034件目 護衛として力を発揮したらしい
「ごしごし汚れを落としたら、さっぱり綺麗になったかな?」
コナーとの手合わせが終わった後、リーズンの手に土汚れがついていたらしい。それに向けてアンネが魔法を放った。
「これは水魔法? アンネは属性は水なのか」
「これはたぶん水属性ですけど、風も使えますよ。想像次第で、何でもできるスキルです」
「……それなら、武器の製造も?」
「武器、ですか? んー……できなくはないと思いますけど……。あ、もしかしてリズさんは護衛として働く時に何かあった方が良いですか? それならわたしの魔法で出すんじゃなくて、申請した方が良いと思います」
「いや、その必要はない。あたしは基本、体術に土魔法を加える」
「なるほど! それならもしかしたら、スーザンと相性が良いかもしれませんよ。スーザンも体術と火魔法なので」
火魔法なら、赤。それは前に見た赤髪の近衛だろう。
スーザンと手合わせをしたら、見応えがありそう。そんな風に興奮したように話すアンネの期待には、恐らく応えられない。あちら側が勝手にリーズンを敵視しているから。
「今日のわたしは一日非番なので、城内を案内しますね。わたしが行ける範囲内ですけど」
「それはありがたい」
城内の事を知りたいと思っていた。やはり、リーズンは天が味方についている。
案内を始めるため歩き始めたアンネの後にリーズンとキリカも続く。
アンネの行動範囲は、職場である天秤宮、寝泊まりしている王宮、中庭、他城外の街。巡回する時は一緒に行動する事になっており、その予定も事前に通知される。
城内を歩いていると、前方の曲がり角の方から不穏な気配を察した。キリカを見ると、頷く。気配に敏感という事だから、間違いないだろう。
「アンネは一時停止」
「え。は、はい」
端的に言葉を伝え、リーズンは角へ走る。そして汚れた水を入れた手桶を持ったメイドの前に立った。
「お前、目的は」
「あなたに関係ないじゃない!」
「あたしは今、星渡人の護衛を任されている。王妃直々の任命だ。護衛対象に害をなそうとするならば、捕らえて引き渡すのみ」
「や、止めてっ。そんな事されたら、結婚が……」
「それなら大人しておけ」
最後に一睨みすると、メイドは汚水入りの手桶を持って離れて行く。
これで良いだろうとアンネの元へ戻ろうとすると、すぐ後ろにいた。
「リズさんは優しいですねぇ。レオンハルトさんは、わたしを狙ってきた人には容赦がなかったです。あの人は、何回か見ましたし」
「あたしの仕事は護衛だ。捕縛までは入らない」
「そういう事にしておきましょう。あ、また汚れちゃいましたね」
アンネが服の裾を見て言う。立ち塞がった時に汚水が跳ねたのか。放っておけば乾くだろうが、制服は白。汚れが目立つ。
「じわっとジュワッと汚れを浮かし、ビューッと強風速乾仕様!」
服の裾を見ていると、汚れの周囲に泡が浮き出た。その泡は風に吹かれて飛ばされていき、乾く頃には汚れがどこにあったのかわからなくなる。
水と風の複合魔法。それに、すっと相手の懐に入り込むような柔らかい表情。もしアンネが暗殺者ならば、リーズンは死んでいた。
「……アンネは、誰に狙われているんだ」
「んー……誰でしょうね? さっきの人はたぶん、レオンハルトさんと一緒にいるからわたしの事が気に入らないのだと思いますが」
「第二王子か」
「レオンハルトさんは王族ですし、わたしが星渡人だから丁重に扱ってくれているだけなんですけどね」
「外から見たら、そうは見えないだろうな」
「レオンハルトさんと一緒に行動するのは王妃様から言われているからなので、離れられないんですけど」
「今は?」
「余りにも一緒にいすぎて、ケビンさんが大変みたいで。邪魔したくないけどと言われ……あ、ケビンさんというのは副廷臣法官長です。わたしと先輩の上司で、レオンハルトさんの部下です」
なるほど、状況は掴めてきた。
星渡人は貴重な存在で、第二王子が護衛を務めるほど。しかしそうすると他の仕事ができないから、こうしてリーズン達が雇われる事になったのだろう。
周囲を窺っても、監視の目はないようだ。選抜試験を行うぐらいだから、リーズン達の事を信用しているのだろう。
「護衛の件はわかった。しかし、侍女は必要か?」
「ルリアーナ姫からはもっと身嗜みを整えろと言われていますけど……わたしは一般人なので、そこまで必要ではないと思います。あっ、別にキリカさんがいらないというわけじゃないですよっ!?」
落ちこんで見せたのは演技か、素か。
肩を落としたキリカに慌てて言葉を添える姿は、とても悪人には見えない。だから、調子が狂う。
「アンネ。寝室周辺を確認したい。案内してもらえるか」
「わかりました!」
笑顔を向けられると、何とも言えない気持ちになる。第二次モルルモア大戦争を引き起こすかもしれない、災厄をもたらす星渡人。その抹殺のために密入国までしているのに。
アンネの裏表のない対応には、その毒気を抜かれてしまう。星渡人の脅威は歴史が語る。だから、排除しなければいけない。
アンネを先頭に進んでいると、隣からちょいちょいと袖を引かれた。こそっと、小声で教えてもらう。
「リズさん。殺気、だだ漏れだす」
「あ、あぁ。ありがとう」
キリカは気配に敏感なだけある。リーズンは無意識にアンネへ殺気を飛ばしてしまっていたようだ。心配になって背後から様子を窺うが、それに気づいた様子はない。
第二王子が守り、王妃さえも目をかける存在。星渡人の排除に失敗したら、リーズンの命もないだろう。死にたい訳ではない。慎重に行かなければ。
