Episode13ーフロストハイム公爵夫人とお茶会①
「ヴィオレッタ・クロイツと申します。お会いできて光栄です。フロストハイム公爵夫人」
ヴィオレッタは丁寧にカーテシーをとった。
(ルーカスがフロストハイム公爵の令息だったなんて……!)
フロストハイム公爵領はエヴァリス王国よりも広い。
(どうして、自分の領地よりも小さな他国の公爵家で、執事なんてやっているのよ?)
その上、ヴィオレッタの記憶がたしかならば、目の前に立つこの方は、公爵家へ嫁ぐ前はイデアライゼン帝国の第一皇女だったはずだ。
スカートの裾を持つ手が震えた。
「そんなに緊張しないでちょうだい。私のことは、貴方のお母様……フローティアから聞いているのでしょう?」
ヴィオレッタは戸惑いながら顔を上げた。公爵夫人が意外そうに口を開く。
「まあ。聞かされていないのね」
「はい。あの、お母様とはどういうご関係なのでしょう?」
おそるおそる言うと、公爵夫人はふわりと微笑った。
「ではお茶をしながらお話しましょう」
◇
促されるまま、奥へ進んだ。広い宮殿のような邸宅だ。長い廊下に掛けてある絵画の中に、家族の肖像画がある。ふと目にとまり立ち止まると、公爵夫人が言った。
「それはルーカスが七歳の時ね。懐かしいわ」
絵に描かれているのは五人。おそらく公爵夫妻とルーカス、そして二人の兄だろう。
公爵は明るい赤毛をしており、兄二人は公爵夫人の金の髪を受け継いでいる。
(あら。ルーカスは夫人にあまり似ていないから、お父上に似ているのかと思ったけれど……)
絵を見る限り、公爵はがっしりとした美丈夫だ。ルーカスのような線の細い美形ではない。
「その表情を見る限り、ルーカスの出生についても聞いていないのかしら?」
公爵夫人の声が少しだけ低くなった。
(え?普通の出生ではないということよね?)
なんと答えていいか分からないが、何も知らない事実は変わらない。ヴィオレッタは公爵夫人の目から視線を外さず頷いた。
「はい。私は……何も聞かされておりません」
(怒っていらっしゃるようだわ……)
公爵夫人は短く息を吐いた。
「ああ、ごめんなさいね。貴方に怒っているんじゃないのよ。まったく、私に全て丸投げするなんて……この家の男達は言葉が足りないの。許してちょうだいね。それにしても、少しくらい説明をするべきだわ。ルーカスは後で私から叱っておきましょう」
不満を漏らしながら、夫人は廊下を進んだ。ヴィオレッタも後に続く。
何かわからないが、ルーカスは後で夫人に叱られるらしい。
(ごめんねルーカス)
叱られる理由も内容も分からないので弁明することも出来ない。ヴィオレッタは心の中でルーカスに謝っておいた。
夫人はヴィオレッタを温室に連れて来てくれた。ガラス張りの広々とした空間で、天井も高く色とりどりの木や花々が植えられている。
小さな池もあり、白木のガゼボでお茶を勧められた。
「さあ、どうぞ。若いレディと二人きりでお茶をするのは久しぶりだから、お口に合うかしら」
夫人がにこにこと言うので、ヴィオレッタは目の前のマカロンを一つ口に運んだ。さくさくの生地の中から、とろりとした白葡萄の蜜が口に広がった。
「美味しいです」
テーブルの上のスイーツを見ると、定番のりんごのスイーツがない。思わず顔を上げると、夫人が手に持ったカップを置いた。
「どうしたの?お口に合わなかったかしら?」
「あ、いえ……」
「ああ。りんごなら入っていませんよ。ルーカスから聞いていますからね」
この場にいないルーカスの気遣いが身に染みて、ヴィオレッタは気恥ずかしくなった。狼狽えそうになる自分を律し、夫人にもお礼を言う。
「お気遣いありがとうございます」
「気にしないで。ルーカスの事もですよ。執事であるならば、主人の体質の事を伝えるのは当然のことです」
淡々とした口調だったので、気になってしまう。
「ルーカスが執事をされているのを、夫人はお許しになったのですか?」
ヴィオレッタの質問に、夫人は一瞬目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「あら?随分不躾な質問ね?」
「申し訳ございません……!」
ヴィオレッタはすぐに謝罪した。夫人の言う通りだ。明らかな目上の方に、いきなり心情を聞くなど失礼に当たる。
「ふふ。いいのよ。フローティアなんて、若い頃はもっと歯に衣着せぬ質問をたくさんしてきたもの。懐かしいわね」
「え……お母様がですか?」
厳格な母を思うと想像できない。
夫人は上機嫌で若き日に思いを馳せている。
「ええ。フローティアは私の護衛騎士だったの。あの頃は主従関係だったけれど、彼女がクロイツ公爵夫人になり、私もフロストハイム公爵家に降嫁してからは、親友よ」
ヴィオレッタは手に持ったカップを落としそうになった。
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