第5話 家事オリンピック
第5話 家事オリンピック
異変に気づいたのは、ある土曜日の朝だった。
洗濯機が回っている。
それ自体は普通だ。
問題は時刻だった。
朝六時十五分。
まだ美咲は布団の中だった。
ゴウン、ゴウン、ゴウン。
脱水の振動が床を伝わってくる。
「……また?」
半分眠りながら呟く。
隣では徹が丸くなって寝ていた。
起きる気配はない。
羨ましい。
神経が太い。
象の足くらい太い。
美咲はベッドから降りた。
パジャマのままリビングへ向かう。
すると和子が洗濯物を干していた。
薄いピンク色のカーディガンにエプロン姿だ。
「あら、おはよう」
「おはようございます」
「いい天気だから洗濯日和ね」
「そうですね」
美咲はベランダを見る。
すでに物干し竿は満員だった。
シーツ。
タオル。
シャツ。
ズボン。
靴下。
まるで小学校の運動会である。
「すごい量ですね」
「一回目だから」
「一回目?」
和子が頷いた。
「あと二回あるわ」
美咲は聞かなかったことにした。
聞いたら負けだと思った。
しかし。
昼過ぎ。
本当に二回目が始まった。
そして夕方には三回目まで実施された。
洗濯機は朝から晩まで働き続けた。
まるでブラック企業だった。
夜。
夕食の時間。
食卓を見た美咲は目を疑った。
「何人来るの?」
料理が並びすぎていた。
唐揚げ。
肉じゃが。
鯖の味噌煮。
きんぴらごぼう。
ほうれん草のおひたし。
ポテトサラダ。
冷奴。
だし巻き卵。
浅漬け。
味噌汁。
さらに炊き込みご飯。
テーブルが埋まっている。
「十品ある」
美咲が数える。
和子が得意そうに笑った。
「みんなで食べるんだから」
すると由美子が負けじと言った。
「明日は私が作るわ」
「そう?」
「筑前煮も作るし、春巻きも揚げる」
「じゃあ私はハンバーグ」
「私はロールキャベツ」
なんの勝負だ。
美咲は頭を抱えた。
その横で修一が箸を持ち上げる。
「いただきます!」
重雄も続く。
「うまそうだな」
男たちは呑気だった。
非常に呑気だった。
そして食べ始める。
修一は唐揚げを食べる。
重雄は肉じゃがを食べる。
徹は無言でハンバーグに手を伸ばす。
「あなたたち」
美咲が言う。
「なに?」
「この量おかしいと思わない?」
「おいしいよ」
「そういう話じゃない」
徹は首をかしげた。
本気で分かっていない。
その瞬間。
美咲はあることを決意した。
食後。
誰もいない寝室へ向かう。
ノートパソコンを開く。
家計簿アプリを起動する。
そして数字を確認した。
十分後。
「うそでしょおおおお!」
悲鳴がマンション中に響いた。
全員が飛んでくる。
「どうしたの!?」
和子が慌てる。
由美子も駆け込む。
修一と重雄までやって来た。
美咲は画面を指差した。
「これ!」
「どれ?」
「食費!」
先月。
六万二千円。
今月。
十万九千円。
倍近い。
「電気代!」
先月より三割増し。
「水道代!」
二割増し。
「ガス代!」
過去最高記録更新。
全員が画面を覗き込む。
静寂。
数秒後。
修一が言った。
「増えたな」
「増えたなじゃないんです!」
美咲は立ち上がった。
「うちは大家族番組のロケ地じゃないのよ!」
その場が静まり返る。
そして。
修一が吹き出した。
重雄も笑い始める。
徹まで肩を震わせている。
「笑い事じゃない!」
「だって」
徹が苦しそうに言った。
「ロケ地って」
「ロケ地でしょう!」
美咲は冷蔵庫を指差した。
「見て!」
冷蔵庫を開く。
中は戦場だった。
ぬか床。
有機野菜。
味噌。
漬物。
タッパー。
タッパー。
タッパー。
「牛乳探すのに三分かかるの!」
和子と由美子が顔を見合わせた。
少しだけ反省したようだった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「ごめんなさいね」
和子が言う。
「心配で」
由美子も言う。
「食べさせたくて」
美咲は言葉に詰まった。
二人とも悪気はない。
むしろ善意の塊だ。
だから厄介なのだ。
重雄がぽつりと呟く。
「確かに作りすぎだな」
「でしょう!」
「昨日の唐揚げまだ残ってるし」
「でしょう!」
修一も頷いた。
「俺も最近太った」
「でしょう!」
美咲は勢いよく指差した。
その姿がおかしかったのか。
みんな笑い出した。
和子も。
由美子も。
徹も。
重雄まで。
美咲だけ怒っている。
はずだった。
なのに。
つられて笑ってしまった。
なんだか悔しい。
その夜。
食後のスイカを食べながら、美咲はぼんやり考えた。
六人分の笑い声。
六人分の食器。
六人分の生活。
確かに家計は危険だ。
冷蔵庫も危険だ。
洗濯機は過労死寸前だ。
だが。
少しだけ。
本当に少しだけ。
賑やかな食卓も悪くないと思ってしまった。
その考えを振り払うようにスイカをかじる。
しゃりっと甘い音がした。
すると徹が言った。
「美咲」
「なに?」
「来月もっと増えるかも」
「なんで?」
「夏だから」
意味が分からない。
だがその数日後。
義母と実母がとんでもない競争を始めることになる。
その時の美咲はまだ知らなかったのである。
続く。




