第四幕 「腕まくりは、時に命取り」
毎晩19時40分更新予定です。
エレベル辞退の翌朝――
暗雲漂う天気とは裏腹に、神殿は妙に明るかった。
「これで決まりだな」
「やはり経験が物を言う」
「コリーヌ様の時代だ」
どっちつかずの対応をしていた中立派の中からも、エレベル派の一部からも、あちこちからそんな声が聞こえる。
……昨日までポカスカ殴り合っていたのに、切り替えが早い。
――人間ってある意味すごい。
一方、その本人は――
「だから言っただろう?」
中庭の真ん中で、腕まくりをして仁王立ちしていた。
……いや、だから何と戦っているの。
「筆頭ってのは、場数を踏んだ者がなるもんさ」
年若い神官の肩を抱き、得意げに笑っている。
「アタシについてくれば、間違いないんだよ」
取り巻きどもが勝ち鬨を上げた。
……まさしく、女番長である。
前世のどこかで、そういう人種を見た気がする――
その日の昼。
今にも雨が降り出しそうな曇天。
匿名投書箱が、いっぱいになった。
八代目の筆頭聖女様が設けたこの箱は、閉鎖社会である神殿内の不満や鬱屈の捌け口として、受付近くの割と人目に付かない位置に設置されている。
「……何これ」
私は治療記録を届けに通りがかっただけだった。
なのに、箱から紙があふれているのを見かけて、ついつい近寄ってしまった。
ひとつ拾う。
連名らしい――
『コリーヌ様に雑巾を取り上げられ投げつけられました』
『いつも夜勤を押しつけられます』
『昼休みを取らしてくれません』
――パワハラ……?
もうひとつ。
これは事情を事細かにびっしり描いている。要点をまとめると……
『「その程度のこともできないのかい」と言われました』
――モラハラ……?
さらにもうひとつ。
震える字で……
『「お前のせいで時間を無駄にした」と、土下座を強要されました』
――カスハラ……?
……増える。
一枚、二枚、三枚―― 読むたびに、訴えが増えていく。
怪談かな……?
「……フッフッ、ついに始まったわね」
またミレーユがいた。
最近この女、どこにでも湧いてでる。
「何が――?」
「被害者の会の逆襲」
「そんな会聞いたことはないわよ」
「今できたのよ。
あれが筆頭になりそうで、皆ようやく危機感を持ったんでしょうね」
……まあ、確かに。
コリーヌなら、できても不思議はない。
夕方には、さらに追撃砲が放たれた。
神殿掲示板に、新しい貼り紙が増えていた――
今度は、どうやら“スクープ”らしい。
『コリーヌ様、少年神官にだけ異常に優しい』
「……」
『甘〜いお菓子を配っている』
「…………」
『一日中拘束し、頭を撫でている』
「………………」
『休日に二人きりでイチャラブお買い物』
「――ショタ……? アウトでは?」
思わず顔がチベットスナギツネのようになった。
「違うんだよ!」
当の本人は、礼拝堂中央で叫んでいた。
「アタシはただ、若い子の将来を応援してるだけさ!」
「ではなぜ、全員十二歳以下の少年に限られるのですか――」
司祭の問いが鋭い。
礼拝堂が静まり返る。
「……たまたまだよ」
駄目だ。
その答えは駄目だ。
――別の意味に取られる……
「違う!誤解だ!」
「腕まくりにも意味があるんだ!」
いや、それは今どうでもいい。
もはや、意味がわからない……
「アタシは筆頭になる器なんだよ!」
その瞬間――
「雑巾、返してください」
後方から、小さな声がした。
新人聖女だった。
礼拝堂がざわつく。
「夜勤代、返してください」
「私の昼休みも」
「私の自尊心も」
次々と立ち上がる。
……終わった。
コリーヌは後ずさった。
一歩。
二歩。
そして――
「き、今日のところは勘弁しといてやる!」
そう言い捨てると、
脱兎のごとく逃げだした――
礼拝堂の扉が、ばたん、と大きな音を立てて閉まった。
残された礼拝堂には、なんとも言えない沈黙が落ちた。
取り巻きだった神官たちは、誰も目を合わせようとしない。
被害を訴えていた聖女たちは少しだけ晴れやかな顔をし、
中立派は「やっぱりな」とでも言いたげに今更頷き、
司祭たちは、一様にこめかみを押さえている。
頭が痛いのは、みんな同じらしい。
――誰も追いかけようとはしなかった………
「――あれでベテランかしら?
苦情処理もまっとうにできないで……場数を踏んでたんじゃないの」
思わず漏れた。
隣でミレーユが頷く。
「こういう時に、日頃の行いが出るのよ……
それに――年を取るのと、大人になるのは別なのよ」
珍しく、いいことを言った。
思わず顔を見返した――もしかして別人二十八号?
「……今の、誰かの受け売り?」
「前……いや、まだ現筆頭――」
でしょうね………
こうして――
筆頭聖女レース、二人目の脱落者が決まった。
残るは一人。
天然。
勢い任せ。
前例のない聖力量。
……神殿、終わった…?
大丈夫かしら…………
同時期の短編です。こちらもお楽しみいただければ幸いです。
子爵家令嬢は見た!!
〜恋文の差出人は多股令嬢でした〜
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