032件目 星渡人の侍女兼護衛を募集しているらしい
一番街東地区三番の二階。ハプストに用意された家だったが、そのまま行けば身の危険がある。
だから他の場所を借りたかったが、身分も信用もない状態ではまともな場所は借りられない。最悪、寝泊まりするだけでも良いが、道中で検問が複数あった。入る度に検問に引っ掛かるのは面倒だし、何よりも顔を覚えられてしまう。
選択の余地なく、今いる一番街のどこかに住まなければいけない。
「……城は小高い丘の上に建ち、その周辺に広がる街。なるほど。城に近づくほど高度が上がる、天然の要塞のような場所だ」
ダクウィンはリヴィエリ山があるものの、ほぼ平地だ。だから塩獣が頻繁に出てくる。立地的に安全な国だから、検問も甘いのだろう。
地図を鞄にしまったリーズンは、ひとまず宿へ向かった。そして、再び天が味方をする。
リーズンがヴァランタンにやって来た次の日。星渡人の身の回りの世話をする人材募集の情報が入った。それは偶然泊まった宿の店主が知っていたようで、朝食時の食堂内の話題はそればかり。
「あたしにも教えてくれないか」
「ああ、あんただったら行けるかもな」
そう言って渡してくれたのは、募集要項が書かれている紙。店主曰くこの紙が配られるのは良心的な店のみらしい。
朝食の料金を置いて宿を出る。募集要項の内容としては、こんな感じだ。
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淑女の世話ができる者、危険時の護衛ができる腕の立つ者を募集
星渡人の侍女兼護衛役:二名以上
求める性別:女性
年齢:問わず
応募資格:この紙を持ってきた者
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期限は決まっていない。この紙がどこまで配布されているか不明だが、これは好機。参加しない選択はない。
ただ、一つだけ問題がある。護衛の部分は全く問題ないが、もう一つは難しい。男社会の中で統括長として活動してきたリーズンは、女性を飾り立てる事は皆無だった。自分自身でさえも。
だから髪は短いし、服装も動かしやすさ重視で選んでいる。そこに礼儀だ服の流行りだとか、生活に直結しない事を考えてこなかった。
(両方求められると、厄介だな)
護衛と侍女。分けて配置となれば、これ以上リーズンにとって都合の良い結果はない。
ひとまず紙を持ち、城へ移動する。
城へ向かう途中、いくつもの馬車が渋滞していた。恐らく星渡人を世話する侍女の方に集まっている者達だろう。
(……災厄をもたらす星渡人。それでも勤めたいと思うのは、王宮勤めだからか)
ダクウィンには、星渡人が来た事は歴史上ない。だからモルルモア大戦争を引き起こしたとだけ知られている。
しかしヴァランタンには二度目だ。ダクウィンと比べて星渡人に対する考え方も違うのかもしれない。
馬車の行列の横を通って歩いていると、リーズンの前に徒歩でやってきた者がいたらしい。緑髪青目の外見は、どこかの令嬢とも取れる装いをしている。それでも馬車で来なかったのは、田舎から出稼ぎに来ていたのかもしれない。
侍女兼護衛の募集がかかったのは、早くても昨日の夕方以降。偶然田舎から出てきていれば、この募集に間に合う。
リーズンがその女性の後ろに並ぶと、ピッと何かに緊張したようにぎこちなく振り返った。同じくぎこちない笑みを浮かべた女性は、兵士に先へ進むように言われて離れていく。
その反応を不思議に思いつつ、リーズンも紙を出す。
「リズ・マグルト。二十二歳か。なるほど、教皇様の遠い親戚。確認した。このまま真っ直ぐ進んだ先の部屋で待機だ」
提出された紙を背後の箱に入れた兵士は、リーズンの後ろを見ている。他に徒歩で来る者はいないらしく、馬車の行列を手伝うようだ。
(星渡人がいるからか? 部外者に対して油断しすぎだ)
間者であるリーズンが言えた話ではないが、ヴァランタンの首都なのに警備が手薄すぎる。
周囲を見てみても、城門を警戒する人間は配置されていないように思う。
星渡人がどれだけの恩恵をもたらし、こんな手薄な警備となっているのか。ダクウィンに来たという歴史もない以上、情報収集は必要だ。
兵士に教えられた道からそれて城内を歩こうとすると、巡回しているらしい兵士達と遭遇しそうになった。巡回の時間を確認してから動いた方が良さそうだ。
今後の動き方を決めるため、リーズンは予定通り待機室へ向かった。
門から真っ直ぐ進んだ所にある待機室には、まだ全然人がいなかった。リーズンの先に手続きを終えた、あの女性だけ。
しかし、何かおかしい。女性は並べられた椅子の先頭にいるが、だらんと身体の力が抜けている。
まさか、こんな場所で死体が!?
