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巻き戻すたび、世界の解像度が落ちていく ~彼女を救う15,498回目の夏、僕だけが君を覚えている~  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった


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計算された絶望

ガレージの狭い一角に、大型モニターの青白い光が重苦しく反射している。

外ではいつも通り配送ドローンが空を切り裂く乾いた音を立てているが、この部屋の中だけは、まるで時間の流れが凝固したかのような静寂に包まれていた。


石田圭は、キーボードを叩く手を止めることなく、ディスプレイに流れる膨大なログの奔流を凝視していた。その横顔は、いつもの軽薄な自信を完全に削ぎ落とされ、冷徹な解析者のそれに変わっている。

カタカタと響く打鍵音だけが、彼の焦りを代弁するように速度を上げていく。


「……やっぱり、そうか。倫、お前が使っているのは『時間を巻き戻す魔法』なんかじゃない」


圭の声は低く、砂を噛んだように乾いていた。

俺は手の中にあるデバイスを反射的に強く握りしめた。その金属の冷たさが、今の俺には救いのように感じられた。


「以前あの異常なトラフィックを検知した時、俺はまだ楽観していたよ。AETHER社のインフラを間借りしているだけの、単なるシステム上の不具合バグだと思いたかった。だが、このパケットの構造を精査して確信したよ。これは、世界の『メモリ』を直接書き換える、最悪のハックツールだ。倫、お前がボタンを押すたびに、過去のタイムスタンプに無理やりログが差し込まれ、整合性を保つために現在が『再計算』されているんだ」


圭がモニターを乱暴に指し示す。そこには、俺たちが暮らす横浜の街を維持するための「システムリソース」を示すグラフが、真っ赤なアラートと共に臨界点を突破しようとしていた。


「これを見ろ。以前桐谷を救ったあの瞬間から、明らかに世界の『フレームレート』が落ちている。お前が『ログ・リープ』という名の強制上書きで過去を弄るたびに、この世界を描写するためのリソースが、まるで血を流すように削り取られているんだ。お前が救ったはずの命の裏で、世界は確実にスカスカになっていってる」


俺は何も言い返せず、ただ明滅するグラフを見つめた。

真実を証明してしまいたいという工学者的な好奇心と、知らなければよかったという人間としての後悔が、喉の奥で泥のようにせめぎ合う。


「……じゃあ、どうすればいい」


俺の問いに、圭はしばらく黙っていた。

キーボードを叩く手だけが、止まらない。


「ログを外から書き換えるんじゃなく、お前自身が直接、過去に飛び込む必要がある。意識ごとだ。ログ・リープがリモートの上書きだとしたら、次のステップは……お前の意識をそのまま過去にぶつける、一種の肉弾戦だ」


「……それは、装置がいるな」


「ああ」


圭は初めて手を止め、俺を振り返った。


「作れるかもしれない。骨格はある。電気刺激で脳の時間認識を強制的にズラして、デバイスの周波数に乗せて過去に放り込む。理論上は成立する。成功する保証はまったくないが」


「やろう」


即答した俺に、圭は一拍置いてから小さく頷いた。

それだけだった。長い説得も、条件交渉もなかった。

俺たちはその夜から、ガレージの隅に積み上げたジャンク部品を引っ張り出し、誰にも言えない「椅子」の設計を始めた。


逃げ場を求めるようにガレージのシャッターを開けた瞬間、俺はその「絶望の具現」を目の当たりにした。


通りを歩くサラリーマンの姿が、一瞬だけ激しくブレた。

それは単なるカクつきではない。彼の歩行モーションが数秒前の位置に強制リセットされ、まるで壊れたレコードのように同じ三歩の足取りを何度も繰り返している。

ふと見上げた空の境界線には、昨日までは存在しなかったはずのデジタルな「継ぎ目」が走り、ARの桜吹雪はテクスチャが剥がれ落ち、不格好な白いポリゴンの塊となって無機質に地上へ降り注いでいた。


「倫、これ以上はマズい。次の一回……あるいはその次で、世界は『正常な描写』を維持することを諦めるぞ。誰も動かなくなり、空の色すら固定される。それがお前の望んだ結果か?」


圭の警告は、頭上でホバリングするドローンの羽音にかき消された。

そのドローンすらも、空中で静止したまま異常な火花を散らし、物理演算を完全に無視した角度で固定され続けている。


俺はデバイスを見つめた。

内側から滲み出す毒々しい青い光は、もはや隠しようがないほどに強く、呪いのように俺の掌を冷たく焼き続けていた。

この光の強さは、世界が失った熱量そのものなのかもしれない。


ガレージに戻ると、圭がすでに設計図の最初の一行を書き始めていた。

未完成の椅子。

それが完成する頃には、俺はこの世界に残された猶予を使い切っているかもしれない。

それでも、他に選択肢はなかった。

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