Episode28ー報告
「心配ないわ。ルーカスの爵位を継ぐうえでの一番の懸念事項が、貴方と離れることだったのよ」
「えっ」
アナスタシアの言葉に驚き、ヴィオレッタは信じられないと言う顔でルーカスを見た。ルーカスは困ったように眉を下げる。
「出生に関する懸念も本当です。僕が爵位を継ぐことに納得できない貴族は、少なからずいるでしょうから。そんな心配があるなか、貴方と離れてまで爵位を継ぐ気概は僕にはありませんでした」
唐突にフロストハイム公爵が立ち上がる。
「よし。お前の決意が変わらぬ内に、陛下に報告してこよう」
ルーカスも立ち上がった。
「僕はクロイツ公爵へのご報告へ手紙をしたためなければ」
「落ち着きなさい二人とも。夜なのですよ。明日になさい」
アナスタシアの咎める声に、公爵とルーカスはしおしおと席に座る。
「まったく。二人揃って外堀を埋めようとして。こんな所ばかり似るのだから…」
アナスタシアがため息と共に言うので、ヴィオレッタは微笑った。ルーカスも納得のいってない顔をしている割には、機嫌が良さそうだ。
◇
翌日、公爵は朝一番に皇城へ出かけていった。ルーカスは自室でヴィオレッタの父に手紙を書いているのかと思いきや、エドガーに誘われて鍛錬場で組み手に付き合わされていた。差し入れを持っていくと、エドガーに笑顔で感謝された。『これで俺は騎士団に専念できる』と。
午後からはアナスタシアとお茶会をした。ルーカスは、公爵が皇帝へ婚約と継承権の報告へ行くと、すぐに皇城へ呼ばれたようで、正装して出て行った。
「そう。明日にはエヴァリスへ帰ることにしたのね」
アナスタシアが少し寂しそうに言った。
父への婚約の報告を手紙で済ませることに抵抗があり、日にちを前倒しして帰国することにしたのだ。
「寂しいわ。次はいつ来れそうなの?」
「アカデミーの夏季休暇にまた伺いますね」
ルーカスはあと半年の間、クロイツ公爵家の執事を続けるそうだ。フロストハイム公爵はすぐにでも後継者教育を始めたい勢いだったが、ルーカスが問答無用で却下した。クロイツ公爵との約束の五年間は、きっちり執事を全うしたいと主張した。ヴィオレッタは今の休暇が明けると、アカデミーの最終学年が始まる。卒業したら、しばらくエヴァリスとフロストハイムを行き来することになるだろう。
「ヴィオレッタがフロストハイムへ嫁いでくれたら、フローティアと親族になるのね。でも、フローティアから貴方を奪うようで申し訳ないわ。今まで以上に頻繁に来ていいからねと伝えてくれる?」
「はい」
ヴィオレッタは笑顔で頷き、次の夏季休暇は母と来ようと考えた。
◇
――夜。ヴィオレッタは客室の窓を開けていた。すると、外から蹄の音がかすかに聞こえた。馬車が帰って来たのだ。すぐに部屋から出てエントランスへ向かう。
「ルーカス」
「お嬢様。起きてらしたのですか?」
「ええ。おかえりなさい」
ルーカスは震えて何かを噛み締めている。
「お出迎えはとてもうれしいのですが、薄着ではありませんか?」
ルーカスの小言を聞こえない振りをして躱し、ヴィオレッタは詰め寄った。
「皇帝陛下とお会いしたの?婚約、反対されなかった?」
ヴィオレッタが恐る恐る聞くと、ルーカスは短く笑い、首を振った。
「されてませんよ。陛下に報告と、後は皇太子殿下にお会いしてきました」
そういえば、皇太子殿下の容態はどうなのだろう。今まではあまり聞いてはいけない気がして、詳しく聞けなかった。
聞くか迷い、ちらりと見上げるとルーカスは微笑んだ。
皇城で何を言われたのかも気になったから待っていたのだが、もう一つ大きな理由がある。ルーカスが皇帝に謁見する為に正装をしていたからだ。エヴァリスではもちろん、こちらに来てからも見ていない。
黒を基調とした格式高い礼装に身を包み、銀色の髪を整えた姿は、普段にも増して端正で美しい。胸元に光るラピスラズリのブローチは、気のせいかもしれないがヴィオレッタの髪色とよく似ていた。
ヴィオレッタがうっとりと見つめていると、ルーカスが首を傾げた。
「お嬢様?」
ヴィオレッタは慌てて我に返った。
「あ、と……皇太子殿下のご様子はどうだったのかなと……!」
聞いてしまった後で、もし深刻な病状ならば自分に話せる訳がないと後悔した。しかしすぐにルーカスは答えてくれた。
「そうですね。皇位を兄上に譲ることになり、心労が減ったからか、調子はとても良さそうです。今回は時間がありませんでしたが、次に帝国に来る際には一緒に会いに行きましょう」
「ええ」
ヴィオレッタは安堵して頷いた。話を聞く限り、ルーカスと皇太子殿下は仲が良いのかもしれない。だが次の一言でヴィオレッタは固まった。
「陛下もお嬢様に会わせてほしいと仰っていました」
「えっ……」
畏れ多い。すごく畏れ多いのだが、ルーカスと……帝国の次期公爵と婚約を結ぶのならば、この先こういう機会は増えていくだろう。
「心配せずとも、陛下は恐ろしい方ではありません。僕も一緒に行くので大丈夫ですよ」
顔色を曇らせたヴィオレッタにルーカスが優しく言った。
「僕は、クロイツ公爵へのご報告の方が恐ろしいです」
遠い目をしてルーカスが言った。ヴィオレッタはルーカスを同じ言葉で慰めた。
「私も一緒に行くから、大丈夫よ」
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次回、閉話でございます。




