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巻き戻すたび、世界の解像度が落ちていく ~彼女を救う15,498回目の夏、僕だけが君を覚えている~  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった


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軽量化の街

「……おかしいのは、俺の方か?」


スポーツドリンクの冷たさを感じながら、俺は陽炎に揺れるみなとみらいの街並みを見渡した。

5月から8月への、約100日間のスキップ。

本来、その間にあったはずの期末試験も、梅雨の湿っぽさも、サークルで議論した時間も、俺の記憶からは完全に欠落している。


「どうしたの倫? さっきからボーッとして。熱中症かな」

陽が俺の顔を覗き込む。その肌は、まるで昨日まで海にでもいたかのように綺麗に日焼けしていた。


「……陽。お前、6月や7月のこと、覚えてるか?」

「はあ? 当たり前だろ。サークル活動の締め切りで徹夜したり、みんなで江ノ島に行ったり……。お前、自分が一番はしゃいでたくせに何言ってんだよ」


陽の答えは淀みなかった。だが、俺は違和感を拭えない。

彼が語る「思い出」は、あまりに完璧で、まるで台本を読み上げているような滑らかさだった。


(違う。世界が、つじつまを合わせるために『偽の記憶』を彼らに上書きしたんだ)


凛が言っていたリソースの概念。

二人の生存という巨大な矛盾を維持するために、世界は「5月から8月までの詳細な演算」を放棄した。そこにあったはずの無数の分岐や可能性を切り捨て、最短ルートでこの8月末へと接続したのだ。

そして、その「演算の端折り」に気づいているのは、特異点であるこのデバイスを持つ俺だけ。


俺は立ち上がり、周囲を見回した。

そこで、さらなる異変に気づく。


「……音が、足りない」


海水浴客の喧騒、車の走行音、波の音。

それらは確かに聞こえるが、どこか遠く、ラジオの音声を聞いているような奥行きのなさを感じた。

ふと視界の端を通り過ぎた通行人に目を向けると、心臓が冷たく波打った。


その通行人は、こちらを向いているはずなのに、目も鼻も口も曖昧な、まるでのっぺらぼうのような顔をしていた。俺が注視した瞬間に、まるで急いで描画されたかのようにパーツが形成されたが、その不自然さは明白だった。


これが、凛の言っていた「世界の軽量化」。

重要度の低いデータ(モブの顔や遠くの環境音)から順に、描画の優先順位を下げられている。


「……凛はどこだ。高松凛は」

「凛ちゃん? さっき、あっちの展望デッキの方に歩いていったけど……」


陽の指差す方を見る。

そこには、異常に鮮明な色彩を放つ一人の少女の背中があった。

周囲の書き割りような風景の中で、彼女だけが、この世界の「バグ」から逃れようと必死に高解像度を保っているように見えた。


俺は走り出した。

足元のタイルの感触が、一歩ごとに泥を歩いているように柔らかく、あるいは岩のように硬く変質する。

物理法則の根幹が、俺の足元から崩れ始めていた。

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