040件目 新しい役職は決まっていたらしい
アンネを誘拐しようとしていたバクデスを投獄し、その事件に関する沙汰はヴァランタンではなく自国で行うことになった。
ダクウィンから護送馬車が届く間、リーズンはアンネの侍女を務めよと言われた――の、だが。
「……悪い、アンネ。あたしにはやっぱり無理だ」
「諦めちゃダメですよ! 諦めなければその先に未来があります!」
アンネの、首の後ろで括っていただけの黒の長髪。その髪に櫛を通しているのだが、力加減を間違えて束で抜いてしまいそうで怖い。
何より、アンネの首は細く少しの力で折れてしまいそうだ。
「……キリカさんも、スパイだったんですね。ショックです」
「あぁ、そうだな」
バクデスを捕まえた後、キリカは姿を消していた。リーズンを告発した事の謝罪と、アンネと出会えた事への感謝の手紙を残して。
気配操作が巧みなキリカが本気を出せば、その姿を追う事はできないだろう。
「リズさんは、キリカさんの事気づいていました?」
「まぁ、何となく」
「そっかぁ……。キリカさんとはもっと長く一緒にいられると思ったんだけどな。キリカさん、星渡人について知りたいって言ってましたし、調査が終わったって事ですかね」
「星渡人は、その内容を知らなければ過去の戦争を起こした重要参考人だ。キリカの所も、それを懸念していたんじゃないか」
「知らないのは、怖い事。でもヴァランタンに聞いてくれたら答えれると思うのに」
「そんな簡単な話じゃないだろ。アンネが良くても、国が許さない」
「そうですよねぇ……そもそも、そういう閉ざされた感じがダメだと思うんですけどね」
星渡人がやって来る周期があるとしても、ダクウィンには来た事がない。モルルモア大陸全土で考えたら、ヴァランタンには高頻度で来ている。
アンネから聞いた話によれば、違う星から星渡人がやってくるのだと。それは神の力という、通常は人間側から干渉ができない未知の力。各国へ均等に星渡人が行けば、星渡人への間違った認識はなくなっていくはず。
とは言っても、アンネが特別善人というだけで、他の星渡人が悪人ではないとは言いきれない。それならいっそ、来ない方が世界は平和になる。
リーズンが考え事をしていると、鏡越しにアンネからじっと見られていた。
「わたしもそこまで器用じゃないと思うんですけど、そんなわたしでもできる三つ編みをリズさんも練習してみませんか。これができると、色んな応用ができるようになりますよ」
「ミツアミ? どういうものだ」
質問すると、アンネは自分の長い髪を纏めて前へ流す。そして髪の束を三つに分け、編むようにして手を動かしていく。
「どうですか? これならできそうじゃないですか?」
「ちょっと待て。右が左で、左が真ん中で……あーもう、ややこしいな!」
「糸の束で練習した方が良いかもしれないですね。三本あればできますけど、束の方がやりやすいんで」
あるかどうか確認してきますね、と軽快な足取りで部屋を出ていく。慌ててアンネを追うと、すぐ隣にいたらしい第二王子がやって来た。
「聞きたい事がある。ついて来てもらえるか」
声をかけられ向かったのは、応接室。座るように促されソファに腰を下ろすと、正面に第二王子も座った。
「貴殿は、教皇の遠い親戚という事で城内に入っている。バクデスから教皇の名前が出た。これは偶然か」
「具体的には何をしているかわからないですけど、あのじいさんは裏で何かやっていると思います」
「教皇と断罪刻印団との繋がりは?」
「あいつらが求める縁故がこの国での教皇なら、繋がりがあるかと」
「ふむ……。所で先程確信めいた口調だったが、それはなぜだ」
「あぁ。それはあたしが悪人のオーラがわかるからです」
「オーラ? 地属性魔法の応用か」
「いや、関係ないと思います。単純に、多くの人間を見てきたからかと」
質問に答えると、第二王子は顎に手を当てて考察している。王族という立場上多くの人間を見るが、と考えこんだ。
その思考を遮るように、リーズンが問う。
「あの……今回、バクデスは捕まりました。ですがアンネを襲った相手はもっと狡猾なような気がします」
「私もそう考えている。あまりにも格が違う。もし断罪刻印団と教皇が繋がっているならば、と思ったが。教皇本人が否定していたように、関係はないだろう」
廊下から、リーズンを呼ぶアンネの声が聞こえてきた。第二王子に頷かれ、応接室を出る。
「あっ、リズさん! 糸の束をもらってきました。これで練習しましょう!」
「……アンネ。まだそんなに悠長な事は言っていられないかもしれないぞ」
「え、どういう事ですか」
「とりあえず、部屋に戻ろう」
アンネを連れて部屋に戻ると、糸の束を机へ置いた。そのままソファに横並びになって座る。
「アンネの命を狙う相手が、まだ捕まっていないと思う」
「え、でも……バクデスって人が捕まりましたよね?」
「それはあくまでも、アンネを誘拐しようとしていたというだけ」
「え……わたし、まだ命を狙われるんですか……」
衝撃を受けたかのように顔を青くするアンネを励ますように、肩に手を置く。
「あたしがアンネを守る――と言いたい所だが、護送馬車が来ればダクウィンに戻らないといけない」
「そ、そうですよね……リズさんはヴァランタンから出て行っちゃうんですもんね」
「だからアンネに、あたしの得意技を伝授しようと思う」
「得意技? 空間把握能力ですか!」
「違う。身体能力の向上だ。これができると怪我をしにくいし、身体を丈夫にできる」
「なるほど! では、お願いします!」
アンネに筆記具を用意してもらい、身体の構造を紙に書く。魔法の扱い方、マナとの調和の仕方などを伝えた。
