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荒方台事変――行軍する怪物、抗う人間  作者: 矢子沼蜻蛉


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第四話 止まらぬ進撃

 観音丸の手元から、幾筋もの光が放たれていた。


 それらは縦列を作って進む怪物どもの巨体へ吸い込まれていく。

 上に山壁、下に断崖、狭い山道だ。

 空を飛べる観音丸なら、断崖側から一方的に撃ち込める。


 だが、怪物どもの歩みは止まらない。


 身体に刻まれる小さな焦げ痕など、意にも介していないようだった。


 ガシャン......

 ガシャン......

 ガシャン......


(これじゃ、足止めにもならないよ)


 瀞具法師(とろぐほうし)らが片洞門に布陣し終えるまで、刻を稼がねばならない。

 それだけのはずだった。


(......正面からやるしかないか)


 そう思い定めると、薙刀の刃が光り輝いた。

 観音丸は一気に先頭の怪物へ間合いを詰め、横薙ぎに斬り払う。


 灰色の腕が一本、宙を舞った。


 フモォォォォォォォ


「うわぁっ!」


 直後、観音丸は振り払われた。


 咆吼と共に叩きつけられた衝撃が全身を貫き、くるくると回転しながら宙を飛ばされる。

 どうにか体勢を立て直した時には、怪物はもう次の一歩を踏み出していた。


 ガシャン。


 腕は何本もある。

 たかが一本落ちたところで、歩みは鈍らない。


「まだまだぁー!」


 再び突っ込む。

 斬る。

 また一本落とす。

 そして、また振り払われる。


 何度も、何度も。


 ガシャン......

 ガシャン......

 ガシャン......


 それでも怪物どもは列を崩さず、着実に前へ出てくる。


(くっ......これじゃ......)


 観音丸はふらつく身体を叱咤し、片洞門の方角へ退いた。

 ほどなく、瀞具法師の大音声が耳を打つ。


「行者殿ー! 支度、調いましたぞー!」


 片端が崩れた洞門の前。

 瀞具法師の担いでいた巨大な丸太は、粗雑な架台に据えられていた。

 その左右には有志の男たちが並び、息を荒くして待ち構えている。


「ここが決戦場だよ!」


 観音丸は叫んだ。


「ここで止める! 皆、踏ん張って!」


 怪物の先頭が、ついに片洞門の口へ達した。


 ガシャン......


 ここで初めて、歩みが止まる。


 狭さに戸惑っているのだ。


 片洞門は、瀞具法師ですら身を屈めねば通れぬ。

 怪物の巨体では、頭から腹這いにでもならねば入り込めない。


 しばしの逡巡。

 やがて先頭は、後続に押されて、のろのろと頭から洞門へ潜り込み始めた。


「いえやー!」


 それと同時に、観音丸が光を乱射した。


 断崖側の空中から撃ち下ろす。

 身を屈めた怪物には避けようもない。

 焦げ痕が増える。

 枝が振り回されるが、狭所では満足に届かない。


「ぬぉらぁぁぁ!」


 瀞具法師の号令一下、巨大な丸太が架台を軋ませて押し出された。


 丸太は、怪物の口の中へすっぽりと入った。


 フモッ、ゴゥフ……


 呼吸が、無理やり止められた。


「押せい! 押せい!」


 銀色の牙が、出鱈目に弾け飛ぶ。


 ゴゥフ、グハァ!


 怪物は丸太を吐き返しかけた。

 だがその寸前、瀞具法師が全身を軋ませて、さらに一押し加える。


「ぬうぅぅぅん!」


 グシッ


 何かが潰れる音がした。

 怪物の口が大きく歪む。

 均衡を失った巨体が、ゆらりと傾ぎ――そのまま轟音を立てて崖下へ落ちていった。


 歓声が上がる。


「やったぞ!」

「落ちた!」

「効く、効くぞ!」


 瀞具法師が振り返りもせず怒鳴った。


「行者殿! 口だ! 天辺の口を穿つのだ!」


「わかった!」


 観音丸は一気に上昇した。

 そして急降下。


 二体目の天辺にある卵形の部位へ、薙刀の一閃を叩き込む。


 ゴボッウン......


 喉の奥から絞り出すような奇怪な音。

 怪物は大きく仰け反り、そのまま後ろ足を踏み外して、崖下へ消えた。


「二つ!」


 観音丸の胸に、はじめて勝機が灯った。


 だが、そこで終わらなかった。


 後続の怪物どもが、列を乱し始めたのである。


 三体目は、洞門へすぐには入ろうとしなかった。

 半ば身を起こしたまま、枝を何本も壁へ這わせ、上を探っている。


「まずい!」


 観音丸は反射的に光を撃ち込んだ。

 枝の一本が焦げ、縮む。

 だが、別の枝が伸びる。

 さらにもう一本。


「押せい!」


 瀞具法師が叫ぶ。

 有志たちが歯を食いしばって丸太を構え直す。


 三体目がようやく洞門へ頭を差し入れた、その瞬間。

 丸太が突き出された。


 だが今度は、まともに口へ入らない。


 ぎゃりりっ、と耳障りな音を立て、丸太の先端が螺旋の牙に削られた。


「ぬう!」


 怪物は後退しようとした。

 だが、後ろからは次の怪物が押してくる。

 列がつかえ、灰色の幹と枝とが、狭い山道でぶつかり合った。


 ガシャン。

 ガシャン。

 ガシャン。


 圧力が増していく。


「今、一度おぉぉぉ!」


 瀞具法師が吠える。

 男たちは唸りながら丸太を押し直した。


 二度目は浅く入った。

 三度目でようやく、口の奥へ半ばまで食い込む。


 フモォォォォ――ッ!


