観測者のハック
ガレージの床には、分解されたARプロジェクターと、数本の通信ケーブルが臓物のように撒き散らされていた。
「……接続、不安定。位相がズレてる」
僕はモニターを睨みつけながら、ハンダごてを握り直す。
未来の僕が遺した計算式は、正気の沙汰ではなかった。ストップウォッチが保持している「凛の残留データ」を、ARプロジェクターの光源に乗せて世界に投射する。
物理的な肉体ではない。世界というシステムに、「高松凛はここにいる」という誤認を無理やり書き込むための、視覚的なハッキングだ。
「おい、倫。三日も学校休んで何やってんだよ。石田が心配してたぞ」
ガレージの入り口に、陽が立っていた。
彼女の視線が、分解された機械の山と、隈の浮いた僕の顔を行き来する。
「……自由研究の延長だよ。悪いけど、今は手が離せないんだ」
嘘だ。自由研究なんてレベルじゃない。
陽は少しだけ寂しそうに微笑み、僕の机の端に、コンビニの袋を置いた。
「これ、差し入れ。……あんまり、無理しないでね。倫くんが消えちゃいそうな気がして、なんだか怖いよ」
彼女のその言葉に、指先が凍りついた。
陽は、凛のことは覚えていない。けれど、彼女を救うために世界が歪んだ影響を、本能的に感じ取っているのかもしれない。
「消えたりしないさ。……借りを返しに行くだけだよ」
陽が去った後、僕は再び作業に戻った。
ストップウォッチの裏蓋を開け、メイン基板から一本の極細ラインを引き出す。それをARプロジェクターの出力回路にバイパス(直結)させる。
「エラーを吐くなよ……頼む」
震える指で、起動スイッチを入れた。
プロジェクターのレンズから、青白い光が放たれる。
ガレージの壁に映し出されたのは、ノイズにまみれた、不確かな影だった。
それは、かつてこのガレージで、僕の隣で笑っていたはずの少女の、歪んだシルエット。
『――み……て……』
スピーカーから、電子的なノイズに混じって、彼女の声がした。
一瞬、壁の影がはっきりと凛の形を結び、僕の方を向いた気がした。
だが、次の瞬間。
パチリ、と激しい火花が散り、ガレージのブレーカーが落ちた。
真っ暗闇。
立ち込める焦げ臭い匂い。
僕は、暗闇の中で激しく呼吸を乱しながら、熱を持ったストップウォッチを握りしめた。
完全じゃない。出力が足りない。このままでは、世界に「再認識」させる前に、彼女のデータそのものが焼き切れてしまう。
「……国際会議場だ」
暗闇の中で、僕は呟いた。
このガレージの電力では足りない。世界が最も大きく歪み、そして最も強大なエネルギーが交錯したあの場所――国際会議場の屋上にある通信アンテナ。
あそこをジャックして、街全体のARインフラを乗っ取れば、あるいは。
「待ってろ、凛。最高の舞台を用意してやる」
僕は暗闇の中、予備のバッテリーをバッグに詰め込み始めた。
卒業式まで、あと数日。
僕の「宿題」は、いよいよ最終段階に入ろうとしていた。




