038件目 慣れない事はしない方が良いらしい
コナーに家まで送られてから、リーズンは夜になるまで待った。バクデスを追っていた際に発見した、不審な壁を調査してみるつもりだ。あの壁の先に秘密があるなら、何かあった時に人の目は少ない方が良いと判断した。
夜が深まると雨が降る。できればその前に調査を終わらせたい。
「……?」
自宅を出ると、いくつかの視線を感じた。その主を捜そうと周囲を窺うが、不審な動きをした人物は見つけられない。しかし、確かに視線を感じている。それも、敵意の籠もった視線を。
まさか密入国した事がばれたのか。
そう思い自分の言動を振り返ってみても、やらかしてしまった覚えはない。せいぜい、キリカがリーズンの事を感づいているくらいか。それも、キリカだってパルレの間者だから告げる事はないだろう。明日は我が身だ。キリカだってばれたら困るだろうから。
視線の正体を探るため、大通りへ出る。雨が降る前の最後の移動と忙しない人達が行き交う通りでも、視線は感じたまま。そしてその視線の主はわからないままなのも変わらない。
これだけ正体を探ろうとしているのに、その片鱗すら察知できない。もしこれがヴァランタンの廷臣法官の仕事なら、相当の手練れという事になる。
(……確認しない方が良いか?)
リーズンが足を止める。そこで誰かに話しかけられる事はなかったが、未だに視線を外されていない。
昼間に見た場所は、南地区。今いるのは東地区だから、そこそこ移動距離がある。
もしあの不自然な壁が、秘密の通路なら。あの場所で消えたバクデスがアンネに迫っている可能性がある。
秘密の通路を、ヴァランタンはどれだけ把握しているのだろうか。もし漏れがあれば、アンネが攫われてしまう。
アンネが攫われるのは、第二次モルルモア大戦争が発生してしまう可能性がある。だから、リーズンはアンネの護衛としてそれを阻止しなければいけない。
考えている間に、時間が進んでしまっている。雨が降る前に終わらせなければいけない。
人が減ってきているとはいえ、まだ複数の目がある。そんな中駆け抜ければ目立ってしまうだろう。しかし今は、そんな事を言っている場合ではない。アンネの安全確保が最優先だ。
(っし。行くか)
柔軟体操をしたリーズンは、南地区に向けて走り出す。前に見た地図と今日送られた道を頭の中で思い描き、最短の道を選んだ。
その結果、建物の間を縫うように走る事となり、リーズンを尾行していた視線の主達が焦るような声が聞こえた。
南地区まで移動したリーズンは、昼間見た路地を捜す。行き止まりになっているその場所は、石壁になっていた。
(どこだ? どこかにあるはずだ)
バクデスが消えた位置を捜し、壁に手を当てて怪しい場所を捜す。
結果的に、尾行していた視線の主達を巻いてしまった。もしあれが廷臣法官達ならば、リーズンは監視の目から意図的に逃れた人間という事になる。視線に気づかなかったと言ってもすぐに嘘だとばれるだろう。そんな事をすれば、即座に疑われる。
バクデスを捕まえるためだと理由はあっても、それが採用されるとも限らない。むしろ、国家にとって秘匿したい秘密通路を使ったとばれたら捕まる可能性がある。
(……らしくない。こんなに考えこむなんて)
即断即決。それが今までリーズンに運が味方した力だ。だから今まで通りなら、行動すると決めた時点で結果がついてくる。
これだけ捜しても秘密通路の入口がわからないという事は、あの時感じた不自然さはリーズンの思い違いだったのかもしれない。
「……! ここか」
「そこまでだ。リズ・マグルト」
ようやく違和感のある場所を発見し開こうとした瞬間、背後から第二王子の声がした。捜す事に集中しすぎて、迫る気配に気づけなかったようだ。
振り返れば他に、コナーやザドル、名前も知らない廷臣法官達が縄を持ってリーズンを囲むように立っている。
人数は、ざっと数えて十人以上。上へ逃げれば捕まらない可能性はある。しかしその行動は、自ら怪しい人物だと明かすようなものだ。
第二王子の剣呑な雰囲気から無駄だとは思いつつ、両手を上げながらここに来た理由を話す。
「……昼間、ここで男が消えました。もしここからアンネの傍に行けるとしたら危ないと思ったんです。あたしは、アンネの護衛だから」
「ではなぜ、わざわざ夜まで待った?」
「そ、それは……」
「危ないと思ったのなら、即行動する。それこそが護衛としての働きだ。しかしそうはせず、こうして人目の少ない夜を選ぶ。その時点で不審者だと公言しているようなもの」
ぐうの音も出ない。第二王子が言う事はもっともだ。
調査するという目的の中に、アンネの安全について考えていた。そこに嘘はない。
逃走経路の確保。これが頭の中から抜けていなかったのだろう。そして、自分の立ち位置を常に意識していた。
「リズ・マグルト。お前を国家安全保障違反容疑で捕縛する」
第二王子の指示により、リーズンは縄に繋がれた。運悪く、雨も降り出したようだ。
縄を引かれ、歩き出す。
(……失敗した)
これから尋問を受ける事だろう。ダクウィンの間者だとは言えるわけもないから、恐らくリーズンの命も異国で散る。
不幸中の幸いは、ゼルヴァンには伝えずリーズンの考えだけで行動した事だ。ゼルヴァンは何も知らないから、間者を送ったと罪に問われる事もない。罪に問われなければ、リーズンがダクウィンから来たとばれなければ、ヴァランタンとの婚姻は執り行われる。
その婚姻によって、ダクウィンは発展していくだろう。その光景をリーズンは見られないが、勝手に行動したのだから自業自得だ。
