Episode19ー譲らない二人
ゆっくりと地面に降ろされたものの、足元がふらつく。慌ててルーカスが手を差し出した。
「父上……!以前も子供を高い高いして泣かせたのを忘れたのですか」
「すまない…!会えたのが嬉しくて、ついな」
「二メートル以上に持ち上げられて、怖くないはずがないでしょう!お嬢様が泣いたらどうするつもりだったんですか!」
目の前で言い争いをしている親子をなんとか止めたいものの、足が小鹿のように震えていて、それどころではなかった。
(私が原因で喧嘩なんてしないでちょうだい……!ルーカス、私は子供じゃないから泣かないわよ)
「――ふぅ」
短く息を吐き、呼吸を整えた。先ほどから口を開かないアナスタシアに視線を向けると、呆気にとられた表情をしている。アナスタシアの向かいに座っている、兄二人も同じ表情だ。
「まあ……!ルーカスがこのように大きな声を出しているのを初めて見たわ」
アナスタシアが言うと、兄達も頷いている。
兄の一人が立ち上がった。おそらく長兄だろう。アナスタシアとそっくりだ。
「初めまして。ヴィオレッタ嬢。父が失礼を致しました。レディに対してあってはならない振る舞いでした。私はルーカスの長兄のレオナルドと申します」
続いて次男も立ち上がる。
「私は次男のエドガーです。私からも謝罪させてください。」
(エドガー様は髪色はアナスタシア様だけれど、そのほかは公爵様に似ていらっしゃるわ……)
公爵とエドガーは他の兄弟に比べて頭一つ分大きい。二人の令息に頭を下げられ、ヴィオレッタは慌てた。
「そんな、恐れ多いことでございます。私はヴィオレッタ・クロイツと申します。どうか頭を上げてくださいませ」
長兄のレオナルドは先ほどの話だと、次期皇太子ではないか。頭など下げさせて良い身分ではない。
「そうですよ。当人が頭を下げれば良いのです。特にレオナルド。貴方は気軽に頭を下げてはなりません」
アナスタシアがそう言うと、レオナルドは気まずそうに頭を上げた。
「――父上」
ルーカスが冷ややかな声で言うと、公爵は豪快に笑った。
「ははは。私も気軽に頭を下げれない立場なのだがね。しかし申し訳なかった。ヴィオレッタ嬢、許していただけるだろうか」
謝罪とも取れぬ言い方に、ルーカスの目が冷ややかになっていく。ヴィオレッタは急いで謝罪を受け入れた。
「もちろんです。閣下」
「改めて、ようこそヴィオレッタ嬢。私はヴィクトール・フロストハイムだ。心ゆくまで滞在してくれ」
満面の笑みでフロストハイム公爵は言った。
夕食は和やかに進んだ。ルーカスと公爵のやり取りも険悪なものではなく、ルーカスは公爵の質問にも問題なく答えている。
(少しぶっきら棒な気はするけど……)
ヴィオレッタが隣に座るルーカスの服の裾を引っ張った。
「閣下と普通に話せているじゃない」
ヴィオレッタが声を抑えて言うと、ルーカスが微妙な顔をした。
「ヴィオレッタ嬢がいるからですよ。先日の皇城での久しぶりの再会は、ひどいものでした」
次男のエドガーが口を挟む。
「ああ、あれはひどかった。皇太子殿下も困っていらした程だ」
長兄のレオナルドも頷く。
「そうでしたか?」
二人の小言を聞き流すようにルーカスはしれっと答えた。
そこへ公爵が大きな声で割り入った。
「そうだぞ!私は皇太子殿下に会わせる顔がない。我が家のことで殿下の心労を増やすなど。ルーカス。お前はどうしてそんなに強情なのだ!」
ルーカスの声のトーンが少し下がった。
「あの場でいきなり言う父上もどうかと思います。フロストハイム公爵家は帝国建国当初から続く、由緒正しい家門なのでしょう?軽々しく他の者が継いで良いものではないでしょう」
「他の者とは何だ!お前はフロストハイムの者だろう。軽々しく決めたつもりもないぞ。以前からレオナルドの次はルーカスだと伝えていたと言うに」
「僕は以前からそれを考え直してくださいと伝えておりました」
だんだんと二人ともヒートアップしてきている。ヴィオレッタがルーカスに声をかけるより早く、アナスタシアのぴしゃりとした声が室内に響いた。
「二人ともおやめなさいな。ヴィオレッタも困っています」
アナスタシアに窘められ、公爵はしぶしぶ口を閉ざした。ルーカスも父親を視界に入れないように振る舞い、ヴィオレッタがデザートを食べ始める頃には、公爵は早々に席を立っていた。
読んでいただきありがとうございます。
いいね、ブクマ、コメントや★★★★★などで評価を頂けると励みになります!




