Episode24ー夜会にて
「エヴァリスでは皆、ヴィオレッタ嬢のように美しい髪をしているのですか?」
「その神秘的な髪色、思わず魅入ってしまいます」
「ヴィオレッタ嬢は――……」
(うーん。どうしようかしら)
先程まで、ご令嬢達と流行りのドレスについて盛り上がっていたはずだが、いつの間にか軽薄そうな令息達に囲まれている。
気付いた時にはもう集まっていたので、先ほどの様にヴィオレッタがフロストハイム公爵家の客人であることを彼らは知らない。
(ここで急に自己紹介を始めたら不自然よね?)
とはいえ酒の匂いもする彼らと、このまま話し込む訳にはいかない。
俯いた拍子に、髪が一房さらりと頬にかかった。どうこの場を切り抜けようかと思案していたヴィオレッタは、隣に座る令息がその髪に手を伸ばしたことに気付かなかった。
「うっ?!」
令息の小さなうめき声と、下げた視線の先に自分の前に立った男の靴先が見えた。
ぱっと顔を上げると見知った顔が、恐ろしく冷ややかな表情で立っている。
「ルーカス?」
ルーカスの手は隣の令息の腕が掴んでいる。どのくらいの強さで掴んでいるのかは分からないが、掴まれた令息の顔が苦痛に歪んだ。
「ふ、フロストハイム公子?」
たじろぐ令息にルーカスは言った。初めて聞く冷たい声音だ。
「この方はフロストハイムの大事な客人です。気安く触れることは許されませんよ」
周りの若い令嬢達がざわつき始めた。
「まぁ。ルーカス様よ。帰国されたのは聞いていたけれど、相変わらず端正なお顔立ち……!」
「帰国されていたのね。さらに凛々しくなられているわ」
「婚約者を他国から連れ帰ったと聞いたけれど、あの方が……?」
最後に聞こえた言葉には驚いたが、それよりもまずヴィオレッタは慌てた。
(どうしてここにルーカスが?男性に囲まれて、困っているように見えたのかしら?)
とりあえずルーカスに腕を掴まれている令息が可哀そうだ。
「この方達とはお話をしていただけよ。放してあげて」
力を緩めたのか、腕を掴まれた令息が力づくで振り払った。
一触即発のムードだ。フロストハイム公子に強い態度に出れる令息はこの場にいないはずだが、なんと腕を掴まれた令息はルーカスを睨んでいる。アナスタシアの代理で来たパーティーで騒ぎを起こしたくはない。
ルーカスと共に早くこの場を立ち去ろうとしたが、ヴィオレッタが立ち上がるより早く、一人の令息が口をにやりと浮かべて言った。
「お久しぶりですね公子。帰国されていたとは。美貌に磨きをかけられて、ますます数々の浮名を流したお父上のようですね」
その言葉に周囲にぴりっとした空気が走った。近くにいた年配の貴族が息を呑む。ヴィオレッタはこの令息がタブーを口にしたのだと分かった。ルーカスの表情も凍り付いている。
異様な空気を察してか、奥から令息の父親やしき男性が青い顔で駆け寄ってきた。
「……!フロストハイム公子!いらしてたのですね。うちの息子が何か粗相でも……?」
背筋が冷やりとするような形相で立ち尽くしていたルーカスがヴィオレッタに一度視線を向けた。そして短く息を吐き、無理やり微笑を張り付ける。
「ロックス伯爵。夜会に母を招待していただきありがとうございます。ですが、令息の教育がなっておらぬようですね。フロストハイムを侮辱する発言、ひいては皇室の緘口令を破る発言……令息も子供ではないお歳ですし、どう処罰いたしましょう?」
ルーカスが低い声でつらつらと言うと、ロックス伯爵の顔色が蒼白になった。
(夜会の主催者だったのね……)
ロックス伯爵は慌てて令息の肩を押さえ、跪かせた。令息は皇室の名が出た時点で震えあがり、父親に促されるまま頭を下げた。
「も、申し訳ありません……!教育不足でした……!陛下への口添えは、なにとぞご容赦を……!」
ロックス伯爵は息子の頭を無理やり地面に押し付けた。ルーカスは冷ややかな目で見下ろしている。
「やめてください。お嬢様に暴力的な場を見せたくはありません。正しく教育し直すのであればそれでいいです」
そう言い捨てると、ルーカスの腕がするりとヴィオレッタの腰に回った。
「帰りましょう。お嬢様」
いつもより距離の近いエスコートに、逃げることも叶わない。
(あんなに避けておきながら距離が近すぎるわ……!)
ヴィオレッタは狼狽えながらも、周囲から向けられる刺すような視線に耐え切れず、ルーカスに促されるまま会場を後にした。
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