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巻き戻すたび、世界の解像度が落ちていく ~彼女を救う15,498回目の夏、僕だけが君を覚えている~  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった


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共犯者の告白

やれやれ。

2026年の横浜において、もっとも非生産的で、かつ胃壁を無駄に削る行為。それは、潮風の香るガレージに引きこもり、自分を「他人」だと言い切る少女の横顔を、あの日と同じ角度で観測し続けようと足掻くことだ。


俺は、サークル「A-O」の拠点である古いガレージの、薄汚れたソファに深く沈み込んでいた。

正面には、石田が組み上げた2026年最新スペックの自作PCが、無機質なファンの音を立てて回っている。そのモニターの光が、隣に座る高松凛の、あまりにも整いすぎた鼻筋を青白く照らし出していた。


「……浅野くん。さっきから私の顔に、何かプログラムのデバッグコードでも付いているの?」


凛が、手に持った古い学校用タブレットから視線を上げずに言った。

その声は理知的で、かつての「共犯者」としての親密さを綺麗さっぱり削ぎ落とした、純然たる他人の響きだ。15532回だか何だか知らないが、出口のない夏を繰り返してきた情報統合思念体の端末にでもなったかのような、透き通った無関心。


「いや。……単に、お前の睫毛がやけに長いなと思ってただけだよ」


俺は、かつてネットの海で「鳳」なんて名乗って冷笑を撒き散らしていた頃の、自分でも反吐が出るような斜に構えた口調で返した。

本心では、今すぐにでも彼女の肩を掴んで、あの夜のガレージで交わした言葉や、不器用な笑顔の記憶を吐き出させたい。だが、それをした瞬間に、俺たちの関係は「不審な男と、不運な少女」という、これまた救いようのないカテゴリーに分類されて終わる。


「睫毛の長さが、現在のこの絶望的な状況を打破する変数になるとは思えないけれど」


凛はポニーテールを揺らし、タブレットの画面をスワイプした。

そこには、AETHER社が隠蔽した、この横浜という街を覆う「運命の深度」が、無慈悲なグラフとなって表示されている。


「陽を……佐々木陽を救う方法は、一つしかない。そうなんだな」


俺の言葉に、凛は静かに頷いた。

その瞬間、俺の胸の奥で、鋭利な刃物で抉られるような痛みが走る。

陽を救う。そのミッションの成功条件は、これまで俺がこの夏、仲間たちと積み上げてきた「思い出」を、一つ残らず、ログの塵として消去すること。

萌が夜の歩道橋で見せた涙も。瑠花が海辺で漏らした、性別さえも超えた切ない恋心も。涼が坂道の頂上で風になった、あの切なすぎる疾走も。

俺が過去を書き換えることで得られた、彼女たちの「救い」のすべてを無かったことにしなければ、陽という名の日常は戻ってこない。


「やれやれ。本当、神様ってやつは、脚本の書き方を根本から間違えてるんじゃないか」


俺は立ち上がり、ガレージの壁に立てかけられた、青いストップウォッチを手に取った。

針は止まったまま。だが、この中に刻まれたSNSの送信ログこそが、俺たちの生きた証であり、同時にこの世界を歪めているガン細胞だ。


「……浅野くん。あなたがそれを選択すれば、私とあなたがここでこうして話しているという事実も、因果の彼方へ消えるわ。……それでも、いいの?」


凛の瞳が、まっすぐに俺を射抜く。

その瞳には、かつての記憶はないはずだ。なのに、どうしてそんなに、すべてを理解しているような、悲しげな光を宿しているんだ。


「いいわけ、ないだろ。……俺は、お前という『特異点』に、どうしようもなく惹かれてたんだからな」


俺は、震える指先でストップウォッチの冷たい感触を確かめた。

外では、物流ドローンの羽音がセミの声と混ざり合い、2026年の騒がしい夏を演出している。

山手の坂道を、もう一度、すべてを忘れた俺として駆け上がらなければならない。

誰も知らない、誰も覚えていない、俺だけの孤独な闘い。


「……準備はいいか。高松凛」


「ええ。あなたの『観測』を、最後まで見届けてあげるわ。たとえ、それが私自身の消滅を意味していたとしても」


凛が、微かに微笑んだ。

それは、計算不可能な感情という名のバグが、一瞬だけ彼女の理性を上回ったかのような、あまりにも瑞々しい表情だった。


俺は、ストップウォッチのボタンに親指をかけた。

真っ白な明日へ。

境界の青へ。

俺は、自分の魂を削り取るような覚悟と共に、確定した過去を、自らの手で崩壊させるための入力を開始した。


ガレージの空気が、情報のオーバーロードによって青く爆ぜる。

視界がホワイトアウトする寸前、俺の目に焼き付いたのは、最後まで凛とした姿勢を崩さない、一人の少女の美しいシルエットだった。

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