三粒目 雉と、鳴かずばよかった
雉が山道を歩き続けていたのは、特に目的があったわけではない。
桃太郎の屋敷を離れた夜から、雉はただ歩いていた。
鳥なのだから飛べばよいのだが、鬼ヶ島の戦いで右の翼を痛めて以来、長距離の飛行ができなくなっていた。
短い距離なら飛べるが、それも以前のような滑らかな飛び方ではなく、どこか頼りなく地面に近い高度しか取れない。雉は地を歩くという経験を、桃太郎の供をするまで知らなかった。
地面はどこも均一ではなく、湿った場所もあれば、石が露出した場所もあり、虫に足を噛まれることもある。
空を飛ぶときには気にしなくてよかった疲労が、毎日少しずつ雉の身体に積もっていった。
そうして山をいくつも越えた末、雉が辿り着いたのは、信濃の犀川という大きな川の畔にある小さな村だった。
その村が貧しいことは、入り口の藁葺き屋根の傾きを見ただけで察しがついた。
畑は痩せ、子供たちの着物は何度も継ぎ当てられ、川沿いの土手には毎年の氾濫で削られた跡が深く刻まれている。
雉は村外れの林に身を寄せ、しばらくその土地の様子を眺めていた。
鬼ヶ島へ向かう途中で通り過ぎた村々と、似ているようで違う。鬼の脅威こそないが、別の種類の重い雰囲気がこの村には漂っていた。
ある夕方、雉が枝に止まっていると、村の端の小さな家から、男が畑仕事を終えて戻ってきた。
「お〜い、帰ったぞ〜」
男がそう叫ぶと、家の表で手まりをついていた小さな娘が顔を上げ、嬉しそうに駆け寄った。
父と娘の二人暮らしらしいことは、その光景だけで分かった。母親の姿はどこにもなく、家の中もひっそりとしている。
父親は娘の頭を撫で、何度も「いい子じゃ」と繰り返した。痩せた手と、すり減った笑顔だった。
雉はその家の近くに数日留まった。
なぜ留まったのかは、雉自身にも説明がつかない。
鬼ヶ島へ向かう道で、桃太郎が貧しい村に立ち寄るたびに、雉は枝の上から人々の暮らしを観察してきた。
観察することは斥候の役目であり、敵の所在を見極めるための訓練でもあった。
しかし、この村に敵はいない。
ただ、娘の手まりの音と、その父親咳の音が、雉の耳の中で奇妙に同じ重さを持って響いていた。
その年も、雨の季節が来た。
雉は知らなかったが、娘はその頃から重い病を患い始めていた。
家の中から聞こえてくる咳と、夜更けまで消えない灯りの細さが、体調の変化を雉に伝えていた。
父親は朝早く家を出て薬草を探し、夕方には疲れた背中で戻ってくる。
それでも娘の病は重くなるばかりで、ある晩、雉は父親が家の中で泣いているらしい気配を感じた。
鳥には人の涙は見えないが、肩の落ち方というものは、空からよく見える。
ある夜のことだった。
雉が枝で眠ろうとしていると、家から父親がそっと出てきた。
雨の中、頭巾を深く被り、手には小さな布袋を握っている。
普段の畑仕事の時とは違う、何かを決めた人間の足取りだった。
雉は無意識のうちに首を傾げ、その背中を目で追った。
父親は、村の中心にある大きな屋敷の方角へ歩いていった。
地主の家だ、と雉は察した。
昼間、その屋敷の前を通った時に、米俵と小豆の俵が裏手に積まれているのを見ていた。
雨が降っているとはいえ、夜更けに地主の家へ向かう男の足取りには、訪問とは別の意図が滲んでいた。
しばらくして、父親は布袋を膨らませて戻ってきた。
それを抱えるようにして家の中へ消え、しばらくすると煮炊きの匂いが立ち上った。小豆と米を炊く、甘く、貧しい家には不釣り合いな匂いだった。
雉はその匂いを枝の上で嗅ぎながら、地主の倉から消えたものと、今この家に立ち上る匂いとを、頭の中で結びつけていた。
翌日、地主の家では米と小豆が盗まれたことに気づき、番所へ届けが出されたという話を、雉は村人の井戸端の会話から拾い上げた。
下手人の見当はついていない、と村人たちは話していた。
そして数日後、娘の病は嘘のように回復した。
病が癒えた彼女は、雨上がりの表で手まりをついて遊び始めた。
小さな手で繰り返し地面に弾ませる手まりの音と、口から零れる歌が、雉の耳に届いた。
とんとんとん、オラん家じゃ美味しいまんま食べた。小豆の入った小豆まんま、とんとんとん。
雉は枝の上で凍りついた。
その歌の意味を、雉は瞬時に理解した。
鬼ヶ島で敵の位置を察する斥候として鍛えられた直感は、こうした場面で迷うことを許さない。
地主の倉から消えた小豆と米。
雨の夜の父親の足取り。
家から立ち上った煮炊きの匂い。
そして、無邪気に歌う娘の声。
