砂嵐のガレージ
「やれやれ……」
気がつくと、俺はガレージの椅子に座っていた。
ひどい頭痛と、喉の渇き。視界に映るモニターの明かりが、妙に目に刺さる。
「……またか」
デジャヴなんて生易しいものじゃない。これは、確信だ。
俺はデスクの上のデジタル時計を見た。日付は、数日前に戻っている。
モニターに走っていたはずの「未来の俺」からのメッセージは消え、代わりに意味をなさない砂嵐が画面を埋め尽くしていた。
「凛……」
その名前を呼ぶと、胸の奥が焼けるように痛む。
あの坂道での感触。誰も彼女を覚えていなかった絶望。
それらすべてを覚えているのは、この世界で俺一人だけだ。
俺は、震える手でストップウォッチを手に取った。
不思議なことに、この時計だけは「巻き戻って」いない。液晶には、彼女が消えた瞬間の時刻が刻まれたまま、静止している。
「おい、倫! 昼メシ行こうぜ」
ガレージの扉が勢いよく開き、石田が顔を出した。
一瞬、心臓が止まるかと思った。
「……悪い、食欲がないんだ」
「なんだよ、またガジェットのいじりすぎか? ほどほどにしとけよ」
石田の反応は、俺が知っている「昨日」と同じだ。
彼は、凛の存在を欠片も思い出さない。俺がどれだけ叫んでも、この世界にとって彼女は「最初からいなかったもの」として処理されている。
石田が去った後、俺は狂ったように過去のログを叩き起こした。
もし、すべてがループしているなら。もし、この停滞に意味があるなら。
どこかに、このループを抜け出すための「バグ」が残されているはずだ。
「……これか」
数千行に及ぶコードの底。
俺が書いた覚えのない、不可解なディレクトリが見つかった。
ファイル名は『LOG_REMAINS_00.zip』。
それを展開しようとした瞬間、モニターの砂嵐が激しさを増し、スピーカーから耳を裂くようなハウリング音が鳴り響いた。
『――させない』
ノイズの隙間から、誰かの声が聞こえた気がした。
凛の声ではない。もっと無機質で、冷徹な、この世界のシステムそのものが発したような拒絶反応。
俺は、そのノイズに抗うようにエンターキーを叩きつけた。
モニターが激しく明滅し、一瞬、俺の意識は真っ白なノイズの海に飲み込まれた。
「……負けるかよ。宿題は、まだ終わってないんだ」
俺は歯を食いしばり、光の中に手を伸ばした。
この「停滞」こそが、凛を救うための唯一の猶予期間だと信じて。




