026件目 浅慮は身を滅ぼす
念のためもう一度ソイルさんの治療を受け、異常なしと診断された。そのまま解散となり、わたしも口周りを洗いスーザンに夜番をまかせてベッドに入る。
眠りにつこうとして、さっきまでの状況が蘇ってきた。
拡声器男は、自らの意思で毒を噛み砕いた。まるで、そうする事で力が得られるみたいに。それなら、そう思わせた人物がいるって事だ。
……怖い。でも、ハプスト村への出張は潜入捜査を決行したから。わたしが解決しないといけない。
そのためには、しっかりと寝て英気を養わねば。
翌朝。
スーザンを部屋に残し、館の外へ出た。
「アンネ殿。食欲がないかもしれないが、少しは腹に何か入れた方が良い」
「今は何も食べられないです。時間を無駄にするなら、少しでも多くの人の悩みを解決します」
「そうか……では、アンネ殿の事は私が守ろう。昨日のように後手に回る事はしない」
「ありがとうございます。あ、レオンハルトさん達は朝食取りましたか? まだなら待ちます」
「心配には及ばない。私達は食事を済ませてある」
「では、今日も動きましょう」
空元気だと、自分でもわかっている。でも表面上でも繕っておかないと、レオンハルトさんは優しいから心配ばかりさせてしまう。
両手両足を大げさに動かしながら村の中を歩いていると、どんよりとした村の様子にはそぐわない馬車が何台もやってきた。
その馬車は、領主の館以外で唯一の貴族らしい邸宅へ進んでいく。
「何か催し物ですかね?」
「在住者としては珍しい趣向だ。話を聞いてみよう」
レオンハルトさんと近衛達と、竹が生えていない庭がある邸宅に近づく。
門の外から覗いてみると、何台もの馬車からご令嬢が一人ずつ降りていた。ドレスはどれもお金がかけられているように見えて、ますます村の空気と一致しない。
貴族の家に行く手順はあるのかと考えていたら、邸宅の主人と思われる女性がわたし達に気づいた。わざわざ馬車に乗り、門の前で降りる。
女性貴族の挨拶、カーテシーを生で見て感動した。四十代に見える女性は、品のある人に見える。
「第二王子殿下に、トミリア・ディアマンディがご挨拶を申し上げます」
「ディアマンディ侯爵の家だったか。幾人か客人がいるようだが、何かの催しものか」
「いいえ。これはわたくし達貴族の日常でございます」
ちらりと、わたしの方に目を向けた。まるでお前はなぜそこにいるのだと言われているみたい。
そんなディアマンディさんの目線に気づいたのか、わたしを隠すようにしてレオンハルトさんが立ち直す。
「確かディアマンディ侯爵の家は首都にあったと記憶しているが、この村では何を?」
「東の堺にあるヴィエザ山を所有し、鉱石業を営んでおります。趣味と実益を兼ねてこちらの別荘で暮らしているのです」
「ほう。では、一年の内どれくらいこちらで過ごしているのだ」
「社交シーズン以外はこちらで過ごす事が多いでしょうか」
「一年の内ほとんどをこの村で暮らしていながら、村の現状を何も変えようとは思わなかったのか」
「わたくしはあくまでも余所者ですから」
丁寧な言葉遣いだけど、二人の間には見えない火花が散っているような気がする。
あれだよね? 高貴なる者の義務。社会的地位が高い者には相応の社会貢献や責任が伴うってやつ。
つまりは、ここで暮らしていながら村の思想はともかく貧困について何もしなかったのか、と。
「せっかく我が家へいらしたのです。第二王子殿下、ウィグネス伯爵様、グラディア伯爵様もご一緒にお茶をしませんか」
「私達はそのような事をしに村まで来たわけじゃない」
「失礼いたしました。ロゴス侯爵様もいらっしゃいましたね。しかしながら、侯爵様には婚約者様がおられます。そのような方をお呼びして間違いがあってはいけませんから」
わたしの事は完全に無視だね。売られたケンカを買うつもりはないし、ディアマンディさんとは考えも合わなそう。
このままいても何も収穫はないと思って、レオンハルトさんの袖を引く。レオンハルトさんはわたしの方へ意識を向けてくれるんだけど、それをディアマンディさんは許さない。
「第二王子殿下、お気をつけください。悪の星渡人が殿下を狙っていますわ」
「ディアマンディ侯爵。聞き捨てならないな。何を根拠に、星渡人が悪だと言う?」
「『星渡人が悪』というのは、この村で暮らすなら常識ではありませんか。なぜそこまでお怒りになるのでしょう?」
「そうか、根拠はないのだな。貴族として恥ずかしくないのか」
舌戦が繰り広げられそう。このままここにいても、無駄に時間を消費するだけだ。
わたしが再びレオンハルトさんの袖を引くと、ディアマンディさんは態度を変えた。
「失礼いたしました。わたくしとした事が、本人を知らずに拒絶してしまいましたわ。星渡人が悪というのは、『以前の』と言葉を添えなければいけませんね」
「以前も今も、星渡人はヴァランタン国に多大なる貢献をしている。それを悪と断ずるのならば、その根拠を見せてみよ」
いつも冷静なレオンハルトさんが、星渡人に関する事には何だか熱い。星渡人は貴重な存在だから、もしかして王太子様が研究しているのかな?
