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巻き戻すたび、世界の解像度が落ちていく ~彼女を救う15,498回目の夏、僕だけが君を覚えている~  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった


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既視感の残滓

AETHER社による「存在の消去」が始まってから、世界は目に見えてその輪郭を失いつつあった。

ガレージの片隅で、俺は青く発光し続けるデバイスを握りしめ、荒い呼吸を整えていた。意識しないうちに、指がボタンを押し込んでいる。警告音すら鳴らない。ただ、視界がわずかに瞬き、数秒前の光景が「正しい現在」として上書きされる。


「……倫くん」


背後から声をかけられ、俺の肩が大きく跳ねた。

振り返ると、そこには小野瑠花が立っていた。彼女の手には、使い古されたハンダごてではなく、温かい湯気がのぼるマグカップが二つ握られている。


「あぁ、瑠花か。……驚かせるなよ」

「驚いたのは私の方だよ。倫くん、今、また『やった』でしょ?」


瑠花の言葉に、心臓が凍りつくような感覚を覚えた。

石田なら、モニターに表示されるシステムログの不整合から指摘するだろう。だが、瑠花はPCに触れてすらいない。


「何のことだよ。俺はただ、ここに座って……」

「嘘。今、一瞬だけ、世界が『滑った』もの」


彼女は俺の隣に座り、マグカップを一つ差し出してきた。その指先は、以前俺の震えを指摘した時と同じように、静かで、それでいて逃げ場を許さないほど的確に俺を捉えていた。


「数字とか、プログラムのことは石田くんに任せるけどね。私にはわかるんだよ。倫くんがやり直すたびに、空気が、なんていうか……薄いプラスチックみたいになっていく音が聞こえるの」


瑠花は自分の腕をさすった。その肌には、かすかに鳥肌が立っている。


「最初は気のせいだと思ってた。でも、さっき倫くんがボタンに触れた瞬間、私の頭の中で、まだ起きていないはずの『マグカップを床に落として割る音』が響いたんだよ。でも、現実に起きたのは、倫くんが何事もなかったかのように私を見上げる光景だった。……ねえ、倫くん。私の体の中に、覚えのない『思い出』がどんどん溜まっていくの。それ、すごく怖いんだよ」


彼女の告白は、どんな技術的な警告よりも俺の胸に突き刺さった。

俺が無意識に繰り返している「オートデバッグ」は、周囲の人間の脳に、処理しきれない既視感デジャヴという名の毒を流し込み続けていたのだ。


「ごめん、瑠花。俺は、ただ……」

「謝ってほしいんじゃないの。ただ、気づいてほしいだけ。倫くんが守ろうとしている私たちは、もう、そのやり直しに耐えられなくなってる」


瑠花が俺の手の上に、自分の手を重ねた。

その瞬間、俺の視界にノイズが走った。彼女の指の感触が、一瞬だけ「触れている」という事実を失い、冷たい無機質なデータの塊に変わる。


「……ほら、また。今の、倫くんも感じたでしょ?」


彼女は悲しげに微笑んだ。

非技術者である彼女が、その身体的な直感だけで世界の終わりを予見している。

俺が救おうとしていたはずの日常は、俺自身の指先から、砂のようにこぼれ落ちようとしていた。

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