Episode12ー帝国イデアライゼン
ヴィオレッタの住むエヴァリス王国の隣に位置する、帝国イデアライゼン。大陸で一番大きな領土を有する、エヴァリス王国の友好国だ。エヴァリス王国も数百年の長い歴史を持つが、イデアライゼンはさらに古く、皇室の始祖は建国神話に登場する女神であると伝えられている。
(たしか、今の皇室の世継ぎが皇太子殿下お一人なのよね。加えてお身体が良くないとか……お茶会で気軽に聞ける話題ではなかったから、あまりよくは知らないのよね……)
お茶会は令嬢達の情報交換の場ではあるが、ヴィオレッタの年頃の令嬢達が話す話題としては重すぎる。
ちらりと正面に視線を向ける。向かいにはルーカスが座っている。窓の外を見ていたが、ヴィオレッタの視線に気づくと、微笑んだ。
「疲れましたか?もう少ししたら見晴らしのいい丘に出ます。そこで休憩をしましょう」
お父上と会うのが億劫と言っていた割に、ルーカスはどこか機嫌が良さそうだ。
馬車には、ヴィオレッタとルーカス、ヴィオレッタの専属侍女のメリッサの三人が乗っていた。ルーカスのおうちのことを、母は『聞けば教えてくれる』と言ってはいたが、二人の時の方がいいだろうと思い、まだ聞けていない。
(あせらずとも、二人になる時はあるでしょう)
しかし二人になる機会はなかった。一度目の休憩場所で、ルーカスが別行動を取らざるを得なくなった。
「お嬢様。申し訳ありません。思ったより面会の日程が早まったらしく、僕は先に馬で向かいます。お嬢様は先に邸宅へ行ってください。僕もすぐに向かいますので」
「え……」
聞いた時はショックだったが、お見舞いが本来の目的である。
「分かったわ。気をつけてね。また邸宅で会いましょう」
「はい。お嬢様もお気をつけて」
ルーカスと一緒に行けない事が残念でならなかったが、肩を落として馬へ向かうルーカスを見て、少しだけ気分が軽くなった。
(ルーカスも私と一緒に行きたかったのかしら)
もしかしたら、お見舞いの場にお父上がいるかもしれず、気が重いのかもしれない。けれど今は、ヴィオレッタと一緒に行けないことを残念に思っているのだと考えておこう。
「ルーカス!」
後ろ姿に向かって声をかける。
「待ってるから、早く来てね」
ルーカスは目を見開き、口元を綻ばせて返事をしてくれた。
「はい」
◇
ルーカスと別れて二日目。イデアライゼンの北部に位置するフロストハイム公爵領の主都ノルヴァーンに入った。北部と言えど、エヴァリスと気候はあまり変わらない。オレンジ色のレンガが敷き詰められた通りが美しく、どこか懐かしさ感じさせる街だ。
「綺麗な街ね」
ヴィオレッタがぼんやりと街並みを眺めていると、しばらくして馬車が停まった。
反対側の窓から外を眺めていたメリッサが上ずった声を出した。
「お嬢様。ルーカス様の邸宅に着いたようなのですが……。ルーカス様は、帝国の貴族と伺っておりましたが、まさか……」
「え?」
ヴィオレッタが反対の窓を見ると、厳かな門が見えた。というか、門しか見えない。
ヴィオレッタが窓の枠に手をかけ、目を凝らした。門の向こうに広がる庭園の先に、城のような建物が見えた。
ヴィオレッタの暮らすクロイツ公爵邸も、エヴァリス王国の中では大きいほうだが、目の前の建物はそれを遥かに上回っていた。
(お城?いえ、エヴァリスの王城よりも荘厳だわ)
門に刻まれた家紋を見て目を見開く。
皇室の内情は詳しくないが、帝国の有力貴族の家紋はある程度勉強している。
盾の中に二頭の蛇が描かれた紋章。それは、帝国の盾と称されるフロストハイム公爵家の家紋だった。
(領地を訪れたから、まず領主に挨拶するということかしら)
だとしたら母が事前に言ってくれるはずだ。
門をくぐり、庭園を通り抜け、邸宅の前まで来ると馬車が再び止まった。扉が開き、ヴィオレッタは従者の手を取って馬車を降りた。
邸宅は大きすぎて全容が分からないが、不躾に見渡す訳にもいかず、案内してくれる侍従に大人しく付いていく。
エントランスに着くと、階段から一人の夫人が降りてきた。
「ようこそ。ヴィオレッタ・クロイツ公爵令嬢。まあ、本当にフローティア……クロイツ夫人にそっくりね。ルーカスの言っていた通りだわ」
目の前の女性の言葉を聞き、ヴィオレッタは悟った。そして反省した。
(母にもっとちゃんと話を聞くべきだったわ)
内心ではとても焦っていたが、そこは淑女教育のたまものだ。どうにか微笑みを貼り付けた。
「私はアナスタシア・フロストハイム。ルーカスの母です。会えて嬉しいわ」
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