これらが繋がれば、父親の身に何が起こるかは、雉にはあまりに明白だった。
歌は、村中に届く前に止めなければならない。
雉はそう判断した。判断と同時に身体が動いた。
鬼ヶ島で何度もそうしてきたように、危険を察知すれば鳴いて知らせる、それが雉の唯一の生き方だった。
雉は嘴を開いた。
ケェーン、と鋭い声が雨上がりの空に響いた。
誰に向かって鳴いたのか。
桃太郎はもういない。
鬼もいない。
鳴いて知らせるべき味方というものが、この村のどこにもいなかった。けれど、鳴くことで何かを止められると、鬼ヶ島での成功体験を状況の違うこの村に持ち込んでしまった。
娘の手まり歌は一瞬中断した。
けれどそれだけだ。子供は雉の声に振り向き、空を見上げて、すぐにまた手まりに戻った。歌の続きを口ずさみながら。
問題は、別のところで起きていた。
雉の鳴き声を聞いて、畑から顔を上げた村人がいた。手を止めて、声の方角を眺めた。
そうして耳が空いた一瞬に、娘の歌詞がはっきりと聞こえてきた。
小豆まんま、と歌う彼女の声が、村人の頭の中で、地主の倉から消えた小豆と結びついた。
その村人は、しばらく考え込み、それから鍬を肩に担いで、村長の家の方角へゆっくりと歩き出した。
雉は枝の上で、自分が何をしたかを理解した。
歌は、雉が鳴かなければ、村人の耳をすり抜けていたかもしれなかった。
少なくとも、その瞬間にあれほど明瞭には届かなかった。
雉の鋭い一声が村人の意識をいったん遮断し、その遮断が解けた直後に空いた耳の隙間へ、ちょうど彼女の歌詞が滑り込んでしまった。
鬼ヶ島で訓練された斥候の鳴き声は、皮肉なことに、この村ではただの引き金として機能した。
その夜、役人が父娘の家へやって来た。
ドンドンドン、と戸を叩く音が雉のいる枝まで届いた。
父親は抗わなかった。
娘の頭を撫で、「じき戻る」とだけ言って役人に従って出ていった。
娘は泣きながら追いかけたが、父の背中はやがて夜の道に消えた。
雉は飛ばなかった。飛ぶことができなかった。
痛めた翼のせいではない。
何かを為したという自覚が、雉の身体から動く力を奪っていた。
数日後、犀川の氾濫を鎮めるための人柱として、父親は土手に埋められた。
たった一握りの米と小豆を娘のために盗んだ、それだけの罪の代償としては、あまりに重い。
同情する村人も多かったが、雨は止まず、川は今にも溢れそうで、儀式は止められなかった。
娘は父親の死を知ってから、泣き続け、やがてぷっつりと声を発さなくなった。
雉は、その村を離れられなかった。
離れる理由がなかった、というよりは、離れることが許されないと感じていた。鬼ヶ島で覚えた「鳴いて知らせる」という生き方が、この村で人を一人殺した。
その事実から逃げる権利は、自分にはないと雉は思った。
何年も経って、娘は少女から女性になり、それでも口をきかないままだった。
ある日、雉は林の中で羽を休めていた。
年を取り、翼の傷も完全には癒えず、もう長くは生きられないことを自分でも感じていた。
そこへ、銃を持った猟師が通りかかった。
雉は逃げなかった。
逃げる気力がなかったのか、逃げる必要を感じなかったのか、自分でも判別がつかなかった。
雉は、最後にもう一度、鳴いた。
今度は誰かに知らせるためではなかった。
役割としてでもなかった。
ただ、自分がここにいたという証を、声として残しておきたかった。それだけだった。
ケェーン、と短く響いた。
猟師が振り返り、銃を構え、引き金を引いた。
雉は撃たれて、草むらの中へ落ちた。
猟師が落ちた雉を探して草むらをかき分けたとき、そこには、撃たれた雉を抱きかかえる女性が立っていた。
何年も口をきかなかった娘だった。
彼女は冷たくなった雉の体をそっと胸に抱き、長い沈黙の末に、初めて声を発した。
「雉よ。お前も鳴かずば、撃たれまいに」
娘がその言葉に、自分の手まり歌のことを重ねていたのかどうか、雉にはもう確かめようがなかった。
ただ、その腕の中で雉は最後にひとつだけ理解した。
鳴くという行為が誰かを救うこともあれば、誰かを破滅させることもあるという、当たり前すぎて、鬼ヶ島では一度も考えなかったこと。
鳴くことを役割としか思ってこなかった自分にとって、その理解は遅すぎた。
娘は雉を抱きかかえたまま、林の奥へ歩いていった。そして、それきり彼女の姿を見た者は誰もいなかった。
ただ、娘の最後の言葉だけが後の世に諺として残った。
雉も鳴かずば撃たれまい——その言葉の中に、桃太郎のお供だった一羽の鳥の名前は、もう含まれていない。