 怪物が暴れた。


 洞門の内壁に、のたうつ巨体と枝が叩きつけられ、石片が飛ぶ。

 丸太を支える架台が、ぎしりと悲鳴を上げた。


「押せぇぇぇぇ!」


 瀞具法師の腕が、丸太ごとたわむほどに力を込める。


 ごきっ。


 今度は首元が折れたのか、怪物は洞門の途中でぐたりと崩れた。

 そのまま横倒しになり、半ば洞門へ噛み込むような形で止まる。


「……止まった?」


 誰かが呟いた。


 だが、それは吉報ではなかった。

 後ろの怪物どもが、その死骸を押し始めたのである。


 観音丸は息を呑んだ。


(止まったんじゃない。流されてる。いや、待って......)


 もし、この狭みそのものへ、もう一つ二つ楔のように怪物を噛ませられたなら――

 そこまで考えかけて、次の枝の襲撃に思考を断ち切られた。


 ガシャン......

 ガシャン......

 ガシャン......


 ずるり、と死骸が前へ滑る。

 洞門の床を削りながら、なおも押される。


「死んでも邪魔にしかならんか!」


 瀞具法師が吐き捨てた。


 観音丸は空から次の個体を見た。

 その天辺の口は、固く閉じている。


 先に落ちた仲間を見て危険を避けたのか、それともただ痛みを嫌って身を固くしているだけなのか、観音丸には分からない。

 だが少なくとも、先ほどまでのように不用意には口を開かなくなっていた。


(閉じた......変えてきた?)


 観音丸は息を呑んだ。


(あれにも、そういうことがあるの?)


 これでは丸太を口に突き入れるのは難しい。


 しかも、後続を見ると、どの個体も腕の何本かを高々と宙にあげて揺らしている。

 急降下の斬り込みも困難になった。


 後列の枝が、山壁を伝って上へ上へと伸びているのが視界に入った。

 しかもその身体は、仲間の背に乗りかかろうとしている。

 片洞門を通らずに、その上を超えて進もうとしているのだ。


「くっ......!」


 観音丸はそちらへ急旋回し、光を連ねて撃ち込む。

 枝の先がいくつか弾け飛ぶ。

 だが全部は落とし切れない。


 その隙に、洞門前では四体目が死骸を踏み越えようとしていた。


「法師さん!」


「見えておる!」


 瀞具法師が丸太を構え直す。

 だが、さすがに遅い。


 ここまで全身全霊で押し込み続けた有志たちは、すでに何人も膝をつき、肩で息をしていた。

 腕は震え、足はもつれ、丸太を担ぎ上げるだけでも一苦労である。


 それでも、法師の声に押されて立ち上がる。


「まだだ! ここを抜かれたら、下の里が終わるぞ!」


「お、おお......!」


 声は細い。

 最初の勢いはもうない。


 観音丸もまた、呼吸が荒くなっていた。

 光を放つたび、薙刀を振るうたび、この身体の芯がきしむ。


(この身体、後どれだけ保つかな)


 四体目の天辺を狙って急降下する。

 薙刀の刃は触れた。

 だが浅い。


 黒い汁のようなものを散らしただけで、怪物は崩れない。


「うあっ」


 振り払われた衝撃で、高度が大きく落ちた。

 崖すれすれまで落ち込み、どうにか持ち直す。


 その真上を、灰色の枝が唸りを上げて掠めた。


「行者殿!」


 瀞具法師の声も、もう余裕を失っている。


 洞門前では、怪物が仲間の死骸をものともせず、突入しようとしていた。

 四体目が半ば身を乗り入れ、五体目がその後ろから押している。

 さらに後方には、なお十を超える影が列をなしていた。


 ガシャン。

 ガシャン。

 ガシャン。


 一歩ごとに、この場の均衡が削られていく。


 観音丸は肩で息をした。


(目の前で仲間が倒されているのに、何で引かないの......?)


 答えは、すぐに知れた。


 引けないのだ。

 後ろが詰まっている。

 押されるまま、前へ出るしかない。


 それは洪水に近かった。

 観音丸は片洞門の上空で、ふらりと揺れた。

 薙刀を握る手が、わずかに震えている。


 瀞具法師の後ろでは、一人、また一人とその場へへたり込んでいく。

 丸太を押す腕は足りない。

 押し返す力は、目に見えて落ちていた。


 なお動いている者は、観音丸と瀞具法師を除けば、ほんの数人しかいない。


 それでも怪物は減りきらない。


 四体目が洞門の奥へ顔を突っ込み、閉じた口のまま低く唸った。


 その後ろで、五体目が枝を上へ伸ばす。

 さらにその後ろで、六体目、七体目が押し寄せる。


 観音丸は乾いた唇を舐めた。


(もう、長くは保たない)


 郷や郡の軍勢が着くとしても、あとどれほどかかるのか分からない。

 少なくとも、それまでここが持たねば、下は終わる。


 ガシャン......

 ガシャン......

 ガシャン......


 地響きは、むしろ先ほどより近く、大きくなっていた。


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