Episode14ーフロストハイム公爵夫人とお茶会②
「えっ……!お母様が、皇女時代の夫人の護衛騎士を……?」
「ええ。当時実力のある女性騎士が帝国内にいなくてね。隣国からフローティアが推薦されたのよ」
母の生家である侯爵家は、エヴァリスでも名の知れた騎士の家系だ。
(だからか時折発言が過激になるのよね……)
若い頃に護衛騎士をしていたことは聞いてはいたが、帝国の皇女殿下を護衛していたとは知らなかった。
「昔は帝国とエヴァリスは、今ほど友好的ではなかったの。だからあまり知られていないのよ」
(お母様が頻繁に隣国を訪れていたのは、夫人と会うためだったのね)
ヴィオレッタは幼い頃一度しか連れて来てもらえていない。
「さて」
公爵夫人が片手をサッと上げると、給仕をしていたメイド数人が下がっていった。
「少し落ち着いて話がしたいから、席を外してもらったの。ヴィオレッタ嬢、ルーカスの出生を聞いていないと言っていたわね」
「はい」
ヴィオレッタは慎重に頷く。
「ルーカスは、私の甥にあたるの。あの子が幼い頃、母親である私の妹が亡くなってね。それでフロストハイム家に養子として迎えたのよ」
公爵夫人が淡々と語るので、ヴィオレッタも相槌を打っていたが、思っていた以上に重い話だった。
「え……。それは私が聞いても良い話なのでしょうか?」
夫人は明るく言った。
「ええ。ここまでは帝国では皆が知っていることですもの」
(……ここまで?)
ヴィオレッタの顔から血の気が引いた。
「こ、ここから先は、ルーカスに聞いても良いでしょうか?」
ヴィオレッタの直感が警鐘を鳴らした。これ以上は、本人から直接聞いた方がいい。
無作法にも突然立ち上がったヴィオレッタに、公爵夫人は目を丸くした。
「ええいいわよ。そうしてちょうだい」
そう言って夫人は嬉しそうに微笑んだ。
そのままお茶会は別の話題で続行され、ヴィオレッタが客室に案内されたのは夕刻だった。公爵家の家族は皆不在で、夫人もこれから夜会へ出かけるらしい。ヴィオレッタも疲れていたので、夕食は部屋で済ませることにした。
夕食の時間を過ぎてもルーカスからは音沙汰がない。まだ邸宅に戻っていないようだった。フロストハイム公爵は、帝国の宰相の職に就いている。そのため、忙しい時期は皇城へ泊まると聞いた。
(だったら、ルーカスは親族の方のお見舞いに行っているし、まだお父上と再会していないわよね。会う時には励ましてあげたいわ……)
クロイツ公爵邸の自室にあるベッドよりも大きなベッドに横になり、ルーカスのことを考えていた。
(ん?ちょっとまって)
がばっと跳ね起きる。
ルーカスがフロストハイム家の令息ならば、その体の弱い親族とは……
(皇太子殿下なのではないの?)
思い至ってもどうすることも出来ない。つまりは、かなりの確率でルーカスとお父上は再会しているということだ。
(い、いえ!他にも病弱な親族の方がいるのかもしれないし……!)
少しの希望を抱いてヴィオレッタは再びベッドに横になった。
「――はあ」
ルーカスを励ましたくて付いて来たはずなのだが、ヴィオレッタには何も出来なかった。ヴィオレッタは身体を丸めて眠りについた。
◇
翌朝、朝食時にもルーカスはいなかった。公爵夫人も夜会が長引いて朝食は取りに来られず、ルーカスのことを聞くことが出来なかった。
「メリッサ。私が護衛も連れずに外に出ては駄目よね?」
メリッサの顔色が曇る。
「それは……」
ヴィオレッタはすぐに弁解した。
「冗談よ。ルーカスが来るまで大人しく待つので安心してちょうだい」
暇だからと言って、勝手に外に出ては迷惑がかかる。フロストハイム邸は広く、邸内には美術館のような部屋や、エヴァリス王立図書館よりも蔵書量の多そうな図書室があった。ヴィオレッタはそれらを見て回り、一日中邸内で過ごした。
夕食時、公爵夫人が申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね。今日は暇だったでしょう?私が街に案内しようと思っていたのだけれど、駄目ね。歳を取るとお酒が抜けなくて」
公爵夫人を見ると、とてもではないが『歳が……』というような年齢には見えない。
「とんでもありません。美術品の展示室や図書室を堪能していました」
「明日は私と一緒に出掛けましょう。連れて行きたいところがあるの」
「ぜひご一緒させてください」
ヴィオレッタは微笑んだ。ルーカスのお母様と仲良くなれそうで、素直に嬉しかった。
(他意はないのよ)
誰に言うでもなく、心の中で言い訳をする。
テーブルにはヴィオレッタと公爵夫人の二人分の食事しか用意されていなかった。空いた席にちらりと視線を向ける。夫人が困ったように言った。
「ルーカスなのだけれど、久しぶりに顔を出すものだから、皇城で引き止められているみたいなのよ。明日には戻れると思うのだけれど」
ヴィオレッタはどんよりと言う。
「やっぱり、お見舞いに行っている親族の方というのは、皇太子殿下なのですね」
「ええ……」
夫人が言いにくそうに口を開く。
「そうね。ルーカスが帰ってきてから三日経っても、何も説明がなければ、また私に言ってちょうだい。教育し直さないといけないわ」
夫人の目がきらりと光る。大帝国の皇女だった方だ。洗練された威圧を感じ、ヴィオレッタは素直に頷いた。
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