Episode15-ドレスショップでの一件①
翌日。朝から公爵夫人に連れられ、帝都のドレスショップを訪れた。
「一緒にドレスが選べて嬉しいわ。息子しかいないから、フローティアが羨ましかったのよ」
テーブルいっぱいにカタログを並べ、夫人は機嫌よく言った。ヴィオレッタと夫人がいるのはVIPルームだ。室内には夫人とヴィオレッタ、店員が一人だけだ。この店員はおそらく店長なのだろう。夫人と楽しそうに会話をしている。
「あの可愛らしかったルーカス様が、こんなに綺麗なお嬢さんを連れて来るなんて」
「そうでしょう?不愛想だから心配していたのだけれど、安心したわ」
二人は感慨深そうに話しているが、会話の内容に誤解があるように思う。ヴィオレッタは小声で夫人に囁いた。
「公爵夫人、誤解されてしまいませんか?私とルーカスはそういう仲ではないのに……」
「まあ。名前で呼びなさいといったでしょう?貴方はフローティアの娘でもあるのだから」
「で、でも……」
ヴィオレッタは言葉に詰まった。帝国の元皇女であり、公爵夫人をそのように呼んでいいものか。
「やっぱり歳が離れているからよね。悲しいわ」
夫人はハンカチで目元を覆った。どう見ても演技なのだが、ここまで言われては断る訳にはいかない。
「わ、分かりました。アナスタシア様」
「うれしいわ。ヴィオレッタ」
アナスタシアが妖艶に微笑んだ。
「ようございましたね。アナスタシア様」
「ええ。私の名前を呼べるのは、貴方達含めて少ししかいないから、寂しいのよ」
(その少しに私が混ざっていても良いのかしら)
冷や汗が流れそうだ。ヴィオレッタは考えるのを止めた。
「ヴィオレッタ。リドルは私にとって身内のようなものよ。リドルのお店には、先代からお世話になっているの」
「はじめまして。この店のオーナーをしております、リドル・ハッセンと申します。どうぞリドルとおよびくださいませ。ヴィオレッタ嬢……とお呼びしても?」
「ええ。よろしくね。リドル」
リドルが手を差し出してくれたので、ヴィオレッタは握り返した。
(……握手だわ)
令嬢達の間では馴染みがないが、実業家の中ではごく普通に交わされるものだ。実は少し憧れていたので嬉しくなった。
「さあ。リドル。貴方の厳選したドレスを一通り持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
アナスタシアの言葉にリドルは恭しく頭を下げた。そしてこの後、ヴィオレッタは十着以上の試着をすることになった。
◇
十二着、着替えた所でヴィオレッタは音を上げた。
「アナスタシア様。そろそろヴィオレッタ嬢がお疲れのようですよ」
「あら?そうよね。ごめんなさいね。つい楽しくなってしまって」
「い、いえ」
リドルの出してくれた助け船のおかげで、試着の嵐はなんとか収まった。とはいえ、楽しかった。母であるクロイツ夫人とは、ドレスショップへ一緒に買い物に来たことはない。
(一緒にドレスを選ぶのって楽しいのね。エヴァリスに戻ったらお母様を誘ってみようかしら)
思案していると、アナスタシアが申し訳なさそうに口を開いた。
「疲れたわよね?付き合わせてしまってごめんなさいね」
ヴィオレッタは慌てて首を振った。
「いえ。そんなことありません。誰かとドレスを選ぶ機会がなくて、私も楽しかったです」
「そうなの?フローティアとは行かなかったのかしら?」
アナスタシアが首を傾げた。
「あ、エヴァリスでは婚約者とドレスを選ぶ事が一般的で……」
(お母様は婚約者のベルナントとお店へ行くと思って、遠慮してくれていたのよね)
実際はベルナントとドレス選びへ行ったことはなく、母に気を使わせると思いヴィオレッタからも言わなかった。
「今は婚約者はいませんので、今度母を誘って一緒に行こうと思います」
ヴィオレッタが微笑むと、アナスタシアもつられるように微笑った。
「そうなのね。フローティアには悪い事をしたわね。先に貴方とのドレス選びを堪能してしまったわ。それにしても、ヴィオレッタの元婚約者のことは、フローティアからの分厚い手紙に書いてあったわ。災難だったわね」
「あ……お恥ずかしい限りです」
(分厚い手紙……お母様ったら、ベルナントのことも伝えているのね)
ヴィオレッタが思わず下を向くと、アナスタシアは力強く言った。
「貴方に落ち度はないのだから、恥ずかしくないわ。浅はかな男のことは忘れなさいね」
身内に散々言われたことだが、第三者に言われると嬉しいものがある。
「はい。ありがとうございます」
リドルも口を挟んできた。
「そうですよ。素敵な殿方が近くにいるのですから」
「リドル。余計なことは言わないことね」
アナスタシアが窘めるように言う。――と、部屋の外から声が聞こえた。ドレスショップの二階にはいくつかのVIPルームがある。他の上客が来たのだろうか。
「あら?どなたかいらしたの?」
「いいえ。今日はアナスタシア様しかご予定はありません……」
「ならルーカスかもしれないわ。ここにいることを伝えるよう執事に言ってあったから」
声が段々と近づいて来た。どうやら女性の声だ。
「フロストハイム公爵夫人がいらしているのでしょう?ご挨拶するだけよ」
「困ります……!」
その声を聞き、アナスタシアが硬い声で言った。
「あら。違うようね。お店も困っているみたいだし、入れても良いわよ、リドル」
「申し訳ありません」
リドルは深く頭を下げ、扉へ向かった。
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