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書き換えられる日常

ガレージに戻った俺を待っていたのは、いつもと変わらない仲間たちの姿だった。

だが、その「いつも通り」が、今の俺にはひどく薄ら寒いものに感じられた。


「……なぁ、陽。さっきアイス買った時、お釣りいくらだった?」

俺の唐突な質問に、陽はピノの箱を片手に首を傾げた。

「は? 500円玉一枚だけど。それがどうしたんだよ」

「そうか。……いや、なんでもない」


俺の記憶が正しければ、さっき陽が持っていたのは小銭の混じったジャラジャラとしたお釣りだったはずだ。だが、彼のポケットを覗くと、そこには確かに綺麗な500円玉がひとつだけ収まっている。

計算が合わない。だが、世界は最初からそうだったと言わんばかりに、平然と帳尻を合わせている。


(……これが、さっき感じた違和感の正体か?)


ふと、作業机の端に置いていたネジのケースが目に入った。

俺がさっき手が当たって床にぶちまけたはずの、M3のステンレスネジ。

掃除しようと思ってそのままにしていたはずなのに、今はケースの中に整然と並んでいる。


「瑠花、これ片付けてくれたのか?」

「えっ? ……ううん、倫くんがさっき自分で戻してたじゃない。どうしたの、さっきから」

瑠花が不思議そうに目を細める。


俺が、自分で戻した? 記憶にない。

いや、俺が「掃除しよう」と思った瞬間に、世界が「散らばったネジは本来あるべき場所に存在すべきだ」と判断し、俺の行動をスキップして結果だけを固定したような――そんな、気味の悪いショートカットを感じた。


これが、システムの「自動修正(Auto-Debug)」の萌芽だとは、この時の俺はまだ気づいていなかった。


胸騒ぎを抑えようと、俺はポケットの中のストップウォッチに指を触れた。

取り出してみると、銀色の筐体は相変わらずそこにある。

だが、窓際から差し込む夕日にかざした瞬間、心臓が跳ねた。


(……色が、違う)


あのじわりとした青い滲みが、確実に広がっている。

単なる反射じゃない。金属の組成そのものが変質しているかのような、深い、底の見えない瑠璃色。

ボタンの隙間からは、微かに電子回路が焼けるような、異質な熱が伝わってくる。


「倫。その時計、どこで手に入れたの?」


背後から声をかけられ、肩が跳ねた。

いつの間にか、高松凛がガレージの入り口に立っていた。

夕焼けを背負った彼女の輪郭は、一瞬だけノイズが走ったように、不自然に鮮明すぎて周囲の風景から浮いて見えた。


「……拾ったんだ。今日、あの会場で」

「そう。……それは、あまり長く持っていていいものじゃないわ」


凛の言葉には、確信めいた響きがあった。

彼女の視線は、俺の手の中で青く染まりつつあるストップウォッチに釘付けになっている。

その目は、救われたことへの感謝ではなく、爆弾のタイマーを眺めるような危惧に満ちていた。


「それを使うたびに、世界の『解像度』が落ちていく。……気づいてるんでしょう? さっきから、身の回りで小さな『間違い』が勝手に直されていることに」


凛の一言に、背筋に冷たいものが走った。

ネジのケース、陽のお釣り、そして消えたはずの俺の記憶。

すべては繋がっていた。


「二人を助けた代償よ。世界が、無理やり計算を合わせようとして悲鳴を上げているの」


彼女の背後の空が、一瞬だけ紫色のノイズに染まった。

俺たちはまだ、自分たちが踏み入れた領域の深さを、何ひとつ理解していなかった。

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