Episode26ー自覚と侮辱
「お父上が嫌いって……どうして?」
「父の事は覚えていませんが、母の最期は覚えています。一国の皇女だった人が、やつれて、手はあかぎれだらけでした。父が、母を愛していたのかは分かりませんが……分不相応な者を求めると、相手まで破滅させてしまうこともあるのです」
淡々と言うルーカスの横顔を見つめる。いつもと変わらぬ表情で少し俯いているその姿を見ると、何故か胸が痛んだ。
「父の事もあり、僕の爵位継承には上位貴族の重鎮からは反対の声が多いのですよ。お嬢様も、僕との噂が広まってほしくはありません」
自分を卑下するかのようなルーカスの言い方に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
「私はルーカスと噂になっても困らないし、嫌ではないわよ」
避けられて、拒絶されるような発言をされて、こんなに憤りや寂しさが湧いてくるのはルーカスが好きだからだ。
ヴィオレッタは挑むような視線をルーカスに向けた。
ルーカスがヴィオレッタの視線に戸惑うように目を逸らす。
「いけません。お嬢様は公爵家のご令嬢です。軽率な発言はおやめください」
(な、なんですって?軽率?)
なんとなくルーカスへの恋心を自覚して、ヴィオレッタだって悩んだのだ。悩んで、一時は諦めて王国へ帰ろうと思ったが、それでもヴィオレッタはやはりルーカスへの思いは消すことが出来なかった。
自覚して、自分自身で認めて、芽生えたばかりのものなので、熱烈な恋情とは言えないが、軽率などと跳ね除けられて納得出来るものではない。
「軽率じゃないわ」
ヴィオレッタが怒気を込めて言い切ると、ルーカスは更に戸惑った。
「お嬢様が軽率な方でないのは分かっています。母のようになってほしくないので、要らぬことを言いました」
「……?」
いまいち話が噛み合わない。ルーカスと噂になっても嫌ではないと言っているのに、それについて触れないのは、ヴィオレッタをそういう対象として見ていないからなのだろう。
(まぁ。まだ私がルーカスに想いを寄せているなんて、思いもしていないのね)
「でも、アウレリア様は恋愛結婚をなされたのでしょう?皇族や上位貴族ではなかなか成し得ないことだわ」
やり方に問題はあったのだろうが、想い人と結ばれたのだ。
しかしルーカスは自嘲するように言った。
「母も愚かな人です。見目だけの父に惹かれて市井へくだるなんて」
ルーカスの言葉に殴られたような衝撃を受けた。自分に言われた訳ではないし、ルーカスに惹かれたとて市井へくだるわけではない。しかし今のヴィオレッタには自分に言われたようだった。悲しいやら腹が立つやら、ヴィオレッタはルーカスから離れて踵を返した。
「今日は別々に帰りましょう」
そう言い、馬車に向かうと、ルーカスに慌てて腕を掴まれた。
「お待ちください。今日は護衛が少ないのです。危険です」
急にそっぽを向いたことに動揺してか、ルーカスの目に焦りの色が浮かんだ。どうして急にヴィオレッタが怒ったのか分からず、狼狽えているように見える。
「放してちょうだい。今は貴方の顔を見たくないの」
「……!それは僕がやっぱり平民の息子だから…」
「……!」
思いっきり手を振り上げた。
バチッ!
乾いた音が夜空に響く。
「うっ」
叩かれた方は呆然として固まり、叩いた方は痛みで眉を顰める。
ルーカスはハッとしてヴィオレッタの叩いた右手を慌てて開く。
「い、痛くなかったですか?」
平手打ちをしてジンジンと痛む手を、ルーカスに摩られてさらに痛む。ヴィオレッタは喚くように言った。
「痛いわよ!貴方の頬、固すぎじゃなくて?」
「すいません」
いやいや、何故叩いた方が怒って叩かれた方が謝っているのか。ヴィオレッタは落ち着こうと深呼吸した。
「ルーカス。頬が硬い事は謝らなくていいから、私を侮辱した事を謝ってちょうだい」
ルーカスは顔を上げた、一瞬目が合ったがすぐに逸らされた。
「はい……申し訳ありませんでした。お嬢様は身分で人を選んだりする方ではありません」
所在なく下を向き、ヴィオレッタが叩いた左頬は少し赤くなっている。ヴィオレッタも心から謝った。
「私も、叩いてごめんなさい。痛かったわよね……」
「いいえ。まったく。それに関してはお嬢様の手の方が心配です」
急にはっきりと言うので、拍子抜けしてしまう。
「じゃあ何をそんなに落ち込んでいるのよ?」
「それは……」
言いにくそうにもごもごと、ヴィオレッタはまた手を翳した。
「早く言いなさい。また叩くわよ?」
「それは止めてください。お嬢様の手が腫れてしまいます」
ルーカスに腕を掴まれて止められた。
(何の心配をしてるのよ)
「ええと、では何故先ほどは怒っていたのでしょう。顔も見たくないとは……」
ルーカスをじろりと睨む。
「貴方がわたしを馬鹿にしたからよ」
「えっ僕がいつ?」
ルーカスは心底驚いている。自覚がないのは分かっていたが、ルーカスの言葉に傷ついたのだ。
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