15,498回目のノイズ・ノイズ・ノイズ
「陽、どこだ……。陽、返事をしてくれ」
俺は膝をつき、ノイズの海と化したガレージの床をかきむしった。
感覚が、摩耗しきっている。
15,498回。
俺がこの「5月7日」を繰り返した回数だ。
最初は、陽を助けられないことが悲しくて泣いた。
千回を超えたあたりで、自分の無力さに怒りを覚えた。
五千回を超えたあたりで、感情は死に、俺はただの「効率的な演算機」になろうとした。
そして一万回を超えた今――俺は、自分がなぜここにいるのかさえ、時折思い出せなくなる。
「倫くん、どうしたの?」
陽が声をかけてくる。だが、その声にはひどいデジタルノイズが混じり、時折、古いラジオのように途切れる。
俺が愛した彼女の笑顔も、今は解像度が極端に落ち、モザイク状のテクスチャが顔の表面で蠢いているだけだ。
俺が守りたかった「陽」という存在そのものが、繰り返される再読み込みの負荷に耐えかねて、データの残骸へと成り果てようとしていた。
「もう……いいだろう、俺」
ストップウォッチを握る掌には、1万回分の火傷の痕が重なり、感覚がない。
どれだけ試行錯誤しても、どれだけ因果を弄っても、結末は変わらない。
陽は消え、世界は崩壊し、俺はまた、結露したペットボトルの冷たさで目を覚ます。
このまま、このノイズに呑み込まれて消えてしまえば、どんなに楽だろうか。
陽の顔が、もはや判別できないほどに歪む。
俺が執着しているのは、本物の陽なのか? それとも、俺の脳が作り出した、ただの「陽だった記憶」なのか?
その時、脳の奥底で、凛の声が響いた気がした。
『あなたは、彼女を「救いたい」の? それとも「失いたくない」だけ?』
救う? 失う?
そんな理屈はどうでもいい。
俺の脳が焼き切れようが、魂がすり減って透明になろうが、これだけは確かなんだ。
ノイズだらけの視界の中で、俺は最後の一滴の意志を絞り出した。
陽の指先が、プログラムの終了を告げるように、端からパサパサと剥がれ落ちていく。
「……離さない」
俺は、形を失いかけた陽の手を、折れるほどの力で握りしめた。
たとえ15,498回失敗したとしても、15,499回目に、俺の「想い」だけを過去に叩き込む方法が一つだけある。
石田と作り上げた、あの未完成の「椅子」。
物理的な時間遡行が限界なら、俺の「意識」そのものを、因果の壁にぶつけて砕けばいい。
「陽……今度は、俺がそっちに行く」
視界が真っ白にフラッシュする。
15,498回目の死。だが、それは過去への「墜落」ではなく、未来への「突破」のための、最初で最後のダイブだった。




