第三幕 「失敗しない聖女は、失敗しない?」
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派閥争いは、日に日に露骨になっていった。
口だけでは飽き足らず、ついには手まで出るようになった。
そして――
ついに一線を越えた。
『エレベル様が、神官と密会――?』
朝一番、食堂に貼られた怪文書を見て、私は眉をひそめた。
粗悪な紙。
雑な筆跡。
扇情的な煽り文句が並ぶが、その内容はもっと雑だった――
『失敗しない聖女、深夜の密会発覚!』
『相手は既婚司祭!?』
『聖女の品位とは!?』
「……品位を語る文章の字が、汚すぎて品位の欠片もないわね。
何の裏付けもないようだし――」
隣でミレーユが頷いた。
「コリーヌ派ね」
「断定するの早くない?」
「だって、書いた奴が名文だ!
……って鼻高々だったもの――」
――そんなことで、怪文書に仕立てた意味があるのだろうか?
匿名性は、どこへ行ったのだろう。
怪文書としての最低限の礼節くらい、守ってほしい。
もちろん、エレベル本人は激怒した。
「事実無根です!
密会なんて、いたしません!!」
治療室の中央で、ぴしゃりと言い切る。
「私は昨夜、第二病棟で術後管理をしていました!」
――でしょうね………
男女の密会などする時間があるなら、患者を診ている女だ――
皆それは知っている。
問題は――
取り巻きが、それを許さなかったことだ。
その夜――
草木も眠る丑三つ時………
当直勤務をしている私のところへ、コリーヌ派の神官が三人ほど運ばれてきた。
――全員、顔が腫れており、腕にも多数のあざがある。
小さいけれど骨折も認められる。
「……どうしました?」
「階段から落ちた」
「三人まとめて?」
「――そうだ」
「…………」
絶対に違う――腕のあざは防御痕だろう……
まあ、放っとくわけにもいかないから治療はするけどね。
――治療を施しながら、何気なくポツリと問う。
「……誰にやられたの?」
「――判らない」
「そう……」
いや、すでに答えになってるって……それ――
もう、素直に認めればいいのに。
私は骨を戻しながらため息をついた。
こういう時、患者は妙に意固地になり口が堅い。
変なところで団結しないでほしい。
翌朝――
季節外れの強い風が吹く天気。
まだ夜も明けきらない早朝――
当直明けの引き継ぎ中だというのに、神殿はもう騒がしかった。
「エレベル派が暴力に訴えた!」
「筆頭失格だ!」
「いや、先に口論を仕掛けてきたのはそっちだ!」
もう、誰も治療の話をしていない――今にもつかみ合いを始めそうな様相になっている。
ここは神殿だ。
闘技場ではない――場外乱闘は控えてほしい。
徹夜明けの頭にキーキー声が響いて、頭痛がしてくる。
「嫌になるわねえ……」
言葉とは裏腹に、ミレーユは妙に楽しそうだった。
この女は本当に駄目だ……
その日の夕刻――
日中の強風は小さな嵐へと変わり、神殿もまた、一日中落ち着かなかった。
ようやく静けさが戻り始めた、その頃――
全聖女が再び礼拝堂に集められた――
明けの休日でのんべんだらだらりと自室で過ごしていた私は、めんどくさい…という気持ちを圧し殺して礼拝堂に向かった。
着いた頃には、もうほぼ全員が集まり、何事か…と壇上に一人立つ人物に注目している。
壇上に立っているのはエレベル。
いつものように背筋は伸び、
いつものように表情は硬い。
けれど今日は――
その目だけが、少し疲れて見えた。 いつもの覇気が感じられない。
やがて礼拝堂が静まり返る。 それを待っていたように、エレベルは口を開いた。
「今回の騒動について――」
静かな声だった。
「私の支持者の一部が、愚かな行動を取りました」
礼拝堂は静まり返る。
誰もが、その一言を聞き逃すまいと息を潜めた。
「それは派閥の長たる私の責任です……」
誰かが「そんな」と声を漏らした。
エレベルは首を振った。
「私は――失敗しません!
起こりうる、全てのケースを予測して、完璧な準備をする――
それが、失敗しない理由です」
そこで一度、言葉を切る。
皆が見ている。
フローリアも、眠気を忘れて見ていた。
「ですが――」
その目が、ほんの少しだけ伏せられた。
「私の周囲は、失敗しました――
私はそこを読み切れなかった……
読もうとしなかった――」
静かだった。
静かすぎて、礼拝堂の窓を叩く雨音が聞こえた。
「よって、筆頭聖女選定を辞退いたします」
ざわめきが起こる。
支持者たちはその場に崩折れた。
それでもエレベルは振り返らない。
そのまま……
まっすぐ礼拝堂を出て行った。
背中だけは、最後まで堂々としていた。
「……格好いいわね」
思わず、そう漏らした。
隣でミレーユが頷く。
「負け方まで失敗しないのよ、あの人は――」
「……なんか、ずるいね」
本当に、ずるい――責任を取って闘いから降ろされたはずなのに……
どこか、スッキリとやりきった感が見て取れる。
そうして――
筆頭聖女レース最初の脱落者が決まった。
残るは二人――
腕まくり唯我独尊のベテランと、
歩く天然医療事故。
……急に不安になってきた。
同時期の短編です。こちらもお楽しみいただければ幸いです。
子爵家令嬢は見た!!
〜恋文の差出人は多股令嬢でした〜
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