最後の一粒 桃太郎の見なかったもの
桃太郎は長く生きた。
鬼退治で持ち帰った宝のおかげで一家は豊かになり、桃太郎自身も村の名士として認められ、やがては村長の座に就いた。
妻を娶り、子を成し、孫の顔も見た。
鬼に襲われる恐れがなくなった村は穏やかに発展し、田畑が広がり、街道が整い、隣村との行き来も盛んになった。
桃太郎の名は近隣に知られ、旅の僧や物書きが訪ねてきて、鬼退治の顛末を書き残していった。
記録は写され、語り直され、子供たちの寝物語として広まっていった。
しかし、語り直されるたびに、物語は少しずつ簡略化されていった。
最初の頃の記録には、犬がどう戦い、猿がどう立ち回り、雉がどう斥候を務めたかが具体的に書かれていた。
それが時代を下るにつれて、お供たちの働きは「犬と猿と雉を連れて」という一行に集約され、最後には「お供の動物を従えて」とだけ記されるようになった。
動物たちが個別の存在ではなく、桃太郎の付属物としてのみ機能する役どころに、いつの間にか整理されていったのだ。
整理した者の悪意ではなく、語り継ぐ過程で起こる自然な現象だった。
桃太郎自身が、お供たちのその後を気にかけたことは、生涯を通じて数えるほどしかなかった。
最初は鬼ヶ島から帰った翌年の春、畑仕事を見守りながら「あの犬は元気だろうか」と呟いた。
そのときは隣にいた妻が「飼い主のじいさんのもとへ戻ったと聞きました」と答えた。
桃太郎は「そうか」と頷いて、それきり犬の話はしなかった。猿と雉については、消息を知る者がいなかったので、桃太郎の中でも次第に思い出す機会が減っていった。
二度目は壮年の頃、村祭りで子供たちが鬼退治の遊びをしているのを縁側から眺めていたときだ。
子供たちは犬と猿と雉の役を奪い合っていた。
桃太郎は微笑みながら、ふと「あの三匹は今頃」と考えかけたが、その思考は祭りの賑わいに紛れて続かなかった。
最後は臨終の床である。
咳が続いた冬の終わり、桃太郎は布団の中で天井の節を見上げていた。
家人が代わる代わる枕元に座り、医者が薬湯を運び、孫たちが泣いていた。
意識が遠くなったり戻ったりする狭間で、桃太郎は不思議とあの三匹のことを思い出した。
きびだんごを差し出したときに、犬が尾を振った仕草。
猿が甘いものを警戒する素振りも見せずに受け取った口の動き。
雉が頷きながら羽を一度だけ大きく広げた姿。
それぞれの細かい仕草が、ずいぶん長い間しまっておいた箱の中身のように、急に鮮明に蘇ってきた。
あの三匹は、今頃どこで何をしているのだろうか。
問いかけは口に出さず、家人に確かめさせるほどの力も残っていなかった。
仮に確かめさせたとしても、消息を知る者は誰もいないだろうということを、桃太郎はどこかで察していた。
あれだけの旅をともにしておきながら、別れの言葉の一つも交わさなかったことに、今になって初めて気づいた。気づいたが、もう遅かった。
やがて咳が止まり、桃太郎の呼吸も止まった。
家人の泣き声が遠くなり、そのまま意識は戻らなかった。
犬は花咲か爺の物語の中で、じいさんの恩に報いた美しい犬として記憶された。
ただし、その犬が鬼退治の供であった事実は、花咲か爺の話のどこにも書かれていない。
鬼ヶ島で身につけた力をどのように畑の隅で使ったのか、その繋がりは語り継がれずに、二つの物語は別々の流れとして広まっていった。
猿は猿蟹合戦の物語の中で、悪役として名を残した。
栗と臼と蜂と牛糞の知恵によって討たれた猿は、子供たちの寓話の中で、欲深く愚かな存在として描かれ続けた。
鬼を倒した英雄の供であったことは、猿蟹合戦の語り部の誰一人として知らない。
同じ一匹の猿が、英雄譚と懲悪譚の両方に登場していると気づく者は、ついに現れなかった。
雉は諺の中で名を残した。
雉も鳴かずば撃たれまい——その言葉は「不用意な発言が身を滅ぼす」という教訓として広く使われるようになった。
雉が誰のために鳴いたのか、何を守ろうとして死んだのかは、諺からはもう読み取れない。
雉の死は、ただ教訓を後世に提供するための題材として扱われた。
三匹の行動は、それぞれ別の物語の中にも書かれた。
しかし、その全てが桃太郎の供であった一匹であるという事実は、どこにも書き残されなかった。
犬は能動的に動いた。
鬼退治で身につけた力を、自分の意志で正直じいさんのために使った。
猿は驕った。
鬼退治で得た自信を、自分よりも弱い相手に振り向けた。
雉は鳴いた。
鬼退治で果たした役割を、状況の違う場所で繰り返してしまった。
桃太郎の物語は、鬼退治で終わる。
お供たちの物語は、そこから始まり、それぞれの場所で別々に閉じた。
桃太郎が一人で英雄であり続けるためには、三匹のその後は語られないままでいる必要があった。
語られないことが、彼らに与えられた最後の役割だったのかもしれない。
今夜もどこかで、桃太郎の話が語られている。
犬は忠実で、猿は機転が利き、雉は勇敢だった——そう語られて、物語は鬼退治で終わる。
その先で何が起きたかを知る者は、語り部の中には、もう一人もいない。




