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【完結】オノマトペ魔法師と堅物廷臣法官長の王宮事件録~わたしの魔法は、国家機密⁉~  作者: いとう縁凛
第四章 ▲隣国スパイ潜入事件▲

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031件目 王子には守る相手がいるらしい

始まりました第四章。

この章は、全体的に間者のリーズン視点で進んでいきます。

外から見たアンネはどんな感じか。他のキャラクターの動きはどんな風に見えるか。

そんな様子を見ていただけたら幸いです。


 食物が育たず、塩獣(ザルソイ)の襲撃に怯える日々。常に食糧不足と命の危機の天秤が揺れる、常冬の国ダクウィン。国は今、ヴァランタン国との婚姻確定による交流で明るい兆しが見え始めた。

 ――一部を除いて。




 年は二十歳前後。見た目から察する身長は平均よりも低いだろう。しかしアンバランスな胸の大きさがあり、幌馬車の奥で身を潜めるリーズンは指ぬきの革手袋をつけていた。ローブ越しでもわかる筋肉は、彼女が見た目通りのか弱い女性ではないと証明している。


 幌馬車が止まった。外から幾人かの気配がある。


「通行証書を確認する」

「うっす」


 どうやら目的地、ヴァランタン国の首都についたようだ。今は入口の検問らしい。

 ヴァランタン国には今、星渡人という災厄をもたらす人間がいると噂で聞いた。だから検問も厳しいものだろう。

 外の光りが見えたら、躊躇わずに突進する。そう覚悟を決めていたが、検問は呆気なく終わった。

 幌馬車がまた進み始める。しばらく平地を進んでいくと、坂道に入ったようだ。


「にしても、手緩い検問だったな」

「そうっすね。これも兄貴が真面目そうな見た目をしてるからっすよ」


 幌越しに、御者の二人の話が聞こえた。

 そう。首都へ入る検問なのに、中まで調べなかったのだ。こんな状態、ダクウィンならばあり得ない。

 その後四回の検問を抜け、幌馬車が止まった。御者の二人が離れた瞬間を逃さず、リーズンも降りてすぐに裏の路地へ身を潜める。


(誰か来たな)


 足裏に神経を集中させる。地属性を持っているリーズンは足裏から伝わる振動で人の接近を感知し、その後の行動を決めてきた。

 路地の奥に入ってきたのは二人。足音の重さから男女の組み合わせだろう。男女が路地裏に来る目的と言えば。

 体つきのせいで苦しめられた過去の苦々しい記憶を振り払い、男女の様子を探る。


「こんな路地の奥まで巡回をするんですね」

「こういう路地こそ、犯罪が起こりやすい」


 足音が近づいてくる。聞こえた内容から、二人は兵士か警邏か。一人で対応できるだろうが、相手の力量を見る前では無謀な行為だ。

 密入国をしているリーズンは、その場から離れた。




「レオンハルトさん。明日はどこを巡回しますか」

「出張から戻って以降考えている事を、明日実行する予定だ。だから巡回はしない」


 路地裏を進んでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。黒髪黒目で高身長の女性と、青髪緑目の貴族らしい男性が近づいてくる。

 レオンハルト、とは、リーズンの幼なじみゼルヴァンから聞いた、ダクウィンに迎える姫の兄ではなかったか。


 リーズンの目的の一つ。それはゼルヴァンの婚約者を苛める事。

 国が絡んだ婚姻のため、理解はしている。しかし検問も甘いような平和な国の温室育ちの姫が、実力で国の頂点にのし上がったゼルヴァンの相手にふさわしいとは思えない。

 早くも目的の一つが進展しそうだと、リーズンはヴァランタン国王子の追跡を開始した。




 リーズンはダクウィンで塩獣討伐隊統括長を勤めていたが、姫を迎えるにあたって再編成をするという事で、任を解かれた。

 だから今、こうしてダクウィンを離れている。


(っ……。侮れない相手のようだ)


 王子を追いかけていたら、何度も振り返ってきた。気配に敏感なのかもしれない。

 隣に並ぶ女性を守る仕草は、まるで恋人を守るようだ。その女性も王子に対して、親しげな話し方をしていた。それを許されている関係なのだろう。


(……さすがに、侵入は難しいか)


