Episode16ードレスショップでの一件②
「フロストハイム公爵夫人」
リドルが扉を開けるよりも早く、一人の令嬢が勢いよく部屋に入ってきた。リドルも思わず顔を顰める。
アナスタシアは扇を取り出し、口元を覆った。
「ナタリア嬢……急に入って来ては、いくら私でも驚きますよ。貴方はもう立派な淑女。いつまでも幼子のような振る舞いではいけないわ」
アナスタシアが少し非難を込めて言ったが、入ってきたナタリアという令嬢は気に留めた節もない。
「申し訳ありません。ドレスを見に来たら、フロストハイム公爵家の馬車が停まっていたのですもの。ご挨拶しなければと。リュシエンヌも一緒ですのよ」
「ナタリア……!」
部屋の扉の前にもう一人令嬢が現れた。急いでナタリアを追って来たようだ。アナスタシアを見て、驚いて青ざめている。
「公爵夫人……!申し訳ありません!友人が無作法を……!」
「まぁ。リュシエンヌもご挨拶しないといけないじゃない!いずれはご家族になるのですもの。私も‥‥」
「――ナタリア嬢。挨拶は分かりましたが、私の客人が驚いてしまうわ。少し静かにしてちょうだい」
一連の動きをヴィオレッタはぽかんと見ていたが、皆の視線が集まったので慌てて顔を引き締めた。
部屋に押し入ってきたナタリア嬢がヴィオレッタをじろじろと眺める。
「あのう。夫人、こちらの方は?」
「まずご自分が名乗りなさいな」
アナスタシアが言うと、ナタリアはパタパタとドレスを整え、可愛らしくカーテシーをとった。どたばたとしたご令嬢だが、なんとなく憎めない空気感を持っている。
「お騒がせしてごめんなさい。私はナタリア・ガーランドと申します」
「失礼致しました。リュシエンヌ・エスカロイドと申します」
隣にいた背の高い令嬢も丁寧に自己紹介をしてくれた。
ヴィオレッタも立ち上がる。
「はじめまして。ヴィオレッタ・クロイツと申します」
「クロイツ‥‥?その黒髪といい、他国の方ですか?」
ナタリア嬢が首を傾ける。
帝国の人々は明るい髪色が多く、黒髪は珍しい。
(黒ではなく、藍色なのだけど)
ヴィオレッタは微笑んで言った。
「はい。エヴァリス王国から来ました」
「夜空のように綺麗な髪色でしょう?私の友人のご令嬢なの」
何故か自慢げに言うアナスタシアに、ヴィオレッタも思わず笑みが溢れた。
「そうなのですね。こちらへはご旅行で?」
「ナタリア。もうお暇するわよ。申し訳ありません、夫人」
話を続けようとするナタリア嬢をリュシエンヌ嬢が嗜める。
「あら、いいじゃない。夫人のご友人なら、リュシエンヌもまた会う機会もあるでしょう?夫人、私達もご一緒してもいいですか?」
「ナタリア!」
とんでもないことを言うなとリュシエンヌ嬢の顔色が更に青ざめる。
アナスタシアが短く息を吐き、ヴィオレッタに向き直る。
「騒がしくしてごめんなさいね。リュシエンヌ嬢は次男のエドガーの婚約者なの」
リュシエンヌ嬢がもう一度頭を下げた。リュシエンヌ嬢は一刻も早くこの場を去りたそうにしているが、ナタリア嬢は少しでも長く居座ろうとしている。
(ルーカスのお兄様の婚約者だったのね。ではナタリア嬢は……)
ヴィオレッタが思わずナタリアに視線を向けると、ナタリア嬢は「よくぞ聞いてくださいました」と言わんばかりに顔を輝かせた。
「ナタリア嬢は…」
アナスタシアの説明を待たず、ナタリアは自ら説明を始めた。
「ええ。私は、三男のルーカス様の婚約者……」
――バタン!
乱暴に扉が開いた。
「ルーカス」
「ルーカス様!」
各々ルーカスの名を口にした。ナタリア嬢の黄色い声が一番大きかったように思う。
入口に不機嫌そうに立つルーカスは、たいそう冷ややかな視線をナタリア嬢に向けた。
「可笑しいですね。先ほど店員から、二階は母上がいらしているので人払いがしてあると聞いたのですが」
びくりと反応したのはナタリアではなくリュシエンヌだ。ナタリアはうっとりとルーカスを見ている。
ルーカスがリュシエンヌに言った。ナタリアを見る時ほど冷ややかな視線ではないが、若干の怒りを孕んでいるように見える。
「リュシエンヌ嬢。今日はナタリア嬢とお引き取り下さい」
《責任もって連れて帰れ》
「はい。申し訳ありません。すぐにお暇させていただきます」
《申し訳ありません。監督不行き届きでしたわ》
「ルーカス。もう少し優しく言いなさい。ごめんなさいね。リュシエンヌ嬢。またゆっくりお茶しましょう」
《リュシエンヌ嬢、お友達は選びましょうね?お茶会には連れて来ないでちょうだい》
ヴィオレッタは会話している三人を見ていた。どうしてかな?心の声まで聞こえる気がした。
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