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【エラー】世界を巻き戻した銀のデバイスと、消えないはずの熱量

「それ、どこで手に入れたの?」

放課後のガレージに、似つかわしくないほど涼やかな、けれど氷のように冷たい声が響いた。


声の主は、高松凛。

2026年のテックシーンで「時の人」として持て囃されているはずの少女が、なぜか俺たちの薄汚れたガレージの入り口に立っていた。


昨日の今日だ。会場でドローンが暴走し、俺が彼女と陽を引っ張って舞台袖に逃げ込んだ、あの騒ぎの翌朝。

俺は「どうして場所がわかったんだ」と聞こうとして、やめた。

彼女の視線は、俺が机に置いた「銀色のストップウォッチ」に完全に釘付けになっていて、入り口でぴたりと足を止めたまま、まるでそれ以外の世界が見えていないかのようだった。

デバイスが彼女を引き寄せた、そう表現するしかない何かがそこにはあった。


「手に入れたっていうか、拾ったんだ。……秋葉原のジャンク屋の隅でな」


「ジャンク……。世界を書き換える鍵が、そんな場所で眠っていたなんてね」

凛は自嘲気味に笑うと、迷いのない足取りで俺の前に歩み寄り、デバイスを覗き込んだ。


「いい、浅野倫。よく聞いて。その銀色の塊は、ただの時計じゃない。AETHER社がかつて放棄した、世界の因果を強制的にデバッグするための『特異点』そのものよ」


「デバッグ……? 悪い、言ってる意味がさっぱりだ。これはただの、動かないガラクタだろ」


俺の言葉を無視して、凛は俺の目を見据えた。その瞳の奥には、17歳とは思えないほどの、暗く深い知識の影がある。

凛は細い指で、デバイスの表面をなぞった。その指先が筐体の端に触れた瞬間、彼女の目が微かに細まった。


「……やっぱり。もう染まっているのね」


「染まってる?」


「昨日、ボタンを押したでしょう。それも一度じゃなく」


断定の口調だった。問いではない。


俺が黙っていると、彼女は続けた。

「一度青く染まったものは、もう二度と、真の意味で銀色には戻らない。たとえシステムが不整合を検知して世界をリセットし、見かけ上のログを巻き戻したとしても、このデバイスの芯には書き換えの負荷バグが蓄積され続ける。外見が銀色に戻ったように見えても、それはただのメッキ……剥がれやすい『偽りの現実』に過ぎないのよ」


「……染まったら、どうなるんだ」


「世界が重くなる。因果がねじれ、あなたが大切だと思っている日常の風景が、少しずつ、けれど確実に壊れていく。テクスチャが剥がれ落ちたみたいに、空の色や、人の感情が、簡略化されたデータのように無機質になっていくわ」


凛の言葉に、俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。

2026年。この横浜の街を埋め尽くすAR広告やドローンは、たしかに精密なデータによって制御されている。もしその根底にある「現実」がデバッグされ、解像度が落ちてしまったら。


「……じゃあ、俺はどうすればいい」


「持っていなさい。捨てても無駄よ、それはもうあなたの観測に紐付けられているから。ただ、忠告しておくわ」

凛はガレージの出口へと踵を返した。


逆光の中に立つ彼女のシルエットが、一瞬だけデジタルノイズのように揺れた気がした。


「やり直しは、ほどほどに。あなたが『青』を積み重ねるたび、この世界から『本物』が消えていくんだから」


彼女が去ったあとのガレージには、圭のPCのファンの音だけが虚しく響いていた。


俺は机の上の銀色のデバイスを握りしめる。

冷たい。

まるですべての熱を吸い取ってしまったかのように冷たいその金属の塊は、まだ静かに、沈黙を守っていた。

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