 王子を追っていくと、城へ入っていった。正門には、首都の門とは比べものにならないほど警戒心の強い兵士らが立っている。

 第一の目的をひとまず諦め、拠点を捜すために街へ戻った。




 ヴァランタンに来た第二の目的。

 ダクウィンで暗躍する組織、断罪刻印団(ジャッジメントシール)の人間を処理する事。

 ゼルヴァンは、実力で今の地位にいる。それなら自分らもできるだろうと思っている一派が、組織の頭を国の頂点にしようとしていた。

 奴らは断罪刻印団の長の地位を確実なものとするため、ダクウィンの隣国各所に間者を送っている。そしてヴァランタンの首都にもその間者がいるという情報を掴んだ。


 ゼルヴァンの婚約者を苛めるのは第二の目的ともう一つの目的を達成するためのついでだ。むしろ、最大の目的は三つ目にある。

 災厄を呼ぶ、星渡人の抹殺。これが達成できれば、ゼルヴァンが憂える第二次モルルモア大戦争は起きない。

 第二の目的、第三の目的は、達成するまでに時間がかかると予測できる。だから拠点が必要だった。


(一月……いや、二月以上か。長居するならそれにふさわしい「人間」が必要だ)


 リーズンではなく、架空の誰か。偽の身分を作る事で逃亡した際の追跡を逃れやすくなる。

 当然、国にかかわらず身分偽証は犯罪だ。だから慎重に事を進めないといけない。且つ、ヴァランタンでそれなりの地位を持つ人間の推薦があると尚良い。

 リーズンは周囲を窺い、高台を捜す。


(あそこだな)


 目星をつけたのは、城壁。門と門の間の城壁は屋根があり、あの上まで行ければ安全だろう。

 リーズンは人の流れに紛れるように城へ近づく。周囲を窺い、さっと路地へ入り、目標とした城壁まで近づいた。

 城と街の間は高低差があり、ここから侵入されるとは思っていないだろう。それにリーズンは統括長を勤めるほど身体能力が高い。こんな崖を登る事など、朝飯前だ。

 身軽な動作で崖を登り、城壁にも手をかける。そして屋根の上に乗った。


「さて、見つけられるかな……」


 実力で黙らせ、長く人を纏めていたリーズンには人の悪意を見極める力が備わっていた。悪人には、影のオーラのようなものがある。

 国が栄えるには、それを動かす人間が必要だ。そこには、直接動かす側とそうではない者がいる。総じて、間接的な人間は欲深くなりやすい。それこそ、教会関係者のように民から支持がある者は特に。


「お。あいつなんて、どす黒くて良さそうだ」


 リーズンは大聖堂から出てきた、つむじ周辺を隠すような小さな帽子を被った地属性の老人を標的にした。大聖堂から出てきた老人は、正面から歩いてきた人間の前でわざわざ立ち止まり、道を開けさせている。

 幼なじみから人外の視力と言われたリーズンから見れば、歩き方や体格から年齢を推定できたし、小さな帽子の下に禿頭を隠している事などお見通しだった。


「自尊心を刺激してやれば、すぐに協力するはずだ」


 城壁から降り、老人を追う。近づくにつれ老人の服装は金をかけているとわかる。素材、裾に散りばめられた宝石など、とても庶民では手が出せない金額のはずだ。

 老人を追跡していると、大聖堂から少しだけ離れた邸宅に着いた。教会関係者にしては、豪華すぎるような気もする。白地に金の細工が施されている邸宅は、この老人が権威を固持していると感じさせた。


 この規模の家ならば使用人もいるだろう。そう思って裏手に回る。しかし人気はなく、手入れが行き届いてもいない。

 ちぐはぐな印象を持つ老人の気配を辿り、その部屋へ向かった。


「っ、何やつ!?」

「どうも。権力者であるあなたに、折り入ってお願いをしに来ました」


 老人が帽子を取った瞬間に入室したため、慌てて帽子を被り直したようだ。しかしリーズンに権力者と言われた事が嬉しかったのか、口元が痙攣している。笑う事を抑えているのか。