そう思ったリーズンが駆け寄る。
「おい! どうした!」
呼吸はしていた。だから肩を揺すり声をかけたが、女性は焦点の合わない目を向けるだけ。
しかし次第にその目に光が宿り初め、バチッと目が合った。
「ひゃっ!? い、いづの間に立ってらぁ!? おめぇ、何者だぁ!」
「あ?? 何だって??」
塩獣討伐隊はダクウィンの各地にいる。だから地方の討伐隊長と話す事もありそれなりに方言もわかっていた。しかし、今の言葉は早口で聞き取れない。
ひとまず、こうして話しているという事は命に別状はないようだ。
じっと見ていると、女性はハッとしたように気づき、咳払いをしてから応える。
「す、失礼すますた。人が全然いねがら、油断すてますた」
「……田舎から出てきたのか」
「はぃ。わたすは運が良いだ、ここにも一番乗りだす」
「そう。あたしはリズ・マグルト。あんたは?」
「わたすは、キリカ・エクス……エクスィ……」
「エクシィ?」
「そうだす!」
「二名以上の募集だ。同僚になったらよろしく、キリカ」
「はぃ。よろすくお願いすます」
自分の家名すら発音しづらいというのは、なかなかの田舎から来たらしい。リーズンも特に怪しまれる事なく入城できた。
待機室の空き具合、門での行列。それを考えるとまだまだ事が動き出すまで時間がかかりそうだ。
そう思っていたら、キリカがぴくっと何かに反応した。同時に、リーズンもこの待機室に誰かが近づいていると察する。二人と、その周囲にいるのは四人ほど。構成からすると守られる人間と守る人間だ。
人数の把握をした事を悟られないようにキリカの横に座っていたが、待機室に入ってきた人物を見て思わず立ち上がる。
「どうすますた?」
「あっ! あなたは昨日の!!」
王子と一緒にいる、身分の高い女性に口添えを頼もうと思っていた。この場に来るという事は、この女性が星渡人なのか。表情に出ないように気をつけたが、自分でもわかるほど目元がひくついた。
女性の隣には王子と、白地に金模様の鎧を来た四人がいる。王子がいる点を考えると、近衛だろうか。笑顔で駆け出した女性を制止するように、赤髪の近衛が追いかけてきた。
「昨日はお礼もできず、すみません」
「アンネ様、もしかしてこの方が?」
質問に頷いたアンネを見た赤髪の近衛が、友好的な笑顔を浮かべて近づいてきた。礼を言う顔は友好的だが、アンネには聞こえないように「自分がいれば」と少々黒々しいオーラが見えた。
このオーラは悪意ではなく、恐らく嫉妬だろう。
疑問に思った事を聞くため、手を挙げる。この場の権力者、王子が頷く。
「こうして護衛がいるのならば、なぜ募集をかけたのでしょうか」
「現在、近衛に女性はグラディア卿しかいない。女性王族は複数おり、対応しきれないと判断した」
「なるほど。理解しました」
「兵士からの報告によれば、選定までまだ時間がかかるようだ。しばし待たれよ」
そう言うと、王子はアンネや近衛らを連れて待機室から出て行った。
アンネの後ろ姿を睨めつけるように見る。
「リズさん。お顔、怖いだす。何かあっただすか」
「いや、あたしは元々こんな顔だよ」
「いぃえ。リズさんは人目を惹く容姿だす」
「それはありがとう」
椅子に座り、腕を組む。
第二次モルルモア戦争を引き起こすかもしれない、星渡人。アンネの護衛になれば、抹殺の機会は訪れるはずだ。今から敵意むき出しでは、実行する前にばれる。
顔に手を当てて筋肉をほぐすリーズンを見ていた、キリカの口角が上がっていた。
アンネの侍女兼護衛に参戦するため入城してから、半日。ようやく馬車の行列が終わったらしい。
早速試験をするようで、集められた面々が全員移動した。
移動した先は、衝立が各所に置かれている広い空間。用意されていたのは動きやすい服。リーズンは自前の服で参加する事を兵士に確認し、了承を得た。
それから、的当てや広い空間がある運動場のような場所へ最移動する。先導者は兵士らだ。二十人近くいる参加者を誘導していた。
「これから体力試験、及び護衛としての力量を見る試験を開始する。受付した順番通りに行っていくから、各自並ぶように」
先頭にキリカ、次にリーズンと並んでいく。幾人か順番について揉めているようだ。その揉めている幾人かに、兵士が近づく。そしてその場で、失格処分が下された。
規律を乱すような行為は、除外されて当然。そう思いつつ、リーズンは前を向く。
「四人ずつ行う。先頭の四人は前へ」
まずは護衛選抜試験が始まった。後半の侍女選抜は自信が無いため、リーズンは容赦なく自分の能力を発揮する。
「体力一位、リズ・マグルト」
「組み手一位、リズ・マグルト」
「複数対人戦一位、リズ・マグルト」
普段から塩獣を相手に格闘していた。だから身体強化をしたり地面を揺らしたりできて、総合一位を取っても何ら不思議はない。
ただ、リーズンの想像以上に他の面々がボロボロだった。かろうじてキリカが次点となっているが、それでも成績には天と地ほどの差がある。
組み手以降、相手が異性というのも他の面々が活躍できなかった理由かもしれない。討伐隊統括長として男社会で生きてきたリーズンにとっては何も問題なかった。しかし他は違う。単純にオドオドしたり、「女」を出して場の空気を乱したり。
目的がはっきりしているリーズンが手を抜かなかったのもあるが、概ね王宮勤めを目指してきているようだった。もしくは、王子二人の婚約者を狙うか。
そんな状態だから当然、侍女兼護衛にそういう人間は選ばれなかった。
「リズ・マグルト、キリカ・エクシィ。両名を星渡人アンネの侍女兼護衛に任命する」
王妃から直々に任命書を渡された。その後城内に居を構えるか城下にするかの選択肢があり、リーズンは城下を選択。
勤務は明日からとなり、今日は解散となった。
城内に部屋を与えられたキリカが移動する前に、呼び止める。そして人気のいない場所へ連れて行く。
「キリカ。お前はどこの国の人間だ?」
「そんな事、なんぜ聞くだすか」
「誤魔化すのか? あたしの能力、知らないわけじゃないよな?」
にっこりと微笑んでやる。するとキリカは、ヴィエザ山を境にしたヴァランタンの隣国パルレから星渡人の調査をするためやってきたと話した。
ちなみに、訛りは素らしい。
「星渡人の実態が知られていないから大変だよな、お互い。それじゃぁ、これからよろしくなキリカ」
任命書を手に、リーズンは城下に行く。そして、拠点を確保した。




