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浅野倫と高松凛

眩い光の奔流が網膜を焼き、脳を直接かき混ぜられるような感覚に襲われる。

気がつけば、俺は自分の家のガレージ――サークル「A-O」の、へたったソファに座っていた。


耳に届くのは、配送ドローンの乾いた羽音と、圭のPCが必死に排熱しているファンの音。そして、鼻を突くのは使い古された機械油と、わずかな潮風の匂い。


「……は?」

俺は間抜けな声を漏らし、自分の手を見た。


そこには、くすんだ銀色の筐体をした、古めかしいストップウォッチが握られている。さっきまで熱を帯びていたはずのそれは、今は冷たく静止している。ロゴもブランド名もない、時代に取り残された無機質な金属の塊。


「おい倫、どうした? 急に心霊写真の被写体みたいな顔して。マズいもんでも食ったか?」


隣で圭が、最新のテックウェアのポケットをごそごそ探りながら怪訝そうに俺を見ている。

その向こう側のデスクでは、瑠花がハンダごてを置き、心配そうにこちらを覗き込んでいた。


デジャヴ? いや、そんな生易しいものじゃない。

俺は確かに、あのみなとみらいの会場にいた。

制御を失った警備用大型ドローンが、火花を散らしながら壇上へと突っ込むのを見た。

標的は、壇上でスピーチをしていた高松凛だった。

逃げ遅れた彼女を、陽が、俺の幼馴染が、迷わず突き飛ばして庇ったんだ。

鉄の塊に押し潰された陽の鮮血が、凛の白いドレスを汚し――。


「……陽は?」

俺は喉を震わせ、あたりを見回した。


「陽? ああ、あいつならさっきコンビニに……お、噂をすれば」

ガレージのシャッターが上がり、陽がビニール袋を下げて入ってきた。


「ごめん、アイス買ってきたよ。……ん? 倫、なんだその顔。私が死んだ後に化けて出た幽霊でも見るような目はよせよ」


陽が生きている。

五体満足で、陽気に笑っている。

ありえない。俺は、あいつが動かなくなるのをこの目で見た。


いや――「見たはずの未来」を、この銀色の時計が巻き戻したのか?

俺は衝動的にガレージを飛び出した。


「おい、倫!? どこ行くんだよ!」


圭たちの制止を振り切り、港の方へ走る。

確信があった。今ならまだ、間に合う。

あの時、陽が死に、凛が助かった「本来の結末」。


それを上書きして、二人とも救える可能性が、この手の中にある。

会場へ辿り着くと、記憶通りの惨劇が始まろうとしていた。

轟音と共に、巨大な影が壇上へ迫る。

突き飛ばされる凛。飛び込む陽。


「やめろ――っ!」


俺は夢中でストップウォッチのボタンを押し込んだ。

刹那、世界から音が消えた。


……気がつくと、俺は凛と陽の両方の腕を掴んで、舞台袖へと転がっていた。

数センチ横を、火花を散らす鉄塊が通り抜けていく。


助かった。二人とも、生きている。

だが、安堵は一瞬で凍りついた。


「……あ」


陽の腕を掴んでいた俺の指先が、奇妙な感覚に襲われる。

視界の端、崩落した壁のテクスチャが一瞬だけ「剥がれ」、背後の青空がデジタルノイズのような真っ黒な空洞に塗り潰された。


すぐに元に戻ったが、それは明らかにこの世界の物理法則が悲鳴を上げた証だった。

俺は震える手でストップウォッチを見た。


美しい銀色だった筐体の端に、まるで最初からそこに眠っていた何かが目を覚ましたように、不吉な、深海のような「青」がじわりと滲み出していた。

それが「初めて染まった」のか、それとも「元から仕込まれていた毒が溢れ出した」のか、この時の俺には判断できなかった。


「……君は、誰?」

呆然と座り込む高松凛が、震える声で俺を見上げる。


その瞳には、救世主を見るような光ではなく、世界の均衡を壊した異物を恐れるような、底冷えする色が宿っていた。

これが、すべての始まりだった。


二人を救うという「計算違い」が、この世界の解像度を永遠に狂わせていくことになるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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