023件目 学ぶ事は将来への投資
「アンネ様! お疲れさまでした!!」
「スーザンもお疲れさま。夜間警備よろしくね」
「お任せください!!」
ハプスト村へ来た初日。ハプストさんから歓待を受けて寝る時間になった。部屋で待機していたスーザンと話して、ベッドへ入る。
翌朝。
今日は何をしようかと、来賓室に用意されていた朝食を見ながら思う。
「おはよう。アンネ殿は朝が早いな」
「おはようございます、レオンハルトさん。昨日の成果を見て、今日は何ができるかとワクワクしてしまいまして!」
「アンネ殿が力を発揮する前に、まずは朝食としよう」
「そうですね」
レオンハルトさんと、近衛の三人も来賓室に来た。近衛の三人は室内の離れた席に、レオンハルトさんはわたしの斜向かいに座る。
朝食は、ステーキとスクランブルエッグと、柔らかいパン。なかなか豪勢な内容だね。
わたしはぺろりと平らげちゃったけど、レオンハルトさんはわたしの半分ぐらいしかまだ食べていなかった。小食というわけじゃなくて、動作がゆっくりなんだよね。
洗練されている動きは、ずっと見ていられる。レオンハルトさんは王族だから見られる事に慣れているのか、わたしの視線なんて気にしないみたい。
レオンハルトさんも食べ終えて、早速今日の事を話す。
「レオンハルトさん、今日は昨日の続きで変わりたいと思う人を捜したいと思うんですが、どうでしょう?」
「良いのではないか。ハプスト村の内乱は根深い。一人一人、確実に変化の芽を芽吹かせられれば、長く続く争いも終わりにできるだろう」
レオンハルトさんの許可も取れたし、今日もガンガンやっていくぞ!
全員で領主の館を出る。
まずは、昨日の成果の再確認だよね。少年とオルディちゃんは、まだまだ大人の目が必要な年。何かされていないと良いけど。
昨日少年を見かけた所へ行く。でもそこに少年はいなくて、もしかして無変派に何かされちゃったかと思って焦った。
でも、心配はいらなかったみたい。
少年は、オルディちゃんと一緒にいた。井戸の水を汲んであげているみたい。
ああやって、可変派のグループが大きくなっていけば良いよね。
オルディちゃんを見ていて、そういえばと思い出した。
「何か悩み事か」
「あの……昨日、ニュイカさんと話していて思ったんですけど、この村の人達は星渡人と因縁がありますよね? でも、ニュイカさんは因縁というよりかは詳しく事情を知っているみたいでした。この村の人って、そこまで詳しく知っているものですかね?」
「人によっては、詳しく口伝されているのではないか」
「そうか……それなら、まぁ、あれぐらい知っていてもおかしくはないかな」
かつて星渡人によって生活できなくなり、流れ着いた東端の村。商人の村だし、仕事ができなくなるのは恨みの対象になると思う。
でも、どうして今でも恨み言を言えるのはハプストさんだけなのかな。流れた年月を考えるなら、ハプストさんだって変わろうとしなかった人だ。
ニュイカさんと年齢も近いように思うし、もしかしたら二人は子供の頃から他の人よりも交流があったのかもしれない。
ニュイカさんの事を考えるのはそこまでにして、今日も可変派を増やすために村の中を歩く。
星渡人に敵意むき出しの人達は、今日も一定の距離を空けて近くにいる。昨日もそうだったけど、もしかして仕事がないのかな?
そうだとしたら、どうやって生活しているんだろう??
疑問に思っていたら、村に二人の魔法師がやって来た。二人とも、似たようなデザインのリュックを背負っている。
「アンネ殿。私達も配給を手伝おう」
「配給??」
レオンハルトさんに誘われるまま、魔法師の後を追う。
二人は迷いなく領主の館まで行った。するとそれを見越していたかのように、ハプストさんが入口付近に机を出してどこかへ行く。
「机は横一列に。作業が流れやすくしよう」
魔法師の二人が、指示を出したレオンハルトさんに礼をする。そしてリュックから次々と食糧を取り出していく。容量以上の収納力を見て、あのリュックも魔道具かなと思った。
「アンネ殿は、最後を頼む」
「は、はい……」
言われるまま、机の端に行く。そこに置かれていたのは干し肉のパック。紙で包まれていて、渡しやすそう。
配給の準備が整うと、ポツポツと村人達が並び始めた。無変派の人達も、何食わぬ顔で並ぶ。
ロゴスさんは周囲の警戒のために配給係にはならず、残りの二人はレオンハルトさんの横に立った。
「視察が長引く時は、こうして首都より配給が行われる」
「なるほど……」
つい先日も、陛下が視察に来ていた。村には宿屋がないし、ハプストさんの家に泊まっている状態。王族を泊めるんだ。食事の内容だって気をつけているのかもしれない。
「寒っ」
今日は少し風が強い。外で配給をしているし、わたしが渡すのは最後。流れてくるまでに時間がかかる。
配給は、村人達がもらうものを選べるみたい。干し肉、根菜、卵、生肉、布。それにリュックから出す係。
それぞれが欲しいものを受け取る感じ。干し肉エリアは、十人に一人くらいしか来ない。
視察が長引く時って言っていた。普通は、保存性の高い干し肉が人気になりそうなものだけど……。
並ぶ列を見ていたら、また風がビュオッと吹く。その時干し肉エリアまで来ていた男性が両手に持ちきれないほどの配給品を落としてしまった。卵は割れ、生肉は地面に触れてしまった部分もある。でも、布だけは左手でしっかりと持っていた。
「大丈夫ですか」
「どうも」