「リズさん!!」
考えている内に、いつの間にか城に着いていたようだ。キリカと一緒に居たアンネが、かけていた肩掛けを落として駆け寄ってきた。
しかし、リーズンに到達する前に第二王子が間に入る。
「レオンハルトさん宛にメモが渡されました。リズさん、嘘ですよね!? リズさんが、ダクウィンのスパイだなんて……」
キリカにも国名は告げていない。選抜試験の後、お互いにそういう立場という事は明かした。だから国を推測したのだろう。
キリカを見ると、どこか居心地が悪そうな、罪悪感を抱いていそうな顔をそらす。なぜばれたのか、知った上でなぜばらしたのかと問おうとして止める。
キリカも、間者にしては隠し事が上手くないようだ。気配の操作に長けているから選ばれたのかもしれない。いざとなったら逃げられるように。
リーズンからすると、キリカに裏切られたようなもの。しかし別に仲間というわけでもない。互いの邪魔をしないように動くぐらいの事。キリカにとって、リーズンが邪魔になったというだけ。
キリカを見て考えこんでいたリーズンを見て肯定と取ったのか、アンネが青ざめた顔で頽れた。
「そんな……それならどうして、リズさんはわたしの事を守ったんですか? 手に、傷痕まで残して」
「護衛としての責務を果たしただけだ」
「でも……でも、護衛として働くよりも前に、街でも助けてくれましたよね? それは何でですか」
「……第二王子殿下と一緒にいたから、アンネを身分が高い人間だと思った。だからヴァランタンで動きやすくなるように口添えを頼もうと思った。それだけだ」
「……それなら、最初から計算してわたしに近づいたって事ですか」
「そうだ」
アンネが声を震わせる。その声を聞いて、すぐに言い間違えたと言いたかった。
しかし、それは違う。リーズンは確かに、アンネを排除するためにヴァランタンにやってきたのだから。
「容疑者を地下牢へ」
第二王子の指示を受け、コナーがくいっと縄を引く。その周囲を固めるようにザドルや廷臣法官達が立ち進む。
人垣の間から、アンネを見た。第二王子とキリカに慰められているようだ。
地下牢へ連れて行かれる中、これで良かったのだと自分に言い聞かせる。ばらしたと予測するキリカを、恨んでいないと言ったら嘘になる。キリカが間者だとわかっているから、顔色にも気づいた。
ここでキリカまで間者だとばれれば、アンネはさらに心に傷を負うだろう。
縄を引かれ、地下牢へ入れられた。入口の換気口があるだけで何もない、独居房のようだ。
ヴァランタンにおける間者の処分は、どんなものだろうか。入れられる前、ダクウィンの間者ではないと否定できなかった。
ダクウィンが発展するための、ヴァランタンとの姻族同盟。それは恐らく、破棄されるだろう。そしてダクウィンは多額の賠償金を求められるかもしれない。
「はぁ……しくった……」
今ならわかる。なぜ捕まるようなヘマをしてしまったのかと。
リーズンは、アンネを守りたかったのだ。護衛という立場だけでなく、個人としても。
これまで、野生の魔獣を相手にしてきた。要人警護なんてやった事もない。それでも、アンネは守りたいと思ってしまったのだ。疑う事を知らない、あの純粋さを。
慣れない事なんてするものじゃないと身に染みた。
リーズンが自分の行動を後悔していると、独居房にいくつかの足音が聞こえてくる。推定は四。一人は軽い。
ついに尋問が始まるのかと思っていたが。扉越しに、声が聞こえてきた。
「リズさん。レオンハルトさんと交渉しました。これから聞く質問に全て答えてください」
「アンネ……? それに、交渉って何だ」
「リズ・マグルト。質問に答えろ」
「わかった。何でも答える」
冷たく言い放つ第二王子からの質問に、次々と答えていく。
「密入国か」
「そうだ。先に捕まった二人組が御者をしていた幌馬車の中に隠れてきた」
「あいつらは仲間か」
「違う。ダクウィンを出る時、丁度良い時に発見して利用しただけだ」
「ヴァランタンに来た目的は?」
「……一つは、星渡人の排除。一つは、ヴァランタンに潜入している断罪刻印団の人間を排除する事」
「その団の目的は?」
「ダクウィンで天下を取るため、その足がかりとして各国にコネを作る事。そしてこれは推測だが、星渡人を箔付けとして誘拐しようとした事」
聞かれた質問に淡々と応える。そうしていると、急に独居房の扉が開けられた。
じっと、圧のある視線を向けられる。
「アンネ殿を毒矢から守った際、あの行動は本心に見えた。排除を目的としていたなら、なぜアンネ殿を助けた」
「そ、れは……助けて信頼を得ていた方が、仕事がしやすくなると判断した」
アンネを守りたいと自覚したのは、ついさっきだ。毒矢の時機は、発言した内容で矛盾はない。
リーズンはふいっと目をそらす。
「なるほど。間者にしては嘘が苦手なようだな。目線の管理が徹底されていない」
「は? 目線の管理??」
「リズさん。レオンハルトさんはすごいんですよ。目線とか身体のサインとかで、その人が何を思っているのかわかっちゃうんです」
第二王子の後ろからひょこっと顔を出すアンネの言葉を聞き、納得する。あの二人組を差し出した後に質問された段階で、リーズンの事を怪しんでいたのだろう。
アンネの言葉を代弁するかのように、第二王子の視線に力がこもる。下手な誤魔化しはきかないようだ。
「……アンネを守りたいと思った。それは本心だ」
「ふむ。そのようだな。では、共に侵入者を捕まえよう」
「……は?」
リーズンが混乱してる間に、両手を拘束していた縄が解かれた。




