めているソイルを見て、ふふっと声に出して笑ったつもりだった。
「ッ、ケホッ」
「アンネ殿。無理に声を出さない方が良い。三日も意識が戻らなかった。それにソイルの診断によれば、喉に高温で焼かれた事による後遺症があるようだ」
「アンネ様の意識が戻りましたので、本格的な治療に移りたいと思います。水属性以外の方々は部屋から出てください」
ソイルさんに言われ、部屋にはレオンハルトさんと先輩が残った。
「それでは、これから治療に移ります。万が一、私の魔力が尽きそうな時には一時的な魔力譲渡をお願いします」
「ソイル、頼んだぞ」
「お任せください。では、参ります。水属性魔法師ソイル・グラディアが命じる。アンネ様の全身を癒やせ」
ソイルさんがわたしに両手をかざしながら詠唱をすると、全身に温かい何かが流れていく。今回はスキャンじゃないから、冷たい感覚はない。
まるで毛細血管の一つ一つまで、細胞の奥の方までソイルさんの魔法が行き渡っているような感じがする。ぽかぽかと身体が温まってきた。それは心地良い温度で、春の日だまりのような暖かさ。眠くなってきて、思わず目を閉じる。
「……?」
不意に、そよ風が吹いたような感覚と身体のどこかに雫が落ちたような感覚を覚える。
目を開けてみると、レオンハルトさんがわたしに手を向けていた。先輩は、わたしの左手を握っている。
身体の中に流れる魔法の波が全身へ行き渡り、足の先まで流れて跳ねた。
「……こ、これで問題ないと思い、ます」
「ご苦労だった。ソイル、この後はゆっくりと休んでくれ」
「失礼、します……」
まるで魔力を使い果たしたかのようによろよろとした足取りのソイルさんに、治療の様子を窺っていたスーザンが駆け寄る。そしてそのまま、弟に肩を貸して部屋から出て行った。
「アンネ殿。どうだろうか。治療は無事に終わったようだが」
「あー、あー……。大丈夫そうです。痛いところもありません」
「良かった……。アンネちゃんの生命力の賜物だね」
「先輩にも、ご心配をおかけしました」
「いや、アンネちゃんが快復したから。それだけで良いよ」
にこっと笑うと、先輩も部屋を出ていった。
残っているのは、レオンハルトさんとわたし。
「……あの、レオンハルトさん。守ってもらわなくて良いと豪語しておきながら、ご迷惑をおかけしました」
「……いや。コナーが言った通りだ。アンネ殿が快復してくれたから、それで良い」
レオンハルトさんは王族の義務で、わたしを守ろうとしてくれた。それに反発したのは、わたしだ。レオンハルトさんの顔が安堵の表情を浮かべないのは、ケンカみたいな事をしちゃった気まずさもあると思う。
「あの、レオンハルトさん。わたしが意識を失う前、防風膜をしてくれましたよね。意地を張ったわたしを助けに来てくれて、ありがとうございました」
「いや、私もすまなかった」
「その、この際なんで神々との契約の条項を教えてもらえませんか」
「それは……」
「アンネ様!! 大変です! これを見てください!!」
慌てたように駆け込んできたスーザンが持っていたのは、大手三社から出されている新聞だった。