素っ気ない返事をする男性は、無事な配給品を集めようとする。でも何でか、動きが鈍い。三十代に見えるけど身体のどこかが悪いのかな、って思っていたら。
男性は、頭が完全に下がらないような体勢を取り続けている。目線を落として拾う方が早いのに。
「こんなにたくさんの配給品、どなたかに持っていくんですか」
「手伝いありがとうございました」
わたしの質問には応えず、男性は無事だった配給品を持ってそそくさと移動を初めてしまった。
「あの人が気になります。ちょっと追いかけますね」
「わかった。一緒に行こう」
わたし達が抜ける分の配給を近衛の二人に言いつけたレオンハルトさんは、ロゴスさんを連れてわたしの隣に並んだ。
男性にはすぐに追いついたけど、行く先々で何回も配給品を落としている。駆け足で近づいた。
「運ぶの、手伝います」
「お構いなく」
「でも、このままじゃ配給品が無駄になっちゃいますよ?」
男性の左手には、布の束があった。よく見れば、村の中なのに服装がちゃんとしていた。他の配給品を落としても布は落とさないから、村の洋服屋を営んでいるのかもしれない。
こだわりがありそうな布には触れずに、その他の配給品を持つ。
どこに向うのかと目を向けると、男性は諦めたように歩き始めた。
到着したのは、洋服屋というよりかは仕立て屋というような雰囲気の平屋。奇跡的に竹に貫かれていない建物は、お店と住居が一緒になっている感じ。
そこに布を置いた男性は、いくつか脇において作業を始める。
どんな世界にも、職人は存在する。三十代に見える男性は、ささっと一着仕上げてしまった。
思わず拍手を送る。でも男性は特に反応せず、仕上げたばかりの服といくつかの配給品を持ってまた外へ出た。
追いかけていくと、風が吹いた時に男性が右手で頭を押さえる。さっきまで作業をしていた様子を見る限り、頭痛に悩まされている訳じゃないみたい。
と、なると。
あの男性は、可変派にできる可能性がある。そもそも服を仕立てているし、希望は大きい。
でも、わたしが予想する男性の悩みは、踏み込みづらい内容だ。
どうしようかと思っていると、男性は一軒の平屋へ行った。そこは竹の侵食がなく、他の平屋よりも少し大きいように見える。
「マルケスさん。置いておきますよ」
「わしの家にゴミを捨てるな!」
姿も見えない人だけど、気難しそうな老人なんだろうなと思えるやり取り。男性の家からも近いし、ご近所付き合い的な感じで様子を見ているのかも。
老人の家から離れた男性は、わたし達と目があったけど何も反応しない。自分の家に向けて歩き出す。
そしてまた、風が吹いた。男性は右手で頭を押さえる。
男性の悩みがわかった。でも積極的に聞くのは憚られるから、駆け寄って小声で聞く。
「もしかして、頭髪の事で悩まれてますか」
「なっ!?」
男性がバッと身体を向ける。その際にずれた髪に、思わず目を向けてしまった。その目線に気づいた男性が、恥ずかしそうに顔を背けて足早に去る。
追いかけて、追いつこうとしたレオンハルトさん達にその場で止まるように手を向けた。
「ひそひそ、声をひそめて話す。同じ距離しか聞こえない」
それからすぐに、わたしと男性に内緒話魔法をかけた。
「これで、わたしにしかあなたの悩みは聞こえません」
「……おれに、何を求める」
「あなたの悩みを解決できる手立てを考えようと思いまして。頭髪で、合っていますか」
「……」
「あなたは村の人なので、変わりたくないと思うかもしれません。自然の摂理だと。でも助言をするならば、卵はもっと大事にしてください。毎日一つ、加熱した卵を食べ続けてください。そうしたら悩みに希望が生まれます」
「それだけか」
「生活習慣を整えるだとか他にもありますけど、卵が大事です」
「なぜそんな事が言える」
「卵からヒヨコが生まれる所って見た事ないですか? ヒヨコは、生まれた瞬間からふさふさの状態なんです」
「な、なるほどな……」
説得できたかな?
これでまた一人、悩みを解決できた。そう思って離れようと思ったら呼び止められる。
「卵の在庫がなくなったらどうすれば良い?」
「買えば良いんじゃないですか? 毎日食べる事を考えたら、どこかで親鳥を購入して飼ってもいいかもしれません。難しいようだったら、配給の卵を優先的にもらってください」
「次はいつだ」
「わかりません。あなたは服を作る人です。それなら村の外へ売りに行って、その時に値段を調べてみたらどうでしょう? ストイまで行けば、安い卵もあるかもしれません」
自分で調べた方が、枝葉的に色んな知識を得られて良いと思う。瞳が輝いているように見えるあの人も、きっとその事に気づくはず。
内緒話魔法を解除してから、レオンハルトさんの所へ行く。
「アンネ殿。今回は目の届く所での話し合いだったが、なるべく私達の誰かを傍にいさせるようにしてくれ。万が一という事もある」
「そうですね。気をつけます」
レオンハルトさんは、やっぱり配慮できる人だ。わざわざ距離を取らせ、内緒話魔法をかけた理由を聞かない。
まだ配給をやっていたら手伝おうと、領主の館へ戻った。そうしたら、家の方から視線を感じて目を向ける。
二階の窓からハプストさんがこちらの様子を窺っていた。わたしが見ている事に気づいたのか、ハプストさんは窓から離れていく。
視察と配給。それに村の内乱。もしかして、視察の回数が多くなるようにしている?
まさか、ね。
レオンハルトさんに呼ばれ、わたしはまた干し肉エリアに立った。




