Episode23ー夫人の憂い
次の日、朝食は部屋でとった。今日もいないかもしれないが、ルーカスと一緒に朝食をとれそうにない。
朝食を済ませ、ぼんやりと外を眺める。
コンコン。
「ヴィオレッタ。少しいいかしら?」
アナスタシアが訪ねてきた。
「今日は何か予定はあるのかしら?また、護衛をつけましょうか?」
ヴィオレッタは首を振った。
「ごめんなさいね。ルーカスがいないから、時間を持て余すわよね。明日はいるように言っておくから……」
アナスタシアに気を使わせてしまい、申し訳ない。
「いえ、いいんです。私、少し早めに帰国しようかと思っております」
どうしても声のトーンが下がってしまう。アナスタシアが眉をしかめた。
「あら、どうして?ヴィオレッタ……何かあったの?」
いきなり帰ってはアナスタシアも不審に思うだろう。ヴィオレッタは打ち明けた。
「昨日、アナスタシア様とルーカスの会話を聞いてしまって……申し訳ありません。ルーカスが私を避けているなら、早めに帰国したほうがルーカスも落ち着けると思いまして」
「まぁ……!昨日の会話を聞いていたのね……あの子も、貴方が嫌で避けているのではないのよ」
アナスタシアの言葉に、ヴィオレッタは曖昧に微笑った。
(そうかしら?嫌でなくては、何故避けると言うの)
「とはいえ、貴方の時間をこれ以上奪うのも良くないわ。男がグズグズ考え込んでいる合間に、女性の華の時間が減ってしまってはもったいないもの」
アナスタシアが何を言っているのかわからないが、考え込むように左手を顎に添えている。
「そうね。今日の夜会、ヴィオレッタに行ってもらおうかしら。少し夜会が続いて疲れているのよ。私の代理と言うことでお願いできないかしら?」
「え?夜会ですか?それはかまいませんが……」
「ありがとう。今日の夜会は格式張っていないから、エスコートのパートナーもいらないわ。気分転換になるはずよ」
◇
ヴィオレッタは言われるがまま、アナスタシアの用意してくれたドレスに身を包み、頼まれた夜会に参加した。パートナーを伴わず夜会に参加するのは初めてだ。エヴァリスでも夜会は数回しか参加したことがない。ベルナントはエスコートしてくれないので、父のクロイツ公爵のエスコートでだ。
(アナスタシア様は顔を出してしばらくしたら帰っていいと言っていたけれど……)
せっかくヴィオレッタ好みの、甘めだが大人っぽくもあるデザインのドレスに、テーブルに並んだスイーツ。軽快な音楽。少し楽しんでもいいかもしれない。
「失礼、美しいご令嬢。お一人ですか?」
赤茶色の髪のさわやかな令息から声をかけられた。
「ええ」
夜会は出会いの場でもある。少し警戒したが、アナスタシアとの会話を思い出す。
『今日の夜会は出会いの場というより、事業家達のパーティーなの。情報交換の場なのよ』
『そのようなパーティーに私が参加してもよろしいのですか?』
『ええ。今日は若い世代をターゲットにしている事業の人達が多く来るから、聞かれたら何か答えてあげて。話を聞くだけでも面白いわよ』
「フロストハイム公爵夫人の代理で参加致しました。実のあるお話は出来ませんが、若い女性の意見として、参考になれればと思っております」
ヴィオレッタは先にアナスタシアの名前を出して自己紹介をした。公爵夫人の知人に礼儀を欠くような者はいないだろう。
「ああ。貴方が。公爵夫人から聞いております。エヴァリス王国からの客人を預かっていると。ちょうどエヴァリスで考えている事業がありまして、今エヴァリスの女性たちで人気の、香料付きの石鹸なのですが……」
「まあ。やはり貴方はエヴァリスの方なのですね。珍しい髪色でしたから気になっておりましたの。わたしもエヴァリスのお話が聞きたいですわ」
若い令嬢達も集まり、ヴィオレッタはしばし会話を楽しんだ。
―同刻、フロストハイム公爵邸にて―
「あら。今日は早く帰れたのね?」
アナスタシアが皇城から戻ったルーカスを出迎えていた。
「母上が早く帰れとおっしゃったのでしょう。ところで、お嬢様を知りませんか?部屋にいないようなのですが」
「もう部屋を見てきたの?どうしてそんなに気にしているのに、避けていたりしたのかしら。ヴィオレッタは今邸宅にはいませんよ」
アナスタシアの言葉にルーカスが目を見開く。
「――は?なぜです?まだ街へいるとでも?もう外も暗くなっているというのに」
身を翻しエントランスへ向かおうとするルーカスに、アナスタシアは短く息を吐いた。
「どこへ行くのです。街ではありません。ヴィオレッタは私の代理で夜会へ参加しています」
ルーカスがぴたりと固まる。
「……夜会、ですか?お一人で?」
アナスタシアが冷ややかに答えた。
「ええ。何か問題でも?ヴィオレッタも婚約がなくなったのだから、新たなお相手を探さなければならないでしょう?」
ルーカスが固い声で言った。
「どこの夜会ですか?」
「教える必要がありますか?」
アナスタシアの質問にルーカスは答えず、エントランスを出て行った。
「――ふう。全く。少し荒療治じゃないと動かないのだから……」
アナスタシアは不機嫌に出て行った息子の背中を見送り、ため息を吐いた。
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