Episode11ー出発
「それは確かに……」
突然の提案にルーカスも戸惑っていたものの、公爵の話を聞き同意し始めた。
”婚約破棄”など、そうそう起こるものではない。した側も、された側も、社交界の話題に上がってしまう。ヴィオレッタもしばらくは社交界に顔を出すのは控えようと考えていた。
いつのまにか、ルーカス、公爵と夫人の三人で、護衛を何人付けるか、どのルートを通ると安全かと話合いが始まっている。
(いきなりの提案なのに、なんだか行く方向で進みそうだわ)
提案しておいて何だが、こんなにとんとんと話が進むとは思わなかった。
「いきなり伺うのは失礼になりますからね。ルーカス。お母上に確認してくれないかしら?」
夫人の言葉にルーカスが頷く。
「母が夫人の頼みを断ることはないでしょうが、一応確認いたします。閣下。魔導通信をお借りしても?」
「ああ。くれぐれもよろしく頼むよう伝えてくれ」
「はい」
ルーカスは一礼すると公爵の書斎へ向かった。魔導通信具は父の書斎に備え付けてある。緊急時に便利なのだが、高価なものなので貴族や裕福な商家にしか置いていない。
ルーカスの口ぶりからして、ルーカスのお母上と、自分の母は知り合いのようだ。聞こうと思ったが、「そうと決まれば、衣装を決めないといけないわね。あちらの流行りは少し違うから、知り合いに聞いて来ますからね」と、忙しそうに階段を登って行った。
まるで自分の事のように言っていたので、その場に残された父に確認する。
「お父様、お母様も一緒に行かれるのですか?」
父はゆっくりと首を振った。
「いいや。私と夫人は忙しくて行けそうにない。あれはヴィオの為に聞きに行ったんだろう」
であれば、母を止めなければ。母の友人達と自分では、趣味に大きな違いがある。
「お母様!お待ちください」
ヴィオレッタは急いで母を追いかけた。
◇
出発は三日後になった。
ルーカスのお母様からも了承のお返事をいただき、とりあえず二週間ほどお世話になることになった。
隣国へ行くのは、幼い頃以来だ。
ルーカスの親戚のお見舞いに付いていくのだから、浮かれた様子を出すのは憚られる。
ルーカスは三日で出来る限りの仕事を終わらせ、引き継ぎを済ませた。ヴィオレッタも書類の整理を手伝った。そうして出発当日の朝を迎えた。
馬車で、三日かかる距離だ。ヴィオレッタは夫人の言うとおり、レースをたっぷりあしらわれたワンピースを着ている。夫人が言うには『隣国の若い令嬢達の間では、レースが使われたドレスが流行っているらしいわよ』とのことだ。
(本当かしら)
半信半疑ではあるが、この邸宅で母に逆らえる者はいない。
普段ヴィオレッタが選ばない甘めのデザインなので、少し気恥ずかしい。
御者と話していたルーカスがヴィオレッタに気付き近付いてきた。
「おはようございます。お嬢様。今日もとても可愛らしいですね。何を着ても愛らしいですが、今日のワンピースも素敵です」
婚約破棄が決まってからというもの、ルーカスが気を使っているのか言動と行動が甘い。
ただでさえ、ここ数日のルーカスは輝いて見えるというのに、微笑みながらそのようなことを言われては、ヴィオレッタの身が持たない。
「あ、ありがとう」
とりあえずお礼は絞り出したものの、何といえば正解なのだろう。
「ヴィオレッタ。気を付けて行ってくるのよ」
父と母が見送りに出て来たので、その場から逃げるように駆け寄った。
「ルーカスのご家族にも挨拶をしっかりするんだぞ」
父が小さな子供に向かって言うように諭す。
「分かっております」
ヴィオレッタは母に聞きそびれたことを思い出した。
「お母様、ルーカスのお母様とはどういうご関係なの?」
ヴィオレッタの問いに、母が一瞬固まった。
「そうね……ううん……」
母にしては珍しく、歯切れが悪い。母がちらりと父を見た。父も不自然に視線を泳がせる。
(あら?聞いては不味かったのかしら)
母は短く息を吐き、申し訳なさそうに言った。
「そうね。ルーカスのおうちの事は、ここではあまり詳しくは言えないのだけど」
「‥‥そうなの?」
ヴィオレッタは、ただ自分だけがルーカスについて知らないと思っていたが、そうではないようだ。
「ルーカスのおうちは少し複雑なのよ。道中ルーカスに聞きなさい。聞けば教えてくれるわ」
それはとても聞きにくいことなのではないだろうか……
浮かれていた気分が少しだけ元に戻った。
しかし、道中三日もあるのだ。聞く機会はあるだろう。ヴィオレッタは両親に手を振り、馬車に乗った。
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