そう、決意した矢先。リーズンはヴァランタンへ来た目的を放棄したくなった。
アンネが使う寝室は、あろうことか王族が住まう王宮。そして、すぐ隣には第二王子が使う部屋がある。寝室は一番油断する場所だが、周辺環境が悪い。
アンネを排除するとすれば、街へ巡回に出た時が最適だろう。
翌日。
今日は街の巡回について行く日だ。今日は外に出るため、キリカは休み。
アンネが言っていた通り、第二王子がいる。入国した初日と違い、アンネの傍にいなければいけない。
「右上に敵確認、来る!」
リーズンの掛け声と同時に、第二王子が魔法壁を展開した。無詠唱でやってのけるとはと感心しつつ、飛んできた矢を掴む。
「ッ……、追いかけますか」
「いや、良い。あの場所は遠すぎる」
今日の巡回場所は、一番街東地区。複数階建ての建物が多く、人も多い。
そんな状態の中狙われるなんて、星渡人はやはり害悪か。
そんな風に思っていたリーズンの手を、アンネが掴む。
「リズさんっ!! すぐに治療を試みます!」
焦ったようなアンネの声を聞き、右手を確認する。どうやら矢尻に毒がついていたらしく、傷口の周囲が紫色に変色していた。
「ドクドク流れる血を止める。毒の侵入ピタッと止まれ! 毒をカチッと固めて逃さない!!」
詠唱の通り、最終的にキューブ状になった毒の塊がアンネの手に落ちていく。直接触ったら危ないとリーズンが代わりに受けようとした、その時。
「水属性魔法師レオンハルト・ヴァランタンが命じる。毒の塊を水膜で包め」
第二王子が詠唱し、周囲を水の膜て覆ったその毒を、無詠唱でどこかへやってしまった。その行動に驚いていると、アンネがリーズンの右手を持つ。
「ごめんなさい……ちゃんと想像したんですけど、足りなかったみたいです。傷痕、残っちゃいました」
「あぁ、いや……別に、これぐらいなら問題ないかと」
手の平の傷は、薄い膜のようなものができていた。毒で焼かれた火傷痕かもしれない。
「痛かったですよね……守ってくれて、ありがとうございます」
「それが、仕事だから」
「アンネ殿。申し訳ないが、やはり今は外に出ない方が良い」
「そうですよね……。戻りましょう」
人がたくさんいる中での出来事だった。アンネが狙われた事よりも、その後の治療の方に注目されているように思う。
腕を押さえた男性が、アンネに近づいてきていた。治療を求める者か、新たなる刺客か。どちらにせよ、移動は速い方が良い。
レオンハルトを先頭に、その場から早々に立ち去った。
王宮へ戻り、住居空間の手前にある応接室へ行く。アンネを座らせ、第二王子もその向かいに座った。
手を上げ、頷かれたから質問する。
「護衛として情報を知っておきたいです。アンネ、様は、誰に狙われているんですか」
「犯人を捕らえた時に逐一確認しているが、金で雇われただけだと言うだけで黒幕が明らかにならない」
「いわゆる、闇ギルドのような所という事でしょうか」
「ああ、そういう事だ」
闇ギルドに狙われている。それはアンネに相当な恨みがあるのだろう。
国は違えど、そう言った所に頼む者は自分の身分を明かさない代わりに大金を積む。だから、身元は明らかにできない。
ふつふつと、怒りがわき起こる。リーズンだってアンネの排除を考えているが、横から獲物をかっさらわれる訳にはいかない。
かつてダクウィンも巻きこんだモルルモア大戦争の厄災、星渡人をリーズンの手で排除する。そうして、ゼルヴァンの憂いを絶たなければいけない。
「狙われているとわかっていて外に出るとは……誘い出して一網打尽にする計画でした?」
「違うんです、リズさん。わたしが仕事をしたいとお願いしたんです」
「仕事って……自分の命が狙われているのに?」
「そ、そうなんですけど……」
「やはりアンネ殿に専属の護衛をつけて間違いなかった。マグルト嬢、もし毒による体調不良がある場合はすぐに申し出てくれ。体制を整える」
「わかりました」
アンネの前に座り、声をかけている。その様子はまるで、恋人を心配するかのようだ。
そう考え、合点がいく。
アンネが星渡人であっても一般人だと言っていた。それにも関わらず第二王子の隣室に寝室がある。王族の決まりに疎いリーズンでも察しがついた。
アンネは、第二王子と結婚するのではないか、と。
その道筋を立てた時、先程のやり取りも理解できた。
あの時は、リーズンがアンネを責めているように思われたかもしれない。だから、第二王子が間に入った。
しかし、と思う。
コナーが、第二王子に許可を得てアンネを狙っていると言っていた。それはなぜか。第二王子の婚約者であれば、そんな事は許されないはず。
一つ、可能性が浮かんだ。それを確認するため手を上げる。許可を得て、質問した。
「……ちなみに、アンネ様と第二王子殿下の関係は?」
「上司と部下だ」
「上司と部下です」
「それがどうかしたのか」
「い、いえ。気になっただけです」
間髪入れず、少しも照れず。まるでそれが事実だというように息の合った答えが聞けた。
アンネの方はどうかわからないが、第二王子の対応を見る限りではアンネに好意を持っているはず。でもそれに気づいていない。
面倒くさい。実に、面倒な案件だ。
これから、アンネは首謀者が捕まるまで外に出る事はほぼないと思われる。それは第二王子も近くにいないかもしれないが、今の様子を見ていると頻繁にくる可能性も否めない。
腫れた惚れたは、自由にすれば良い。職場内恋愛も三角関係も、どうでも良い。
ただリーズンとしては、その感情劇は知らないところでやっていてほしいと願ってしまう。そう思うのは、間違っているだろうか。




