守護霊(自称)がうるさい
赤髪の令嬢は、苛立ったように腕を組んだ。
ドレスの袖がきつく張り、装飾された金のボタンがわずかに光を反射する。
「……名乗りなさい」
(いやだから無理だって)
天井も壁も見えない“何か”に向かって、ユウの声だけが空間に漂う。
「わたくしの頭の中にいる以上、無関係ではないわ」
(いやほんとそれな。俺も困ってる)
「沈黙は肯定とみなすわよ」
(え、なにそれ怖)
一歩、床を鳴らして彼女が前に出る。
カツン、とヒールが大理石に響いた。
長い赤髪が揺れ、朝の光を受けて赤銅色にきらめく。
「いい?わたくしは――」
顎を上げる動作すら計算されたように美しい。
「アーデルハイト・フォン・グランツェル」
(名前長っ、絶対貴族じゃん)
(というか“フォン”入ってるやつだ)
「グランツェル公爵家の長女よ」
その声には一切の迷いも揺らぎもない。
(完全に異世界+悪役令嬢テンプレだ)
アーデルハイトは、ほんのわずかに目を細めた。
「……で?」
(で?)
視線だけで圧をかけるように、静かに問う。
「あなたは何者?」
(それが分からないんだって)
(気づいたらここにいて――)
「“気づいたら”?ふざけてるの?」
(いやガチなんだって!!)
冷えた声が室内の空気を一段下げる。
「……」
アーデルハイトはこめかみに指先を当て、軽く目を閉じる。
「……頭痛がすると思ったらこれね」
(俺のせい!?)
「しかもずっと喋ってるし」
(止め方分かんねぇんだよ!!)
「黙りなさい」
(無理です!!)
空気が一瞬で張り詰める。
カーテンが揺れる音すら重く感じるほどの静寂。
(あ、これ怒ってるやつだ)
「……いいわ」
意外にも、彼女は深く息を吐いて冷静さを取り戻した。
「仮に、あなたが幽霊か何かだとして」
(仮にっていうか多分それ)
窓際へ歩きながら、彼女は状況を整理し始める。
朝の光が差し込み、床に長い影が落ちる。
「なぜ“わたくしだけ”に聞こえるのか」
(それな)
「そして、なぜ“わたくしの中にいるのか”」
(それもな)
「……合理的に考えましょう」
靴音が止まる。
「まず、あなたは姿を見せない」
(うん)
「物にも触れられない」
(さっき机触ろうとして空振りした)
「つまり――完全に干渉できない存在」
(悲しい現実です)
「なのに声だけは、やけに明瞭に届く」
(うるさい言うな)
彼女は軽く肩をすくめる。
「……結論として」
ゆっくり振り返る。
赤い髪がふわりと弧を描いた。
「害はないけど、非常に不快な存在ね」
(ひどくない!?)
「追い払う方法は……後で考えるとして」
(え、追い払う前提?)
彼女は優雅に椅子へ腰を下ろす。
ドレスの裾が静かに広がり、布の擦れる音だけが響いた。
「とりあえず今は――」
腕を組み、視線を落とす。
「無視するわ」
(それ一番きついやつ)
数分後。
室内には、時計の秒針の音だけが響いていた。
(……)
(……)
(いや無理だろこれ)
(気まずすぎるだろ)
(なんか喋れよ!!)
「……」
(いやお前も喋れよ!!)
「……」
(ああああああああああああ!!!)
「……うるさいわね!!!!」
バンッ、と机を叩く音が響く。
ティーカップがかすかに揺れる。
(すみません!!!)
アーデルハイトは額に手を当て、深く長い息を吐いた。
「……最悪だわ」
(それ二回目)
――翌朝。
窓から差し込む光は柔らかく、屋敷の廊下には早朝特有の静けさが漂っていた。
「お嬢様、本日は学園の――」
「分かってるわ」
メイドの言葉を遮り、アーデルハイトは鏡の前に立つ。
「王立アルヴェリア学園の登校日でしょう?」
(学園きたあああああ)
(テンプレイベント来たぞこれ)
鏡には、完璧に整えられた令嬢の姿が映る。
赤い髪は丁寧に結われ、装飾の少ないドレスは逆に品格を際立たせている。
「……また騒がしいのが増えそうね」
(俺のこと?それとも別のやつ?)
「婚約者も来るし……」
(婚約者!?)
「……それに、“あの女”も」
(あの女って絶対ヒロインじゃん)
(やべぇ匂いしかしねぇ)
彼女はゆっくりと手袋をはめる。
指先まで寸分の乱れもない。
「……いい?」
(なに?)
鏡越しに、まるで誰かへ言い聞かせるように呟く。
「学園では静かにしなさい」
(無理です)
「絶対よ」
(善処します(無理))
「はぁ……」
吐息と共に、完璧な令嬢が一瞬だけ人間に戻る。
こうして――
朝の光の中。
馬車の車輪が石畳を軋ませる音と共に。
“うるさいだけで何もできない守護霊(?)”と
“完璧すぎる悪役令嬢”
は、静かに学園へと向かった。
アーデルハイト「聖水!!これをうけなさい!!」
ユウ「うぎやああ!!!!!!!」
アーデルハイト「効いたかしら」
ユウ「ぬははは!!!我は不滅なり!!!」