「根拠を出せと言うのならば、この村を。かつての星渡人が勝手に行った施策で、この村で苦しむ民がいる。これ以上の証拠がありますでしょうか」
「異議あり!」
レオンハルトさんの後から出て、正論を言うディアマンディさんに抗議した。鼻で笑うように見られたけど、わたしの考えを続ける。
「星渡門ができたことで、交通網が刷新されました。当時は痛手を被ったであろう馬車業も」
「カラスの鳴き声が聞こえますわ。不吉なカラスから離れて、我が家の庭園へいらしてください。お招きした令嬢方が皆様と縁を結びたいと待っていますわ」
ディアマンディさんの言葉を肯定するかのように、いつの間にか来ていたお呼ばれ令嬢達が熱い眼差しを男性陣に送る。
わたしの言葉をわざと遮り、レオンハルトさんと近衛達を誘った。でも職務があるから、誰もディアマンディさんの誘いには乗らない。
それどころか、スーザンから星渡人の事を熱弁されているのかな。ソイルさんが怒りを露わにして前に出た。
そんなソイルさんを見たディアマンディさんが、ふっと笑う。
「そういえば、赤猿ちゃんはお元気かしら。やはり女の幸せと言えば結婚よね。もしいらしているのなら、この場に呼んであげても良くってよ? 貴族はご縁が大事ですもの。落ち目でも由緒あるグラディア家は存続させたいでしょう?」
ディアマンディさんの言葉に合わせて、後のご令嬢方がクスクスと笑う。明らかに馬鹿にしているとわかるのに笑うなんて、類は友を呼ぶね。
「赤猿とは誰の事ですか。まさか、スーザンの事じゃないですよね」
「嫌だわ。まだカラスがいる。皆様、こちらへ」
「スーザンは明るく良い人です。スーザンの事を何も知らないあなたが、馬鹿にして良い人じゃない」
「皆様。カラスが本性を現しましたわ。ここは危険なので、急いで室内へ」
演技派かってぐらい、ディアマンディさんが大仰に言う。
そんなディアマンディさんを、レオンハルトさんが許すはずもない。
「星渡人は国賓だ。本来ならば全ての貴族が歓待しうるべき人物であることを承知の上か? これ以上星渡人を侮辱するのならば、国家反逆罪となるがその覚悟はあるか」
「い、いいえ! まさか、そんな事はありませんわ。あなた、お名前は」
「アンネです」
「そう、アンネ様ね。アンネ様は貴族の交流の仕方はご存じかしら。定期的にお茶会をして、情報を交換するのよ」
「それはお疲れさまです。ですが、わたしには関係ありませんね」
「そんな事おっしゃらないで。今日呼んだご令嬢方は、アンネ様とも年が近いと思うの。これもご縁よ。お話してみたらどうかしら」
「いいえ、お構いなく。わたし達はやる事がありますので」
失礼します。そう続けようとしたら、がしっと手首を掴まれた。食い込む爪が痛い。
まぁ、ディアマンディさんとしてもこのまま逆賊扱いされたら生活に困るよね。
振り返り、レオンハルトさんを見る。肯定も否定もしない。わたしに行動の選択権があるような感じ。
「……わかりました。一度だけ、参加します」
「良かったわ。そうそう、お茶会なのだけれど、ドレスコードがあるの。アンネ様はわたくしと背丈が近いから、きっと似合うわ。こちらへいらして」
ディアマンディさんに手を引かれ、その場を離れようとした。するとレオンハルトさんが合図をくれる。
「エナ。何かあったらすぐに呼んでくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
エナとは、潜入捜査をした時の偽名。その名前で呼ぶって事は、そういう事ですね?
ふふっ。わかりました。やってやりましょう。
ディアマンディさんからドレスを借りたわたしは、お茶会が開かれる庭園へ連れて行かれる。そこで待っていたご令嬢方は、何かしらの赤を身につけていた。わたしの場合は、これも借り物だけど赤い薔薇の髪飾りをしている。
男性陣はこの場にいないみたいで、令嬢方は戦場にいる狩人のような雰囲気だ。
「あらあら。ディアマンディ様のドレスは素晴らしいですけれど、貴女には似合いませんわね」
「本当に。髪飾りもどこにあるのか」
お茶会に参加しているのは、わたしとディアマンディさんを含めて全部で六人。発言をしていない残りの二人も、クスクスと笑っている。まぁ、同じ考えなんだろうね。
男性陣は別場所で待機なのかな?
「あなた達、はしたなくてよ。言葉は慎みなさい。これから男性方をこちらへ招くのだから」
「そうですね、ディアマンディ様」
窘めるディアマンディさんも、それを受ける令嬢も、ニヤニヤとしている。呼ばれた令嬢達はこの村の出身ではないと思うけど、地域感覚かな? 学ばないというか、自分の行動が正しいと信じて疑わないというか。
「レオンハルト様。よろしくお願いします」
わたしの呼びかけに、お茶会の場がざわつく。ディアマンディさんは、気まずそうな顔をしている。
庭園の奥から出てきたレオンハルトさんは、近衛らとこちらへ近づいてきた。わたしは駆け寄り、レオンハルトさんの手を取る。
その行動に、場が凍りついた。
「アンネ殿。やはりここを出よう。この場は貴女にそぐわない」
「そうですね。レオンハルト様の顔を立てようと参加しましたが、必要なかったようです」
「そ、その……第二王子殿下。もしかして、アンネ様と?」
「えっ……? あ、すみませんレオンハルト様。手を握ってしまっていました」
肯定はしない。でも否定もしないし、レオンハルトさんが触れる事を許している。
それは、すなわち。
きっと、ディアマンディさんや他の令嬢方の頭の中には、そんな想像がされているんじゃない?
でも、王族の交際や婚姻について意見が言えるのは同じ王族だけ。誰も何も言えないよね。
一気にお通夜状態になった現場から離れ、ドレスから着替えてディアマンディ邸を後にした。