「なるほど……? という事は、マナで身体能力を向上させれば、拳で岩も砕けるって事ですか」
「理論上は。ただその域に達するまではかなりの時間がかかると思う」
「魔法の性質やマナの事をもっと詳しく知らないとダメだと思いますけど……ちょっとやってみますね」
そう言うと、アンネは詠唱の言葉を考えるように目を閉じた。
そして開く。
「かちっと身体を強くする。両手両足、頭に内臓、身体の組織を強くする」
「おぅ……相変わらず世界の理にこだわらない詠唱だな」
「どうでしょう? これで頑丈になりましたかね」
「その魔法の永続時間はどれくらいだ?」
「わたしが解かない限り、永遠?」
「なんで疑問系なんだ」
「わたしの魔法がどれくらいまで続くか検証した事はないので」
「恐ろしいな、星渡人は。魔力無限か」
「かもしれないですね。魔力切れを起こした事ないですから」
あっけらかんと言っているが、これこそ星渡人の脅威なのではと思う。アンネが善人だから悪用されていないだけで、もし、星渡人が悪の手に落ちたら。
「リズさん? どうしました?」
「いや……アンネが善人で良かったと思って」
「それは、ありがとうございます?」
首を傾げるアンネは自覚がないのだろう。
しかし、アンネはそれで良い。むしろ、そこが良い。
アンネが危険に及ばないように、周囲が警戒をすれば良いのだから。
その後、リーズンはアンネから三つ編みのやり方を教わった。根気強く教えてくれるアンネに礼を言いながら、ダクウィンから来る護送馬車の到着を待つ。
半月後。アンネの命も狙われる事なく、ダクウィンから護送馬車がやって来た。
リーズンは今日、ヴァランタンを発つ。
「リズさん、どうかお元気で。手紙書きますね」
「あぁ。あたしも、返事を書く」
アンネと別れの挨拶を終え護送馬車へ向かう途中、第二王子からダクウィンの宰相へ渡してほしいと手紙を託された。
そうしてバクデス他子分二人を乗せた護送馬車がヴァランタンを出る。この護送馬車は塩獣生け捕りの時にも使われているもので、魔法は無効だし物理攻撃にも強い。
何より、乗せてから三人に気合いの活を入れておいたから、中で暴れる事もないだろう。
御者と交代しながら馬車を操作し、半月ほどの時間をかけてダクウィンに到着した。
肌を刺す冷たい風が、故郷へ戻ったと実感させる。そして大通りの周囲を囲っている木の杭に突進している塩獣の音が、生活音として懐かしく思う。
石壁の方が頑丈だが、木の杭の方が壊された時にその部分だけを修復しやすい。
護送馬車は、そのまま水堀に囲まれた城塞へ向かう。
跳ね橋を渡り終えると、外からの侵入を防ぐためにまた跳ねられた。
「罪人を牢へ。リズは、こっちに来るんだ」
迎えてくれたゼルヴァンの水色の髪は、疲労感がわかるように少し乱れていた。氷のように冷たい瞳は、細い眼鏡では隠しきれない。
ゼルヴァンが不機嫌とわかるが、リーズンは従うしかなかった。
城塞の中の司令室へ行き、第二王子からの手紙を渡す。無言で受け取ったゼルヴァンはクイッと眼鏡を直してから、その手紙に目を通す。
「……レオンハルト殿下から、リズの教育を頼まれた。これからルリアーナ姫を迎える準備のため、礼儀作法や貴族への態度のあり方などを徹底するようにと」
「なら、ゼルと姫さんの結婚はそのまま?」
「国同士の取り決めだから」
はあー、と盛大な溜息をついたゼルヴァンは、リーズンの行動を諫めるように眼鏡越しに睨んできた。
「悪い。星渡人は脅威だと思って」
「いや、その星渡人様から不問にするようにと殿下に進言があったらしい。だからまた信用をなくす事がないように、と」
「心配、かけたよな。悪かった」
「当たり前だ。リズには姫の護衛隊長を任そうと思って、討伐隊統括長の任を解いたんだからな。しっかりと働いてくれよ」
「わかった。要人警護が務まるよう、努力する」
聞き分けの良いリーズンの態度に驚いたような顔を見せたが、ゼルヴァンは「ふっ」と笑顔を見せた。
「これから忙しくなるぞ。姫を迎える準備に、リズの勉強。ヴァランタンの大切な姫を迎えるんだ。もっと塩獣の対策を強化しないといけない」
「あたしも手伝うぜ」
「当たり前だ。頼りにしている」
ルリアーナを迎えるに当たり、やる事は山ほどある。それでもそれを乗り越えれば、ダクウィンが発展する様子を見守っていけるのだ。
一度は諦めた、その未来を。
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リーズンがヴァランタンを出る前。アンネの命がまた狙われないかと警戒されていた頃。
ハプストの元に、定期的に王太子がやって来ていた。最初は五日に一度だったものが、二日に一度になっている。
時間は、決まって雨が降る深夜。いつも、魔道具で身を隠してやって来る。
「ようこそお越しくださいました。リュカ様、どうぞこちらへ」
ハプストの策略にはまった王太子は、最早操り人形のようなもの。ハプストが指示する物を作り、虚ろな目で暗褐色の鉱石に触れていく。
「ああ、良いですね。最高ですよ、リュカ様。そろそろリュカ様にも、お渡ししましょうか」
机の引き出しから錐を取り出したハプストは、暗褐色の鉱石から一かけら削り落とす。
それを、王太子へ渡した。
「このガゲートがあれば、正しき神の名の下に裁きは下されます。その裁判の日を楽しみにしていてください」
頷いた王太子が、ハプストの家を出ていく。
家の中に、ハプストの高笑いが響いた。
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