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巻き戻すたび、世界の解像度が落ちていく ~彼女を救う15,498回目の夏、僕だけが君を覚えている~  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった


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1センチの境界線

やれやれ。

2026年の横浜において、もっとも救いようのない失態。それは、極限状態の緊迫感に酔いしれるあまり、どこかで見聞きしたような借り物の言葉を、さも自分の内側から出たものとして垂れ流してしまうことだ。


俺は埠頭の冷たいコンクリートから這い上がり、重い腰を上げた。

鎖骨が浮き出るようなこの華奢な体格が、今の俺には呪わしい。かつて「鳳」なんて名でネットの荒波を泳ぎ、冷笑的なコメントで世界を切り捨てていた頃の俺に教えてやりたい。お前が笑っていた「一途で痛い主人公」に、今のお前は誰よりも無様に成り下がっているぞ、とな。


視線を上げると、みなとみらいの空を無数のドローンが泳いでいた。

AR広告が重なり合い、文字化けした「安心と信頼の未来」というコピーが、陽のいなくなった世界を嘲笑うように点滅している。


「……浅野くん。さっきから黙り込んで、何を考えているの?」

凛の声が、潮風に乗って鼓膜を震わせる。


理知的で、どこか突き放したような響き。それは俺が最初に出会った頃の彼女そのものであり、同時に、俺が積み上げてきた時間のすべてが否定された証拠でもあった。


「あなたの言ったことが本当なら、この街はもうすぐ、致命的なエラーを検知して修復プログラムを開始する。……私の予測演算が正しいなら、猶予は15分もないわ」

凛はポニーテールを揺らし、手に持った古い学校用タブレットを操作した。


彼女はこの世界線において、俺という人間を知らない。俺たちのガレージでの日々も、石田の馬鹿げたジョークも、すべては存在しない物語だ。なのに、彼女は俺の言葉を信じ、この埠頭までついてきた。


「どうしてだ。俺みたいな、わけのわからない男の言うことを、お前はなぜ信じる」

俺の問いに、凛は一瞬だけ、操作する指を止めた。

彼女は俺を見ないまま、水平線の向こうにある赤いネオンを見つめる。


「……理由は二つある」

凛はタブレットを閉じ、俺の方へ向き直った。


「一つ目。あなたのポケットにあるデバイス。あれが発している信号は、私が未来から持ち込んだ観測端末と、ほぼ同一の位相を持っている。つまり、あなたが持っているのは確かにAETHER社の遺物で、かつ相当な負荷をかけられた後がある。その事実だけで、あなたの言っていることが完全な嘘ではないと判断できる」


「……それだけか」


「二つ目」

凛は少しだけ間を置いてから、視線を逸らした。


「あなたの瞳が、取り返しのつかない喪失を抱えているように見えたから。……そんな嘘、どんな天才的なハッカーでも書き込めないと思っただけよ」


一つ目は論理。二つ目は、論理では説明できない何か。


彼女は、それを認めることが少し恥ずかしいように、次の言葉をタブレットの操作で誤魔化した。

凛の言葉に、俺の胸の奥が痛烈に締め付けられる。

出口の見えない15,498回の夏。そんな途方もないループの果てに、自分を信じてくれる誰かを求めて、俺はずっと彷徨っていたのかもしれない。


……いや、よせ。今はそんな感傷に浸っている場合じゃない。

俺は震える手で、ポケットの中のストップウォッチを握りしめた。

針は動かない。ログも書き換えられない。


けれど、凛の手のひらから伝わってきたあの熱は、まだ俺の皮膚に残っている。


「凛……。俺は、お前を救いたい。陽も、お前も、そしてこの、2026年の歪んだ空も、全部だ」


「……計算不可能なことを言うのね。けれど、嫌いじゃないわ。その、根拠のない自信」

凛が、ようやくこちらを向いて小さく微笑んだ。

その笑顔は、かつて俺が守りきれなかった「未来の凛」と、驚くほど重なって見えた。


ドローンの羽音が、一斉に加速する。

エーテル社の監視網が、俺たちという異分子を排除するために、その牙を剥き始めた。

街中のスピーカーから、ピアノの旋律が不協和音となって流れ出す。


俺は、彼女の手を強く握った。

もう、1センチの距離さえも開けさせはしない。

「行くぞ、凛。……俺たちの、本当のやり直しは、ここからだ」


俺たちは、眩しい夏の光とARの残像が混ざり合う、横浜の坂道へと駆け出した。

運命の深度がどれほど深くても、この手が掴んだ体温だけは、何者にも書き換えさせない。

たとえこの魂が、0と1の塵となって消える日が来たとしても。

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