 限りなく黒に近い焦げ茶色の髪の老人は、リーズンにソファを勧めた。ソファに座る前に、老人は机の前の椅子に座る。胸を張るように仰け反った。


「それで? わしに何の用だ」

「あたしは、とある任務でヴァランタンに滞在しなければいけません。ある程度いられるように、便宜を取り計らってもらえませんか」

「お主を助け、わしに何の利がある」


 老人は、ちらりとリーズンの胸元を見た。嫌悪感で虫酸が走るが、こういう男は扱いやすい。


「そうですね……任務が成功した暁には……」


 ギュッと、胸を寄せる。

 こういう女を武器にするようなやり方は好きではないが、目の前にいるのは老人。どうとでもなるだろう。

 老人が、ゴクンと唾を飲む。


「良いだろう。それでは契約の前に、お主の名を教えろ。話はそれからだ」

「あたしはリズ。あなたは?」

「ハプストだ。服装からもわかるように、教皇を勤めている。わしの力を持ってすれば、お主一人ぐらいどうとでもなる」


 思わぬ収穫だ。それなりの地位の人間を狙っていたが、まさか教皇とは。

 ハプストは一筆書いたかと思うと、チャリンと鳴る硬貨が入った布袋を机の上に置いた。


「これがお主の身分だ。そしてこの金は、数日分の滞在費として使うが良い」


 紙を渡される。そこに書かれていたのは、リズ・マグルトという名前。ハプストの遠い親戚という事になったようだ。

 住居も用意してくれるらしく、一番街東地区三番の二階と書かれていた。


「わしが紹介するのだから、決してヘマはするな。そしてその金で城下に住め」

「地図は?」

「それぐらい、店に行けば売っている。渡した金でどうにかしろ」


 恐ろしいほどの好待遇だ。リーズンの任務達成後の事を期待しているのだろう。

 家があるのも、そういう不埒な真似をするための場所なのかもしれない。こんな人間には天罰が下れば良いのに。


「城にいる傀儡から、近日中に星渡人の護衛兼侍女を募集すると聞いている。その職にありつければ、その後の活動資金にも困らないはずだ」


 夜は家にいるから任務が終わっていなくても来いと言っているハプストの話は聞き流し、不意に得た情報で笑みをこぼす。

 第三の目的を果たすためには、これ以上ない情報だ。それに話している時の様子から、どうやらハプストも星渡人を良く思っていない。どこかで遭遇しても、協力してくれる可能性がある。


(運も実力の内だって事)


 統括長は、運だけでなれる地位じゃない。そこには確かにリーズンの実力がある。しかし、選択肢があった時に間違えた事がないのも事実。

 ハプスト邸を出て街へ行く。道中、もらった資金を確認した。金貨が三枚。物価を見るためにもまずは地図を買おうか。


 街に出て、色々とわかった。

 単位はラタン、一番下の硬貨は銅貨。それの千倍が金貨一枚分の価値。銅貨一枚でリンゴが買えるぐらい。

 金貨三枚。渡された金額からすると、夜這いの心配をした方が良さそうだ。

 地図を頼りに住む場所を変えようと思っていると、またしても天がリーズンの味方になった。


 昼間見た組み合わせの二人の後を尾行している人間がいる。明らかに異質なオーラを放っているが、標的の二人とは距離があるから王子も気づいていない。

 あれを利用するなら、襲撃犯がもっと近づいてから。そして、ナイフを取り出す瞬間に。


「危ないっ」


 襲撃犯と二人の間に入り、ナイフを蹴り上げた。王子は女性を守るように手を広げ、女性はその後ろから両手を襲撃犯に向けている。

 守られるだけじゃない、その心意気や良し。印象づけるため、あえて何も言わずにその場を去る。さっと路地に入って現場の様子を観察していたら、駆けつけた警邏に襲撃犯が連行されていくのが見えた。


 王子と一緒にいるのなら、身分が高い女性だ。募集がかかった時に口添えをしてもらおう。

 リーズンは微笑みながら、拠点を捜しに街へ出た。






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