Episode20ー次男と三男
「申し訳ない、ヴィオレッタ嬢。私は急ぎの仕事が残っているからこれで失礼するよ」
フロストハイム公爵は、ヴィオレッタには穏やかに言ったが、ルーカスの後ろを通る際の声音は少し低かった。
「ルーカス。そんなに猶予はない。一週間で結論を出しなさい」
公爵の言葉に、ルーカスが手を握りしめたのが見えた。
「ルーカス……」
「何でしょう?」
ヴィオレッタが声をかけると、ルーカスは微笑んだ。しかしいつもより笑顔が固い。フロストハイムの問題に、ヴィオレッタが口を出すわけにはいかない。
「何でもないわ。ケーキも美味しいわね」
ヴィオレッタはケーキを食べることに集中した。
◇
翌日の朝、もやもやしたまま早めに目が覚めてしまった。中庭を散歩していると、鍛錬場から声が聞こえた。
ルーカスかもしれないと近づいてみると、木剣を構えて対峙するルーカスとエドガーの姿があった。
手に持っているのは木剣だが、二人の間には真剣のような緊張感があった。
声をかけるのは憚られ、ヴィオレッタは少し離れた場所から二人を見守った。
二人の間に木の葉が舞い降りた。するとどちらかともなく振り被り刃を合わせた。木剣なので、木と木がぶつかる打撃音が辺りに響く。
剣術のことはさっぱりだ。加えて二人の動きが速く激しく、時折目を逸らしてしまう。しかし素人目から見ても優勢なのはエドガーだった。
ルーカスが剣を横に大きく薙いだ。エドガーがそれを悠々と躱して言った。
「鍛錬を怠ってないか?動きが鈍くなってるぞ」
「兄さんのように毎日は出来ません。ここまで付いて行ってるのですから、むしろ褒めてほしいですね」
エドガーが木剣を両手に握り直し、風を引き裂きながら振り下ろした。
ルーカスより頭一つ大きく、身体の厚みも筋肉量も上回る相手の一撃を喰らうとどうなってしまうのか。ヴィオレッタは怖くなり思わず叫んでしまった。
「ルーカス!」
ルーカスはエドガーの一振りをぎりぎりで避けたところだった。にも関わらず、ヴィオレッタの声にすぐに反応し、こちらを見た。エドガーが素早く動き、木剣を振り上げる。
(あたる……!)
ヴィオレッタは思わず目を閉じてしまった。当たった打撃音はない。すぐに目を開き前を見ると、エドガーがルーカスの額すれすれで木剣を止めていた。
「一本。俺の勝ちだな」
「元より僕と兄さんでは勝負になりません」
ヴィオレッタはへなへなとその場に座わり込んだ。ルーカスが慌てて駆け寄った。
「お嬢様、怖かったですか?ただの訓練なので大丈夫ですよ」
「ただの訓練ではないぞ。約束通り、お前が負けたからフロストハイムはお前が継げ」
後からエドガーがとんでもないことを言っている。ヴィオレッタは青ざめた。
(えっ……!そんな重要な決闘だったの?それを私は邪魔してしまった)
血の気が引くヴィオレッタを見て、ルーカスはエドガーを睨んだ。
「兄さん、冗談もほどほどにしてください。お嬢様がショックを受けているじゃありませんか」
(冗談?)
「俺は冗談のつもりはなかったんだが。そろそろ腹を決めたらどうだ。問題を先延ばしにしても良いことなどないぞ」
エドガーの飄々とした物言いは、公爵と似たものを感じる。
(ルーカス……エドガー様のことも苦手そうね)
「兄さんがそれを言いますか。貴方が継げば丸く納まることでしょう」
ルーカスがいらいらと言う。
「はは、俺は領民を苦しめたくはないんだ。お前ならフロストハイムを発展させ、今より更に豊かに出来る。お前も分かってるだろう?」
「……」
ルーカスは無言で返した。エドガーは更に言った。
「俺は自分を能がないとは思っていない。自分の能力に合った場に行くだけだ」
「……」
ルーカスが黙り込むと、エドガーは短く息を吐きヴィオレッタに向き直った。
「ヴィオレッタ嬢。昨日、街で私の婚約者のリュシエンヌと友人がご迷惑をおかけしたようで、謝罪せねばと思っておりました」
(そう言えばリュシエンヌさまの婚約者と言っていたわね)
「いえ。リュシエンヌ様にはご迷惑はかけられておりません。友人のナタリア嬢のことは……私ではなく、ルーカスが大変そうでしたわ」
ヴィオレッタが正直に言うと、エドガーは目を瞬いた。
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